「俺は消火の手伝いに行くから、シドは留守番をしろ」

「俺も手伝うよ!」

「いや。俺の家に避難するように声をかけるから、避難してきた人たちの対応をしてくれ」


 村から距離のあるリオンの小屋に避難させるのは、魔物の危険はあるものの火事から逃れるには最適な判断だ。ただ待つのではなく仕事を任されたのだと理解したシドは素直に頷く。

 そんな素直な姿に安心したように微笑むと、明るくふわふわとしたシドの茶髪をくしゃりと撫でてからリオンは村に向かって走った。

 小さくなるリオンのその背中を見ながら、揺れる緑のバンダナが、シドには占い師の「緑の長髪」という予言と重なって見える。


「リオンさんって、やっぱり」


 呟いた後、シドはリオンから村の中心へと視線を移す。濃い灰色の煙はさらに勢いを増していた。ただの火事ではないことは、冷静に見ていれば理解できた。

 シュリグラ王国と仲の悪いスページ王国の境付近にあるため、この付近では小競り合いが頻繁に起こることは知っていたが、シドが生まれてから戦火のようなものを見るのは初めてだ。震える足を叱咤して、誰かが早く避難してきてくれるのを玄関の柱に縋りつきながら待つ。

 転びそうになりながら走る二人の女性の姿が見えて、シドは全力で腕を振って呼びかけた。

 

「リリス姉ちゃん、イヴ!」


 村一番、いやこのグリクラ領でも美人と名高い姉妹が、顔面を蒼白にさせて走ってくる。気づいて貰えるようにシドは必死で大きな声を出す。

 二人の背後に馬に乗った荒くれ者の姿が見えて、シドは慌てて突風を吹かせた。

 自分に出来る以上の魔法を使用したために、ズキンと痛む頭を抱える。

 風に驚いて暴れている馬に手こずっている間に小屋は駄目だと判断したシドは、年齢の近いイヴの手を引き、森の奥を目指す。先程リオンが出てきた道だ。

 「いざというときは」と、いつも言われていたので、迷いも恐れもなかった。


「こっち!」

「シド、魔物の森に入るのは怖いよ!」


 首を横にふるイヴを見て、シドはリリスの様子を伺う。顔色は悪かったが、リリスの方はシドの後を迷いなくついてきていた。暗い森の中は確かに恐ろしい。

 けれど、背後から迫る荒くれ者はもっと恐ろしかった。


「リリス姉ちゃん、あいつらなんなの!?スページの人っぽくもないけど!」

「盗賊よ、盗賊!」

「あいつら村の女を攫って領主に売る気なの!」


 しばらく状況を確認するために叫びながら走っていたが、三人は広場に出て、広がった景色に息をのむ。

 彼らの足元には薄いピンク色の花畑が広がっていて、幻想的なほどに美しい光景が広がっていたからだ。


「これ、ユラの花だ」


 ほんのりとしたピンク色の花をしゃがんで観察したイヴが、その花の名前を言い当てる。ユラの花畑の広場の中央に、無骨な石積みの塔を見つけてシドは恐る恐る近づく。

 その塔の前には花がなく、そこに人が長時間座り込んでいたことが分かる跡ができていた。


「お墓、かな」


 呟くシドの背後からリリスとイヴも塔を観察する。小さく書かれた文字は彼らには理解できないものだったが、それが墓であることはなんとなく察した。


「ユラの花畑。お墓。これ、リオンさんの奥さんの墓とか?」


 イヴが真剣に呟く言葉に疑問を返そうとしたところで、だみ声が森に響くのが聞こえてきた。三人でギュウギュウにくっついて塔の裏に隠れる。

 入ってきた付近を入念に確認していると、声は小さくなった。

 心臓をバクバクとさせながら塔の裏から出てきたシドは「様子を見てくる」と小声で姉妹に伝える。

 花を散らさないように音を立てないようにそっとした足取りで小屋に続く道を振り返れば、そこには血溜まりができていた。

 シドは悲鳴をあげないように息を飲み込んで、血溜まりの原因を探る。


「なにも、ない?」


 そこにはただ血溜まりだけがあり、盗賊の姿も何もない空間に安堵してシドは息を吐き出す。

 何らかの原因で負傷した盗賊は、もしかしたら違う方向へ行ったのかもしれない。そう考えたシドは急いで石積みの塔のところへ戻る。


「大丈夫みたい。盗賊ってどうして?」

「お姉ちゃんとアタシが傾国の美女なのは事実だけど、ニセ勇者のせいで盗賊にまで狙われるなんて!」


 一見すると金髪碧眼の貴族の娘のように品のある儚げな美少女であるイヴは、腹立たしそうにシドを掴んで揺らす。恐怖を怒りに変えて恐怖をしのいでいるのが分かるからか、姉であるリリスはいつものように妹をたしなめる様子がない。


「駄目ね。私たちはもう、村にいられないわ。でもビジへ行く手立てもないし、自分たちで勇者のところに行くしかないのかしら」


 豊満な肉体をもつ、赤みがかった金髪と妹とよく似た青い瞳の美女は悲壮な表情で呟く。シドには村の被害は分からないが、村から逃げてきた二人の様子から状況が深刻なことだけは理解した。


「父さん、母さん」


 不安になって村に戻ろうとするシドをリリスが抱きしめて止める。

 背中を撫でる手の感触に、言葉はなくとも自分は覚悟を決めなければならないことを察してシドは震えた。

 イヴはシドより二つ年上だが、幼い少女であることに変わりはない。

 十六歳のリリスは妹と弟分の少年を抱きしめて、不思議とここは安全だと感じられる花畑で長い時間を過ごした。



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