第46話 日本代表

 日本ダンジョン協会本部、三階会議室B。そこが協会から示された待ち合わせの場所だ。

 わたしは顔パスできるので、即座に三階の会議室に入ったが、どうやら1番乗りではなかったようだ。


「わはははは! こむ――」


 聞きなれた笑い声がしたので思わずドアを閉めてしまった。


「あの人もかぁ。そうだよねぇ」


 もう1度ドアを開ける。


「わははは! 待っていたぞ小娘ェ!」


 ハッスルしすぎな爺がそこで声高々に笑っていた。

 何を隠そうこの国の最高峰探索者の一画であるところの魔術G、最初の魔術師二宮金三郎である。

 どうやら彼が今回のコンベンションの為に招集されたようだ。

 他に選択肢がなかったともいう。


 最強である織野華は海外NGで、深層の令嬢はダンジョンの深層に住み着いていて出てこない。

 ダンジョンブレイクの時に放り出されて暴れて帰ったという話は後から聞いた。


「朝から元気ですねぇ」

「当然じゃろう。アメリカで世界の魔術が見られるのじゃからな!」


 そういえばこの人、毎回コンベンションには参加していたということをはたと思い出す。

 どうせ理由は魔術なのだろうが、ある意味で慣れまくったベテランという見方もできる。


「ああ、楽しみじゃな! コンベンションはようやく池田から解放される!」


 なるほど、この人は保護者から解放されるからはしゃいでいるのか。

 大概いつもはしゃいでいる気がするのは気にしないことにしておいてあげよう。


 とりあえず、わたしは会議室に入ってからなるべく二宮金三郎から距離をとって座った。

 なぜか隣に座ってきた。


「さあ、魔術の話をしよう」

「朝からしたくないです」

「やるぞー!」

「話聞かないなぁ」


 などとジジイと本気の取っ組み合いをしている間に、ドアの耐久なんて一切合切考えていない勢いで開け放たれた。


「おーほっほっほ、皆様方ー! このわたくしが来ましたわ!!!」

「あっ、田中さん」

「るみるみ様! マリアンヌ! わたくしはマリアンヌですわ!」

「うんうん、わかってるよ、田中さん」

「田中のお嬢ちゃんか! 魔術はないか!?」


 戦ドレスメイド服姿の田中真理ことメイドお嬢様のエントリーである。


「あ、ありませんわ」

「そうか」


 しゅんってした。


「なんというか……わたくしの名前覚えていただけていたんですの?」

「小娘とコラボしておったからな、覚えたわ! いつも配信面白く見てるぞ!」

「あ、ありがとうございますわ! わたくしEXランク探索者はもっとおか――いえ、気難しい方なのかと思っておりましたけど、なんだか普通のおじさまですわね!」

「騙されてはダメですよ、メイドお嬢様。この人十分頭のおかしい人ですよ。なにせイタリアに飛んでくる人ですからね」

「そうでしたわ!!」

「はっはっは! 褒めてくれてありがとう!」

「ほめてないです」

「はっはっは、そう恐縮するな!」


 話しては無駄なので、仕方なく新しい魔術という名の玩具を与えて黙ってもらうことにした。


「それにしても、呼び出しだなんてなんなんですの?」

「あれ、招待状見てない?」

「協会からの呼び出しってことにビビって見てませんわ!」

「アメリカでダンジョン探索コンベンションがあることは知ってる?」

「ええ、聞いておりますわ」

「それの参加者がここに集められてるわけ。つまり日本代表に選ばれました」

「なるほど……日本代表に……え゛。え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ーーーーーーー!?!?!?!?」


