敵対するものがいなくなったのを理解して、リオンは血を拭うと、カタナを鞘に戻す。

 好き放題に荒らされた村の中には、リオンが斬った盗賊の死体が点々と転がっていた。それに対して無感動な表情のままに、随分と火の勢いと煙の落ち着いてきた村の中を見て回るが、確認できる場所に生存者の姿が見えないでいた。

 そして、死亡している村人の中に若い女性の姿がないことで、盗賊の目的を察してリオンは顔を歪めた。

 

「ここは」


 一つの家の前で足を止めたリオンはその外観を観察する。

 シドの家はもはや人が住めないほどに黒焦げになっていた。二人が無事に避難してくれていることを願う。

 けれど、その室内を確認すると、重なり合う二人の遺体があった。それに衝撃を受けたリオンは目を見張る。

 身体の大きさ的に男性のものである遺体には片腕がなく、それでも女性を守るように抱きしめていた。

 その姿に、いつも朗らかに笑ってリオンを歓迎してくれていた男性と女性の笑顔が過り、思わず唇を強く噛む。


「勇者、か」


 盗賊の狙いは女で、女を欲していて金払いがいいのは国、つまりは勇者だ。

 あまりに分かりやすい構図を理解して、リオンの黒い瞳に剣呑な色が宿る。

 もはや生存者の見込みがないことを確認し終えると、悪臭の漂う村から離れて自分の家に向かった。

 自分の家まで戻ると、盗賊を斬り伏せながら避難を呼びかけただけあり、十人ほどの村人が助かっていることに安堵の息を漏らした。

 連れされた女性の行方を捜さなくてはならないだろう。


「シドは?」


 姿が見えないことを不思議に思ったリオンの問いかけに、村人は疲れた表情で首を横にふる。その反応にリオンは墓の方向に視線をやる。

 周囲に盗賊の反応がないことを確認し、シドを迎えに行くことを告げてから森の中に足を踏み入れた。

 リオンがシドに渡しているお守りには獣避けの呪いがかけてある。そして花畑と墓にも同じものがあるので獣からは守られるし安全だろうが、子どもを夜の森に放置するわけにはいかない。

 花畑の手前で血溜まりを確認して、引きちぎられた手が落ちていたので魔物に盗賊らしき誰かが襲われたことを理解する。

 もし盗賊に襲われていたらと慌てたリオンが花畑まで急ぐと、墓の前でリリスとイヴを背後に庇い、震えて立ちふさがっているシドを見つけてリオンは息を吐き出した。


「無事だったか」

「リ、リオンさん」


 リオンの姿を確認した途端、ふにゃふにゃと座り込むシドをリリスとイヴが支える。


「盗賊はもういないから、せめて俺の家まで戻るぞ。生存者もそこにいるから」


 リオンが手を差し出すと、シドは素直に手をとって立ち上がる。


「リオンさん、父さんと母さんは?」

「……」


 その遺体を確認していたリオンは、無言で答えるしかなかった。

 その反応に、シドがリオンの手を掴む力が強くなる。

 三人を連れてリオンの家まで戻ったが、家に戻って生存者が再会しても誰も言葉を発することはなく、誰もが現実を受け止めきれない陰鬱な空気が漂っていた。

 リリスが真っ先に怪我人の手当てを始め、イヴがそれを手伝う。リオンも家の中から薬の材料になるものや包帯になりそうな布を取り出して提供する。

 家の中をひっくり返していたリオンは、テーブルの上に残る食べかけのアップルパイが、チラチラと視界に入ってくる。そうすると先程見たばかりのシドの両親の姿が頭に浮かび、だんだんと息が浅くなる。

 一通り手当てを終えて休憩していると「リオンさん」とイヴが申し訳無さそうにリオンに声をかけてきた。


「アタシとお姉ちゃんを、ビジまで連れて行ってはくれませんか」

「ビジ、っていうと王都に近い街だな」

「はい。そこなら母方の親類がいて、騎士家系なのでもしかしたら保護してもらえるかもって思って」


 イヴの懇願にリオンは困ったように頭をかく。了承したいところだが、それでも二つ返事では頷けない理由があったからだ。


「返事はシドと話をしてからでもいいか」


 リオンの言葉にイヴはハッとしたように口を塞ぐ。一人ぼっちになる少年のことを蔑ろにしていたことに気が付いたからだ。

 お人好しのシドの両親は村人に反対されてもリオンに親切にしていた。シドにとってリオンがもう一人の家族であることは、見ていれば誰にだって分かることだというのに。

 

「はい。ごめんなさい」

「謝ることじゃない。でも、俺にとってシドは家族なんだ」


 リオンはイヴに背を向けるとシドの姿を探す。暗くなったからという理由だけではなく、明るい茶髪の髪が見当たらないことに気が付いたリオンはまさかと村を振り返る。

 明日になれば嫌でも現実に向き合わなければならないのに、シドの行動を理解して焦ってしまう。今から再び盗賊が襲ってくることは考えにくいとはいえ、単独行動をして大丈夫なほど安全ではない。

 手当てを終えて休憩しているリリスに「シドを探してくる」ことと「獣避けを施してあるから家の付近から絶対に動かないように」ということを伝える。

 最低限の伝言を終えたリオンは、心臓がドクドクと嫌な音を立てているのを感じながら村への道を走った。



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