第2章 探索コンベンション

第45話 プロローグ:ある日の発見

 30年前、アメリカのダンジョン。


「おい、見ろよこれ」

「墓、か……? これ」


 ある階層でとある探索者パーティーが墓所を見つけた。

 それはダンジョンとしての墓所ではない。まるであとから付け足されたかのように、そこだけ別の場所から切り取られたかのような違和感があった。

 その墓所はさながら古代エジプトの王墓である。どこか通常とは異なる絢爛さと神聖さが同居し、通路には副葬品の類が置いてあった。

 それらには埃と蜘蛛の巣が張っていたが、輝きは失せていない。


 さらには謎の文字だ。象形文字なのか、それとも楔形文字なのか。はたまた別の何かか。

 一切判別不能な文字が書かれていた。それは注意書きのようでもあり、警告のようでもあった。

 もちろん墓所であるということを考えるのであれば後者であると想像するのは容易い。


 果たしてこのまま先へ進んでよいものか。探索者は考えた。

 ダンジョンでは様々なことが起きる。ダンジョンというものが世界に発生してから20年。魔術という超常の技術やスキルといった以前は存在しなかったものが次々と現れ始めている。

 こういうこともあるのかもしれない。


「どうする?」


 仲間たちからの問いは、この先へ進むのか進まないのか。

 もちろん安全を考えれば、戻ることも選択肢に入る。彼らは当時の中堅どころの探索者パーティーであり、相応の修羅場というものを潜り抜けてダンジョンを探索してきている。

 その中で学んだことは危うきには近づかないということ。生き残るのはいつだって慎重な者である。

 しかし、同時に成功する者はこういう未知に自ら飛び込んでいけるものであるということも彼らは良く知っていた。


 探索者パーティーを結成した同期が、既に自分たちよりも幾分も先に行っていることに焦りを感じていた“彼”は先へ進むことを決めた。


「行ってみよう。余力はあるし、こんなものが見つかったって話は聞かないなら俺たちが一番乗りだ」

「お宝がそのままって可能性があるな」

「こういうところには価値のあるものがありそうだしな」


 探索者パーティーはリーダーの“彼”の言葉に頷き、未知の墓所へと足を踏み入れた。

 通路を先へ進むと巨大な回廊へと出た。天井は果たしてどこにあるのだろうか。それすら見えないほどに巨大な大回廊は果てしなく続いているように思えた。


 パーティーはお互いに顔を見合わせてから先へと進んでいく。

 大回廊の先に玄室はあった。そこには人間台の石棺が1つ。

 開けるかどうか、再び迷いが生じたもののここまで来たのなら、開けるも開けないも一緒ではないかとして開けることにした。


 そこには朽ち果てたミイラが眠っており、その胸に小さな球体を抱いていた。それは銀粉を塗したような紫色を内包した白い球体で、紫色の部分には黄金十字の模様が描かれていた。

 動き出すこともないことを確認した探索者たちは、抱かれた球体を手にする。


「おい、見ろよこれ……」

「すごいな……」

「……………………ああ」


 まさしく魔性の品だと思われた。これには価値があると皆が思った。

 何よりも“彼”そう感じた。一目見た瞬間に、目を奪われた。あるいは心そのものすらも奪われていたのかもしれない。

 “彼”はこの宝を独り占めしたくなった。


 そうして帰還したのは“彼”ひとりであった。

 その事実が何を示すのかは、想像に任せることにする。順当な悲劇が彼らを襲ったのかもしれないし、あるいは“彼”が何かをしたのかもしれない。

 重要なことはこうして秘宝が持ち出されたということだ。


 “彼”の人生は以降、栄光の道を歩むことになる。

 探索の成功、事業の成功。

 “彼”は誰よりも成功し世界に君臨を果たすことになる。


 しかして、いつしかその栄光もついに終わる。ダンジョンで秘宝を見つけてから30年。

 “彼”は死に瀕していた。


「ああ……あらゆる全てを手に入れた。幸福であったはずだ、そのはずなのに、どうしてこうも乾いているのだ。目指したのはここではなかったのか、私の願いは叶ったのではないのか」


