ゼリジアの街
王都の方面に向かうということは、辺境の象徴である魔の森から離れるということである。幸いなことにリオン一行は魔物に襲われることもなく、辺境の村から一番近いゼリジアの街に到着した。
城壁のようなものは存在しないが、街道沿いに検問が存在する。
外に一番近い場所には貧民の住居があり、街の中心部に行くほど治安が良くなる。商業施設や民家、そして街の中心に貴族の邸宅が存在する。大都会とはいえないが、それなりに栄えているフーラシオ大陸では一般的な街だ。
ここゼリジアはスページという隣国との小競り合いの際は補給の要となる街だ。国境を守る軍のためになくてはならない街だ。ゼリジアから西に進むと軍の管理する砦が存在し、そこで日々隣国と緊張状態を保っている。
二国は昔から仲が悪いのだ。
「はい。問題ありません。通行許可」
トムに用意された辺境の村出身の身分を提示し、どこかやる気のなさそうな検問を終えて街の中心部に進む。四人はまず宿を探すことにした。
「全然ひとが歩いてないね」
「ああ、窓枠に板が打ち付けられている家も多いな」
周囲を見渡しながらシドとリオンは周囲の建物の様子を見ながら宿屋を探す。
目立つところに看板のある街道沿いの宿屋は、やや高めの宿泊料金だったが、リオンは躊躇なく部屋をとった。
リリスとイヴを連れているため、安全性を重視するのは当たり前のことだ。
旅人であるリオンたちに対して、どこかビクビクと対応していたふくよかな宿の女将は、リオンの背後にいるのが男装している女性であることに気がつくと、慌てたように窓の部分を木の板で打ち付けた部屋に案内してきた。
窓が封じられているためどこか暗い印象の部屋ではあったが、外から様子が分からないのが利点だろう。
「女狩りがまたいつくるか分からないから、あんたたちみたいな美人は隠さなきゃ」
心配そうにリリスとイヴを気遣う、人の良い女将さんの態度に四人とも少し肩の力を抜く。
リオンはビジに向けて進むには一週間ほどかかる長い旅のことを考え、流石にもう少し準備を整えようと「少しでかけてくる」と伝える。そもそも焼き払われた村で旅のために用意できるものは限られていたのだから仕方がない。
「旅用の靴を買うから、シドも来い」
「うん。リリス姉ちゃんイヴ、行ってくる。欲しいものはある?」
「ううん、大丈夫。女将さんに話を色々と聞いてみるから行ってきて」
リリスとイヴに背中を押されたシドは、リオンの隣に並んで宿屋から再び街に出た。
改めて見回しても出歩いている人はほとんどいない。寂しい街並みだ。
「盗賊も騎士も変わんないのかもね」
街の様子を見たシドの呟きにリオンは「そうだな」と頷く。リオンが前に買い出しに来たときとは全く違う街の姿に同じような感想を抱いていた。
村から一番近いこともあり、村に住み始めた五年の間にリオンは何度かこのゼリジアの街を訪れていた。その時は人通りも多く、呼び込みの声もにぎやかな明るい街だったのだが。女狩りがあったためか、今はゴーストタウンのように陰鬱な空気に満ちていた。
「あった」
品揃えの良さそうなよろず店を見つけて、リオンとシドは店内に入る。店の中には機嫌の悪そうな老いた男が椅子に座っていて、入ってきたリオンとシドを睨みつけるように見つめた。
「なんの用だ」
「旅に必要なものを買いたい。それと、この子の靴をいいものが欲しい」
リオンがシドを示せば、店主は機嫌の悪そうなまま店の奥に一度引っ込む。
「地元じゃなくてここで用立てるなんて、どんなど田舎から来たんだか」
吐き捨てるような言葉に困惑しているシドを、リオンは背中を軽く叩いて心配ないと励ます。陳列されている商品はどれも質が悪いようには見えなかったからだ。
フード付きのマントコートをシドに羽織らせる。色は焦げ茶色しかないのが惜しいが、少しはマシな服装になるだろうと頷く。
「おい坊主、履いてみろ」
子ども用がなかったのか、おそらく女性用だろう頑丈そうな靴を用意した店主は、シドを呼びつけて試着を促す。布の靴を脱いだシドは素直にブーツを履く。
慣れないために違和感はあるものの、リオンと同じようにブーツを履くことが嬉しくなりシドは笑顔を浮かべた。
「うん。ま、少し大きいが布でも詰めとけ。あっという間にこの靴も履けなくならぁ」
店主は、嬉しそうなシドにつられたように笑みを浮かべた。不機嫌さはマシになってきたらしい。
それに緊張のほぐれたシドは確かめるように何歩か歩く。
「ありがとう、リオンさん」
「気にするな。店主、この子が羽織っているものと、この靴と、それから寝袋と、水筒を二つと、簡易地図とコンパスも頼む」
「おう、随分気前のいい兄ちゃんだな」
注文数の多いリオンに驚きながら店主はテキパキと言われたものを用意する。
「あのね、村が盗賊に焼かれたから、村で使えるものはあんまり持ってこれなかったんだ」
「ああ、やっぱり辺境からか。どこもかしこも似たようなもんだなぁ。一応、盗賊は治安部隊によると何者かに壊滅させられたらしいが」
流石に事件から一ヶ月ほど経とうとしているからか、村の様子を知っているらしい店主は、シドを見てどこか痛ましそうな表情を浮かべる。
しかし、女狩りのあったゼリジアとて辺境を支援できるほどの余裕もない。実年齢より少し幼く見えるシドが旅をしなければならないことを不憫に思ったのだろう。
「あんな偽勇者のために国民をないがしろにするこの国はもうおしまいだな。おっと、治安部隊に言うなよ」
誰もが思っていることであっても、気軽に口にしていい言葉ではない。店主のそのおどけた言葉にシドは力強く頷く。
「そうだよ、おじさん!本物の勇者は、絶対に優しい!」
妙に熱の入ったシドの主張に店主の方が圧されながら頷く。
「まぁ、子どものほうが勇者への憧れは強いものだよな」と、店主はシドの熱弁にそう納得した。
「支払いはどのくらいだろうか」
「あ、ああ。大陸共通通貨で三万ガルだな」
「では」
胸元から財布を取り出したのち、躊躇なく千ガルの硬貨を三十枚並べたリオンに、店主も硬貨を確認する。リオンの着ているものはそれなりに良いものだ。偽の硬貨でもないことを確認すると店主は満足そうな笑みを浮かべた。
「値引きありがとう」
だいたいのモノの値段が分かっていたのか、店を出る前に頭を下げるリオンに、店主は驚いた。
盗賊のせいで村を出ることになった彼らの、少年のためにさりげない値引きしかしていなかったのに律儀に感謝されてはむず痒い。
「じゃあね!」
元気に手をあげる少年と、仲の良さそうな青年は一体どこに向かうのか。
店主はその後ろ姿を見ながら、彼らの旅の無事を小さく祈った。
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