4
パチパチと小さな火が残り、薄っすらと明るい焦げた臭いのする村の中を進む。
シドの家までたどり着くと、探していた背中を見つけてリオンは安堵から息を吐き出した。
「シド」
両親の遺体の前でうずくまっていたシドは、リオンの声掛けに反応して顔をあげる。
ゆっくりと振り返ったシドの額にまるで目のような紋章が浮かんでいるのを見たリオンは息をのむ。
「なんで、魔王の紋章が……!」
そんなリオンの話など聞こえていないように光のない瞳でリオンを見つめ、シドは静かに涙を流す。普段の明るく無邪気な姿とは程遠い。
シドの魔力が膨大になっていることに気が付いて「次の魔王」が生まれようとしていることに慄いた。紋章はまだ薄く「本物の魔王」を見たことのあるリオンには「それがまだ不完全」であることに気が付く。
まだ間に合うと理解したリオンは、駆け寄ってシドを抱きしめる。
「リオンさん、皆が、父さんと母さんが」
しゃくり上げながら言葉を紡ぐ少年の背中を優しく叩きながら、リオンはひとつ決意する。
(俺の家族を魔王にしてなるものか)
まだ小さな身体で叫ぶ子どもは、リオンにとってこの世界で家族と呼べる唯一の存在だ。
心を閉ざしていたリオンに再び笑顔をくれた弟を、魔王にだけはしたくない。
まるで世界の終わりのような地獄絵図のような村の、何もかも失った家の中で、リオンにすがりついて泣く、そんなシドを守ると彼の両親に誓う。
「シド。俺は旅に出る」
いつの間にか額に浮かんでいた紋章が消えているのを見て、リオンは安堵しながらシドの目尻の涙を拭う。その言葉を聞いて、シドはまた目に涙をためた。
「リオンさん、いなくなっちゃうの?」
震える声でされる質問に、リオンは頷く。
「俺の旅についてくるか?」
「……いいの?」
リオンの提案が意外だったのか、シドは首を傾げつつ確認するようにリオンを見上げる。
黒い瞳に嘘はないように感じられて、シドは「連れて行って」と素直に返した。
「それから。すまないシド。魔王を倒した人間は俺なんだ」
ずっとリオンが秘密にしていたことを告白すれば、シドは目を丸くしつつも「そんな気はしていた」と返す。
「リオンさん、意味不明なくらい強いし。それに長い緑のバンダナって長い髪みたいに見えるし。なにより村に住み始めた時期が魔霧が出なくなった時期と重なってたし。たぶん、村の人も何人かは分かってたと思うよ」
思ったよりも隠せていなかった事実を告げられてリオンは苦笑する。
言われてみればリオンは黙り込んでいただけで、自分が探されていたことも知らなかったから、何かを隠す気はなかった。
村人たちが勇者と疑いつつもリオンのことを黙ってくれていたのは、おそらく思いやりだったのだろう。遠巻きにしつつも迫害されるようなことがなかったのはそういう理由だったのだとリオンは理解する。
情報収集を怠ったリオンにも悪いところはあっただろうが、思いやりの結果がこんなことになったのは、誰にも予想できないことだ。
「俺は、この国の勇者を認める訳にはいない」
こうした女狩りが始まると分かっていたのかいなかったのか、どちらにしても、勇者の行いでこうして多数の被害が生まれたことに間違いがない。
リオンの怒りを理解したシドは自信がなさそうに視線を落とした。
「それじゃあ、俺がついていったら邪魔にならない?」
リオンにとって今、一番大切なことは「シドを魔王にしない」ことだ。けれどそれをシドに直接言うわけにもいかず、何と言おうかとリオンは目を閉じる。
「実は俺は、方向音痴なんだ。それから、地図も読めない」
「えっ」
「だから、優秀な助手が必要だ」
とんちんかんなことを言うリオンに、シドは呆れたような小さな笑みを浮かべる。
つまりは付いてきてほしいと彼も願っていることを理解したからだ。シドだってこの国の勇者が許せそうになかったし、リオンに協力できるならそれ以上のことはない。
「任せてよ、リオンさん」
埋葬するのは明日以降になるだろう。
抱き合う両親を振り返って見つめたシドは「愛してくれてありがとう」と小さく呟いて立ち上がると、リオンを追い抜く。
「行こう」
振り返ったシドの表情は、リオンにはどんな感情か読めないような、穏やかで静かなものだった。目尻が赤く染まり、泣いていたことはとても隠せていなかったが。
カタナに触れながらリオンも立ち上がる。
誘拐された人の救出に村の人間の埋葬。やることは山積みだ。
「勇者のいるところに行く前に、リリスとイヴをビジに送り届けることになるだろうが、構わないか?」
「俺はリオンさんの旅についていくんだ。だから、リオンさんのしたいようにして」
リオンの家へ向かいながらする会話は穏やかで。
半日ですっかり大人になってしまった背中を見つめる。あの無邪気な笑顔をもう見られないだろうことが、リオンはどうしようもないほどに悲しかった。
一陣の風が吹く。
星空が照らす夜道は頼りなく、小さな明かりを灯すリオンの家だけがポツンとある。
緩やかな坂道を歩きながら、リオンとシドの間にそれ以上の会話は生まれなかった。
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