 劇画みたいな顔で跳び上がった。とんでもなく面白くて、わたしはカメラを回していなかったことを後悔した。


「良い反応だぁ! カメラ回しておけばよかったなー」

「わ、わたくしなんかが参加してよろしいんですの!? アレ、探索者版オリンピックとか言われてますわよね!? 日本代表!? あ、あわわわあわ!?」

「ほら、同時多発ダンジョンブレイクがあったでしょ。その弊害で警戒度が上がって協会所属のSランクとかAランクはほぼ軒並みこれないんだって」


 もっとも協会所属のSランク、Aランクなんて連中は、ほとんどが天岩戸所属であると言い換えてもいい。

 つまり魔人探しに東奔西走しているわけである。


 本来ならばわたしもそっちに駆り出されるはずなのだが、それではなくダンジョン探索コンベンションの方に駆り出されている。

 なんでも隊長の差配というわけで、わたしはアメリカで何かが起きると踏んでいる。隊長の勘は怖いほど当たるのだ。


「わ、わたくしで大丈夫ですの!? 自分でいうのもなんですけど、わたくしアレですわよ!?」

「大丈夫、自信をもってメイドお嬢様は、わたしが真似したくなる人材だから!」

「そ、そうですわよね!?」


 何がそうですかはわからないけれど、どうやらなんだか落ち着いたようである。


「いや、るみるみさまが納得してても駄目ですわよ!? 国民が納得しないですわよ!?」


 と思ったら二段階があった。


「そこは大丈夫と思うよ。少なくとも、選ばれてる面子を見るに」

「失礼します」


 今度は折り目正しく声掛けとともにドアが開く。ビシッとスーツを着込んだ兼業リーマンが入ってきた。

 彼はわたしたちを見て安心したように息を吐いた。


「ああ、良かったです。知ってる人がいて」

「まあ、リーマン様!」

「どうも」


 呼ばれている面子は、EXとそれに準ずる天岩戸所属のわたしと、後は有名配信者で実力のあるBランクであるメイドお嬢様と兼業リーマン。

 それからあともう1人か2人だろうと思っているとドアが消し飛ぶと同時に後光を背負いながら、狐面を付け、巨大な斧を背負ったメイドが降臨した。


「メイド、降臨です。メイド最高と言いなさい」

「あわ、あわわわわ!? め、メイド様ですわああああああああ!? や、やっべぇですわよ!?!? め、め、メイド最高ですわわわわ!?!?!?」


 メイドお嬢様がガクブルし始めた。


「うわっ……」


 兼業リーマンですらドン引きしている。

 正直に言えば、わたしも少し引いている。


「お初にお目にかかります。ワタクシはメイド。概念としてのメイド。ワタクシ、あなた方のお名前などには興味がありません。興味があるのはただひとつ。どんなメイドが好みですか!」


 徹頭徹尾、その女にはメイド以外なかった。

 この人がSランクのメイド。戦闘スタイルはゴリゴリの近接タイプ。

 配信者でもないのに配信に凸してメイドを増やしていく妖怪。


「わし魔術使えるメイドが好みじゃな」

「メイドより魔術でしょ」

「魔術メイド、それも良し! メイドは寛容です。メイド最高と言いなさい」

「良いんだ」

「魔術サイコー!」

「やっぱり話聞いてないな、このジジイ。言いたいこと言っただけか」

「いやいや、なぜ好みのメイドを答えなくちゃいけないんです?」

「いけませんわ、リーマン様!」

「へ?」

「メイドの好みを語ること。それはメイドへの第一歩です。それは己の癖を語ること。己の癖ひとつ語れぬ非メイドには人権は適用されません」

「すごい。頭がおかしすぎて頭痛がして来ましたよ、僕」

「避けて!」

「のわっ!?」


 わたしの警告に兼業リーマンが咄嗟の反応を見せる。

 極限まで沿った背。数瞬前まで彼の首があった場所をメイドの斧が通過する。


「仕留め損いましたか。ご安心ください悲しくも哀れな非メイド様。貴方の魂を救済し、来世ではメイドとして素晴らしき人生を歩めるようにいたしますので」

「この人何言ってんの!?」


 兼業リーマンの叫びに答えたのは追撃の斧とメイドお嬢様の解説。


「輪廻メイド論ですわ!」

「お嬢様も頭おかしくなった!? 最初からか。うわあっ!?」

「避けないでください。メイドにできません」

「そんな馬鹿でかいもん振り回す奴の言葉に従えるわけないでしょうが!」


 ガチめの殺し合いが始まってしまった。

 このままでは兼業リーマンが兼業/リーマンになってしまうので、わたしがために入ろうとしたところで破壊されたドアから人形のような協会員の証である特殊スーツ姿の無表情の女性が入って来た。


「状況認識。鎮圧に移行。喧嘩両成敗。死ねどす」

「あっ、レインドールだ。隊長、これマジで何かあると思ってるな? 索敵担当2人をコンベンションに送り込むとか、嫌な予感しかしない……」


 入って来た女性はレインドール。天岩戸の第VII席。京都の企業が作ったエセ京都弁の魔導人形だ。

 彼女は即座にメイドと兼業リーマンの間に割って入り、このドタバタを止めた。


「うおお!?」

「なんと。メイド、驚愕。これにより完璧に思えるメイドと驚いたりするんだ、と親近感演出。デキるメイドは皆様への心象も計算するものです」

「僕を殺しに来ておいて今更でしょう」

「救済はノーカウントです。メイド頭脳には記録がありません」

「こいつ……」

「元気がよろしゅうことで、これならば期待できますね」


 そしてレインドールは、気にせず説明を始めた。


「あなた方は3週間後に開催されることになっているダンジョン探索コンベンションの日本代表に選ばれました。よって3日後、ロサンゼルス行きの飛行機に乗り、アメリカへ向かいます」

「早いですわ!?」

「しゃあないでしょう。文句は同時多発ダンジョンブレイクに言うとええ。当機に言うんなら、死ねどす」

「言いませんが苛烈すぎませんこと!? あとめっちゃ似非京都弁になってますわ!?」

「では皆様、ご用意のほどあんじょうよろしゅう」


 あらゆる事柄を無視して、言うだけ言ったレインドールはさっさと会議室を出て行った。

 わたしたちは顔を見合わせて、無言で荒れ果てた会議室を後にした。


「おお、わかったぞおお! うん? だれもおらん」


 そして、3日後。


「この機は俺たちがジャックした!」


 やけに派手な被り物とメイド服を着た人たちに飛行機はハイジャックされたのであった。

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