墓参りを終えたリオンとシドは、旅に使えそうなものを用意し終えると村の入り口に向かった。お互いに普段の服装に大きめのバッグを背負っているだけなのでそこまで変化はない。リオンは、ゼリジアについたらまずはシドの靴を買おうと予定を立てた。

 辺境の村から一番近いゼリジアまでは徒歩で二日ほどの距離である。

 そしてゼリジアから姉妹の目的地である王都近くの街、ビジまでがだいたい一週間の距離だ。

 長旅になることを覚悟してか、旅の準備を整えて合流したリリスとイヴも荷物は最低限だった。焼け残った荷物のためか少し煙のような臭いがするが、使えるだけまだましである。

 ふたりとも身体のラインを隠す分厚いコートと、男物のズボンを履いていることを確認したリオンは「うん」と頷いた。

 これならば遠目に見れば女性二人が混じった旅人には見えないはずだ。


「リリス姉ちゃんとイヴは、ビジに行くんだよね?」

「うん。そこに母方の親族がいるの。それに騎士の家系だから保護してもらえるはず」


 イヴが自信たっぷりな答えに(もしかしたらどこかで貴族の血が流れているからこそ貴族の令嬢めいた容姿なのかも)と、そう考えたシドは辺境にいるには美人過ぎる姉妹のルーツに納得した。 


「では、まずはゼリジアに向かう」

「はい!」


 旅の責任者にリリスもイヴもシドも元気よく返事をした。

 陰鬱な空気で旅立つよりはいいだろう。村の入り口で話し込んでいたために数人が作業をとめて見送りにきていたため、リオンは村に向かって軽く頭を下げた。

 街道に沿って緩やかな下り坂の道を歩いていると、景色を見ながら歩くことに疲れたのか、イヴが興味津々といった様子でリオンに質問した。


「リオンさんの武器ってカタナって言うんですよね?」

「ああ」

「どこの国の武器なんですか?」

「どこの?」


 イヴの質問にリオンは少し困ったように眉間にシワを寄せる。答えられないというよりはどう答えようか悩んでいるといった様子だった。


「どこと言われたら、ニホン、という国だな」

「へぇ、もしかしてリオンさんはフーラシオ大陸外から来たんですか!?」

「イヴ、リオンさんに迷惑でしょ!詮索はやめなさい!」


 グイグイと質問してくるイヴの様子に、リオンは少しだけたじろいでしまう。それは、今まで村人がどれほど自分に気をつかってくれていたのか理解したからでもあった。

 儚げな容姿と違い、とても元気のいいイヴをリリスが静止するいつもの様子に、シドが少年ながら呆れたように肩をすくめた。


「そうだな。フーラシオ大陸の出身ではない。もう帰れない遠い遠い国の出身だ。はじめは言葉も通じなくて苦労したな」


 目を細め、言葉を教わった日々を懐かしく思い返しながらリオンは小さく笑う。

 そのあまりに寂しそうな視線に気が付いたイヴは急にシュンと項垂れて言葉が少なくなった。


「もしかして、奥様との思い出の話ですか?」

「……そうだな」


 リリスの確認にリオンは先程と同じような笑みのまま返事をした。それにシドは(リオンさんは新しい恋人とかは欲しくないんだな)と理解を深める。

 ついでに手のひらで練習していた風魔法でビュンっと風を吹かせた。

 突風に驚いたらしいイヴに怒鳴られながら、シドは狙い通りに変な空気が飛んでいったことに満足した。

 

「これは聖剣という特別な剣らしい。手にする勇者が一番使いやすい武器に変化するから、聖剣という名称だが斧や槍に変化することもあるそうだ。俺に一番馴染みの合った武器がカタナだったんだろう。剣道をしていたからかもな」


 カタナについてはシドも詳しく説明を聞いたことがなかったが、まさか本人でさえよく分かっていない伝説の武器だったことにシドは驚く。そしてリオンが本当に勇者であることでなんだか誇らしくなっていた。なにせ、シドはリオンの一番弟子だからだ。


「それって伝説の武器!じゃ、じゃあそれ、勇者以外が触ったらどうなるんですか?」

「さあ、聞いた話だと黒焦げになるとかなんとか」

「わぁ、伝説〜!」


 騎士の家系が関係するのか否か、武器に関する話を聞いて元気のよいイヴに、リリスは呆れたように溜め息をついた。シドもリリスの真似をして溜め息をつく。

 他愛のない話をしながら、整備された街道を進む旅は問題なく進んだ。

 道案内の看板で方角が合っていることを確認すると、少し進んだ先で焚き火をして夜を過ごす。


「リリス姉ちゃん、寝れないの?」

「うん。トムに支援を要請する手紙を預かったのだけど、厳しいかもしれないなって」


 分厚い紙の束を大切そうに抱えるリリスは、どこか悲壮な覚悟をしているような、そんな空気を感じて、シドはリリスの隣に座り込む。

 妖艶な美人であるリリスは、実は容姿から得られる印象とは違い、おとぎ話の恋物語に憧れる純粋な人であることをシドは、というよりも辺境の村人たち全員が知っていた。

 なにせリリスはビジの富豪から結婚の話が来ていたときも、色々な理屈をつらねていたが簡単に言えば「恋がしたい」という理由で突っぱねたからだ。

 村人はそんなリリスを冗談交じりに「そんなんじゃ婚期を逃す」と笑って受け入れていたが。


「もし、あの人に頼れば、村の皆が助かるのよね」


 手紙を握りしめるリリスの小さな手にシドは手を添えた。


「リオンさんの一途さは、今のリリス姉ちゃんには眩しいね」

「ふふ、シドは賢いね」


 分かっていますと言わんばかりの態度にリリスは可笑しくなってつい笑顔を浮かべた。小さな少年が一生懸命にリリスのことを考えてくれていることが分かったからだ。

 ふと、シドの額に汚れのようなものが浮かんでいる気がして、リリスは手を伸ばす。いきなり額を拭われたシドは目を丸くしてリリスを見つめた。


「汚れていたみたいだったけど、気の所為みたい」

「そうなんだ」


 不思議そうに額に両手を置いたシドは笑顔でリリスを見つめる。


「あのね、リリス姉ちゃんは俺の知ってる中で一番の美人だから。姉ちゃんが微笑んだらほとんどの男は姉ちゃんのことが一番好きになるよ」

「シド」

「だから姉ちゃんが好きになれる人が現れるまで、誰にも触らせないで姉ちゃんが主導権を握って男を翻弄すればお金なんていくらでも」

「シードー!お姉ちゃんになんてこと吹き込んでんのよ!」


 完璧!と言いたげな語りをしていたシドに気が付いたイヴが、拳で殴りかかる。

 リリスはシドのそれはどこ由来の知識なのか、ということの方が心配だったのだが。そういえばシドはなんだかんだ村の男達の会話に混ざっていた。そこから政治的な発言や、遠くの世界の話を皆に披露していた、そんなことを思い出す。


「男を翻弄……」


 リリスは、シドの発言を考え込むように小さく呟いた。

 「うぬぼれではなく世間的に見て美人であることは事実なのだから常に気をつけろ」それはリリスとイヴがビジに住む祖父母に口を酸っぱくして言われていた言葉だ。

 素朴な村娘だったリリスは、自分の美しさが武器になることを自覚した。



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