 手にはあの日手に入れた球体が変わらずある。

 輝きは失せることなく、むしろここ30年で輝きが増してすらあるように思えた。


「ごほっごほっ。……頼む、まだだ。まだ、私は……」


 そう願いを口にする。いつものように。そうすれば叶うとでも言わんばかりに。

 しかし、“彼”は死んだ。“彼”の栄光は、死もって幕を閉じたのである。寿命であった。

 その手から球体が転がり落ちていく。色模様が変化する。まるで目のように見える。さながら“彼”のことを嘲笑う目のような。


 ――遺言により彼が有していたものはあらゆる場所に寄付される。

 “彼”に栄光を与えた秘宝もまた、探索コンベンションにて開催されるオークションに出されることになった。


 持ち主が死してなお、“それ”は笑い続けている、まるで次の獲物を待っているかのように。


 ●


 なんだか、夢を見た気がした。

 どんな夢かはおもいだせないが、なんだか夢を見た気がした。


「瑠美さん、瑠美さん。起きてください、今日は協会に行くと言っていたではありませんか」

「……ん?」


 わたしという生き物は基本的に日の出とともに起きだす。わたしというものが目指すものは大海原の先にある勇者の剣である。

 そこに至るためならばあらゆる時間を鍛錬に捧げる。つまり何が言いたいかというと、早起きが習慣になっているのだ。

 真面目機械人間とでもいうべき静香よりも早く起きれる。そんなわたしが静香の声で起きることになった。非常に珍しい。


「もう、やっと起きました。おはようございます、瑠美さん。今日もいい天気ですよ」

「ん~、おはよ~静香~」

「なんだかぼけぼけさんですね。具合でも悪いのですか?」

「ううん、大丈夫」


 それでも1度起きてしまえば、もうボケボケな曖昧状態は解除だ。

 夢の内容もすっかりと忘れてしまっていた。


「よかった。ご飯置いてますから、私先に出ますね」

「うん、ありがと。いってらっしゃーい。頑張って勉強するんだよ~」

「はい。行ってきます」


 大学に向かう静香を見送って、わたしはリビングでコーヒーとともに静香の作った朝食に舌鼓を打つ。


「はー、おいしい」


 これこそ優雅な朝食というものだ。

 かといってそれほど優雅な時間を長々と堪能するわけには行かない。


 わたしは自室の机の上に置いてある招待状を見る。

 そこに書かれているのは、1週間後に開催されるダンジョン探索コンベンションへ招待状である。あるいは招集状ともいう。


 数年に1度、全世界の有力な探索者を集めて会議や競技会が開催される。いわゆるオリンピックの探索者バージョンだ。

 普段は配信でもない限り見ることのできない高ランク探索者たちの本気のぶつかり合いや派手な競争が見れるとあって、それはもう盛大である。

 他にも大企業が色々画策してまさしく探索者たちのお祭りと化す。一大イベントだ。


 数年前に日本で開催された時の映像は何度も見ている。まさしく織野華による虐殺であった。

 なお今年の開催国はアメリカである。基本的にコンベンションは開催国が有利だ。国防諸々の観点を考えて外に出すEXランク探索者を制限する必要があるためである。

 EXランク探索者はいわば核兵器のようなものであり、完全に自国の国防に関わる要の存在であるため、おいそれと全員を外に出すことはできない。

 しかし、自国内の競技会ならばその制限がない。いくらでも出し放題。


 さらにアメリカは大国だ。EX探索者の数は全世界1位の20人。次点で15人の中国が続く。

 我が国日本は3人。出せて1人という苦境である。しかし、1人であろうとも問題はない。織野華がいれば世界中のEXと戦おうとも勝てるだろう。

 彼女はそれくらいには最強だ。


 もっとも国外開催であるため、国外NGな織野華は絶対に出場できないのだが。

 そのせいでわたしは悩んでいる。謎のアメリカ人から招待されて、その翌日に隊長から出てネ、などと言われたが悩む。


「はー、華ちゃんと一緒にコンベンション行きたかったなー! まあ、でも楽しめそうだ」


 いつもと違う目覚めということは、きっとそういうことなのだとわたしは思う。


「それじゃあ、行きますか!」


 服装はとりあえずいつもの中学の体操服とジャージで良いか。

 余所行きの服? ないですね、ないない。

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