旅立ち




 シドと生き残った村人たちが埋葬の準備と片付けをしていると、五人の女性を手押し車に乗せてリオンが戻ってきた。

 「あたりに盗賊がいないか巡回してくる」と言っていたのに、やることが違うとシドは呆れる。

 それでも五人の若い女性が無事に戻ってきたことに村の若者は声をあげて喜んだ。商品として誘拐されたためか、無体な扱いを受けることもなかったらしい。

 足を骨折したりという怪我もあったが、彼女たちも出来る範囲で生活再建の手伝いを始めた。

 村人たちで話し合い、村長の息子が復興の指揮をとり、国へ支援を求めることで話がまとまった。

 前に進むために様々なことを決める慌ただしい数週間が過ぎ、村がようやく落ち着いた頃にリオンとシドは旅に出ることを新しい村長であるトムに伝えた。


「そうか、リオンさんほど強い人が住んでくれると有り難かったが。リオンさんの家は我々が管理しておくので、いつでも帰ってきてください」


 リオンを引き留めようとして、何かを思うように首を横にふる。

 そうしてトムは前村長によく似たおおらかな笑顔を浮かべる。トムも本当の勇者と思われる人物に気が付いていた一人だった。

 十五歳という若い年齢ではあったが、残った村人の中で一番頭のいい彼が村長になるのは自然なことだ。リオンは若い村長の力になれないことを申し訳なく思いながらトムに頭を下げる。


「力になれず、すまない」

「いいえ。シドも、リオンさんとなら大丈夫だろうけど、気をつけて」

「うん」


 トムに肩を優しく叩かれたシドは何度も頷く。どちらにしても村が焼かれたことで備蓄していた食料も失われたので、誰かは村を出なければならなかった。

 村が盗賊に目をつけられた原因でもある「美人姉妹」として有名なリリスとイヴをビジに送り届けるという提案もトムにとっては渡りに船だ。

 兄弟のような関係のシドも連れて行くのにそう悪いことはしないだろうと考えて、トムからもリオンに頭を下げた。

 村長の家になっている簡易テントから外に出た二人は、輝く太陽に目を細める。

 不安そうに待っていたリリスとイヴに、リオンは村から出ていく許可が出たことを伝える。

 

「トムと挨拶をしてくるといい。旅の準備を整えよう」

「はい、はい!」


 イヴが突進するようにテントに入ったのを、リリスが慌てて追いかけた。二人がテントに消えたのを確認すると、リオンはシドに目を向ける。


「旅立ちの前に挨拶に行くか」

「うん。リオンさんの森のお墓は?」


 村の墓地に向けて歩き出したあと、シドが質問をすれば、リオンは頷く。


「そうだな、そこにも行こう」


 どこか悲しそうに伏せられた目に、リオンの心情を思ってシドは顔を俯かせる。

 シドは、あのとき何かに気づいた様子だったイヴに、ユラという花に込められている言葉を聞いたのだ。

 「追憶」「忘れられぬ想い」

 死者へ捧げる最大の愛。恋人や夫や妻を失った人が墓に捧げるのが一般的なのだとか。だからこそ、墓に眠るのはリオンの妻だとイヴは思ったらしい。

 そんなことを考えていると小さな村であるため、新しく作った墓地に直ぐに辿り着く。


「父さん、母さん。行ってきます」


 墓の前でしゃがむと、両手を組んだシドが祈りを捧げる。その様子を隣でしゃがんだリオンは静かに見つめていた。

 見つめられていることに気が付いたシドは首を傾げる。


「どうしてトムはお前を引き止めなかったんだろうか」


 その言葉に、シドは墓を見つめることでリオンから視線を移す。掘り返したばかりの土の匂いを感じながら、シドは言葉を探した。


「一緒にいる相手がリオンさんだったのもあるけど、たぶん、俺が父さんと母さんの本当の子どもじゃないのもあると思う」


 初めて聞く話にリオンは目を丸くする。リオンにはシドの家族は欠けたところのない完璧で幸せそうな理想の家族に見えていたからだ。


「捨てられていた俺を、子どもができないことに悩んでいた夫婦の父さんと母さんが拾ってくれたんだ。まぁ、どこで拾ったのかは教えてくれなかったけど。別に重要なことでもないけど」


 まだ幼い少年が発するにはあまりに達観したかのような感想に、リオンはどこか寂しくなりながら、シドがしていたように手を組むと「二人の息子は必ず守ります」と心の中で告げた。リオンの目には完璧な家族に見える愛を二人は注いでいたのだから、どうであれ、きちんと覚悟を告げるべきだろうと考えて。

 リオンよりも先に立ち上がり、てくてくと歩き出すシドは、さっぱりとした表情で前を向いていた。

 故郷に未練などないように、震えている手足を誰にも見咎められないように。

 

「森の墓はリオンさんの奥さんのお墓なの?」


 リオンの家への道を辿りながらシドが質問すれば、リオンは「恋人かな」と、自分の手のひらを見ながら答えた。


「三年旅を共にした女性で、俺にとって運命の人だった」


 森を見つめるリオンの視線の先には生前の彼女の姿が浮かんでいるようだった。

 愛おしそうなその視線にシドは「大人だなぁ」なんて子どもじみた感想を抱きながら、リオンの旅が孤独ではなかったことにどこかで安堵していた。


「?」


 いつからか身体にまとわりつくようになった黒いもやのようなものを、シドは手をパタパタと振ることで振り払う。そんな事をしている間に、いつの間にか先を行っていたリオンの背中をシドは駆け足で追いかけた。


「どんな人だったの?美人?」

「……海のように深い青色の瞳が美しい人だった」


 シドの質問に、何かを思い出すように目を細め、優しげな笑顔を浮かべるリオンを見て、シドは何かに納得したように頷く。

 それから、山で育った人間にとってとても気になる単語があったことに反応した。


「海!リオンさんは、海をみたことがあるの?」


 大陸の中心にある、人が住むことのできない魔の森の近辺は辺境と呼ばれる。

 そんな辺境で育ったシドは、故郷から遥か遠くにある海を見たことがないので、海というものに大きな期待を寄せていた。

 といってもシドに海を教えた大人たちも海を見たことはなかったので、盛った話がどこまでが本当なのかは誰も知らなかったのだが。


「そうだな、時間があれば海にも行こう」

「やった!」


 明るい表情を浮かべたシドの姿に、リオンはつい甘やかす提案をする。

 「海に行く目標を立てればそれだけでシドが元気になるのなら、安いものだ」リオンは自分を納得させるように、記憶の中の彼女に向けてそう言い訳をした。



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