ビジへの道中/シドの魔法訓練
「えいっ!」
ゼリジアを出発し、ビジへ向かう道中に弱い魔物と遭遇した。
アリ型の三十センチほどの大きさのその魔物は、リオンが一振りで屠ることができる。
魔物の森にいる魔物と比べてとても弱いこともあり、リオンはシドの魔法の練習に風の刃を放つように指示をする。
リオンの言葉に素直に従ったシドが魔力で発生させた風を魔物にぶつけるが、アリは何かされただろうかというほどにピンピンとしていた。
「普段練習させているのはトルネードという上級魔法だ。それに比べて風の刃はそれほど難しくないはずなんだが」
リオンはカタナを構えて、ヒュンっと一振りして、聖剣から発生した風圧のようなものを使い、刃を魔物に触れさせることなく真っ二つにする。
「風の刃のイメージはこんな感じだな」
「なるほど!」
リオンの言葉を聞いたシドは真面目に再挑戦する。いまいちイメージがし辛かったのか、拾った木の枝をリオンと同じように振る姿をリオンは微笑ましそうに見つめた。
「ちなみに俺がしたのは魔法ではない」
「魔法だと思いますけど!?」
近くの岩にリリスと並んで座って、シドの修行の様子を観察していたイヴは、リオンの言葉に反論する。リリスもイヴの言葉に同意するように頷いていた。それにリオンは自分は魔法が得意ではないと答える。
「火をおこすまじないと、獣除けのまじないができるだけで、あとは魔法と呼べるものは使えない」
この度の最中に何度もリオンの規格外の戦闘力を目の当たりにした姉妹は、何をすっとぼけているのだろうと頭を抱える。
魔力を込めていないから魔法ではないというのなら、確かにそれはそうかもしれない。けれど、剣を使って遠距離攻撃ができるだけで十分に「魔法」の域に足を踏み込んでいることくらいは自覚しておくべきだろう。そう思ってリリスは口を開く。
「でも、魔法を使わずに剣で遠距離攻撃なんて普通はできないんです」
「魔法の一種って言ったおいたほうが無難だと思いますよ」
リリスとイヴにたしなめるように言われたリオンは、顎に手をあてて悩む仕草をした後に素直に頷いた。
リオンにはいまいちこの世界の常識が分からないところがあるのだ。
なまじ魔法というものがあるせいで異常と正常の判断がリオンには難しい。かつての常識ならまじないだって十分に非常識だからだ。
この世界において近接武器を使って遠距離攻撃ができないというのが常識というならば、たしかにその基準に合わせて「魔法」扱いしたほうがいいのだろう。リオンはそう納得した。
「では、今日からこれは魔法ということで」
この世界において魔法の扱いは少々特殊だ。平民にも魔法を使うことが出来るものはいるが、それこそリオンの言ったような呪い程度の魔法を使うものがほとんどなのだ。
だから、むしろシドのように潤沢な魔力を持つものは稀である。
ごく偶に才能に溢れた魔術師が生まれるが、そういった人は国に囲われるのが常である。
日に日にシドの魔力が増えていることはリオンしか気が付いていないが、リオンはそれをシドが魔王になりかけたことが関係しているのだろうと考えている。
「シドの魔力ってこんなに大きかったんだ」
「魔術師くらいあるかしら」
切り裂くのではなく風の力で魔物を地面に押しつぶしているシドを見ながら、イヴとリリスはポツリと感想を漏らす。
普通の人から見てもシドの魔力はただの平民としては異常な域に達し始めていた。
「シド、もう一度。風は薄くだ」
リオンがもう一度見本を見せれば、頷いたシドはリオンの斬撃をイメージして風の刃を魔物に振るう。
スパッと真っ二つになりボトボトと地面に落ちた魔物を見て、シドは成功したことに喜んで飛び跳ねた。
「できた!リオンさんできたよ!」
「ああ、シドは天才だな!」
両手をあげてピョンピョンと飛び跳ねるシドと、花が飛びそうなくらいにあたたかな笑みでシドを褒めるリオンを見て、イヴは呆れた視線を送る。
「師匠と弟子っていうより、ブラコンとブラコン」
その発言を聞いたリリスは、とくにコメントこそなかったものの深く頷いた。
「それにしても」と、喜びから落ち着いたシドがリオンを振り返る。
「リオンさん、魔の森から離れていっているのに、どうして魔物に遭遇することが増えたのかな?」
シドの疑問はリオンも同じように抱いていたものだった。
魔物は基本的に魔の森にしか出ない生き物だからだ。ゆえに、魔の森から離れれば魔物と出会わなくなるというのは一般常識だ。
本来なら辺境を抜けさえすれば辻馬車での移動も一般的で、ゼリジアとビジの間にも辻馬車が存在していたはずだった。
しかし、ここ数年、とくに今年になってから街道にも魔物が出ることが増えたため辻馬車は休止していたのだ。そのためにリオンたちは徒歩で旅をするしかなくっていた。
「そうだな、予想よりずっと多い」
「弱いから俺の修行にはちょうどいいけど、辺境より多いよね」
「ああ。魔物に大した強さはないが数が増えている」
かつて旅をしたときにはこんな風に魔物に遭遇することもなかったために、リオンも本当に不思議に思って首を傾げた。
普通に考えるなら魔王と魔物に何かしらの関係があるのだろう。
もしくは、魔霧と魔物に何かの関係があるのかもしれない。
そう考えたリオンはもどかしくなって首を横にふる。
「何かが起こっているのは間違いないんだろう」
そう呟きながら、リオンは残っていた魔物を全て斬り伏せた。
周囲に魔物の気配がなくなったことでシドの修行の時間が終わり、旅が再開される。
シドの訓練中はリリスとイヴは休憩時間だ。休憩が終わったことを理解した二人も立ち上がると荷物を背中に背負う。
「もう少しで川があるはずだから、そのあたりで今日は休もう」
地図を確認したシドがコンパスを手に方角を指させば、それぞれがシドによい返事を返した。
一番年下であるシドを先頭にして、その後ろを追うように歩く旅人を見るものがいたとしたら、その少し不思議な光景に首を傾げたことだろう。
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