第43話 大海原を行く

 思った以上に無理とか、ドッペルゲンガーだとかを捨ててみると、意外なほどに見えてくるものがあった。

 わたしはいかにものを見ていなかったのか。わたしは死んで人間になったくせにドッペルゲンガーとしてものを見すぎていたことがわかった。


 意識を変えてみるとどうすれば良いかわかる気がした。


「静香はわたしに華ちゃんを教えてくれたり、本当に良い子だなぁ」


 あの日、わたしはくじけかけていた。

 ダンジョン探索者として才能がなかったとかそういうことではない。才能というのであれば、才能に溢れていると自認していた。


 ドッペルゲンガーとして培った技術のうち、わたしの身体でも使える魔術関連技術は日本の探索者たちと比べて相当に優れているだろう。

 剣術に関してはまだまだ身体を鍛えている途中だが、剣一本でも食べていけるレベルと言われていた。


 ならば何故わたしがくじけかけているのかと言えば、自分が全く進歩してないと突きつけられたのだ。

 これでは、あの日の剣を手にするだなんて夢のまた夢である。身の程知らずと言われても仕方がない。


「もうやめようかな……」


 そんなことすら考えてしまうほどに、わたしは完全にネガティヴモードだった。

 その時だ。


「……元枝さん?」


 そんなわたしに声をかけてくる人がいた。

 天使のように涼やかな声にわたしは思わず顔を上げた。


「…………静香?」


 座り込んだわたしを覗き込んでいたのは、生真面目そうな、眼鏡をかけた黒髪の女の子。静香である。


「お久しぶりです」

「うん、久しぶり。えっと……旅行でも行くの?」


 静香は大きなキャリーバッグを引いている。卒業の時期だし、卒業旅行とかにでも行くのだろうか。


「いえ、ちょっと色々ありまして家を追い出されちゃいました」

「え……?」


 彼女の家は有名な画家一家であったはずだ。わたしがいじめから助けたのも彼女の才能が素晴らしかったからだった。

 そんな将来有望な彼女を追い出すとはいったい何があったのか。


「何があったの?」

「進路で揉めました。美大じゃなくて探索大にしちゃったので」

「絵は……?」

「やめました」


 わたしは目を丸くして驚いた。静香は画家になるものだと思っていたからだ。

 それなのに探索大学、ダンジョン関連学科のある大学に行ったなんて信じられない。


「夢ができたんです」

「夢?」

「はい、探索者、さんのための防具が作りたいなって。これでも才能あるんですよ?」


 そう言って静香はキャリーバッグの中から一式の衣服を取り出す。


「あぁ……」


 わたしは彼女が絵をやめたと聞いた時、残念に思った。

 せっかくの才能と技術なのに、もったいないと。


 しかし、彼女の作った防具を見た時、初めて静香の絵を見た時と同じ確信を感じた。

 もしかしたらあの時、以上かもしれない。


「どう、ですか? 元枝さん、人を見る目がありましたし……。私、才能ありそうですか?」

「うん、ある。真似したいくらい」

「ありがとうございます! 元枝さんのお墨付きなら百人力です! じゃあ、今度は元枝さんの番です」


 どうやら次はわたしが事情を話せということらしい。

 彼女の事情を聞いてしまった手前断れない。

 わたしは、仕方なく口を開いた。


「なるほど……剣を扱うのが上手くなりたいけど、モンスターばかりと戦ってもできてる気がしなくて」

「うん、そうなの」


 まさか魔人と戦っているとは言えないから色々とぼかしている。


「うまい人に教えてもらおうとしたけど、元枝さんのお眼鏡にかなう人がいなくて落ち込んでいたと」

「だいたいそんな感じ」


 魔人討伐のお仕事は、誰にも言えない秘密なのである。

 それに静香に言った理由も、嘘というわけではない。わたしが真似したいと思っている探索者は今のところ会えていないのは本当だ。


「なら私、お役に立てるかもです」


 ふんすと胸を張る静香に、わたしは驚愕した。


「本当!?」

「はい、有名なダンジョン配信者の方で」

「ダンジョン配信?」

「最近流行ってるそうですよ。ダンジョンで配信をする探索者さんのことです。その中でもトップクラスの方なんですけど、この方です」


 静香がスマホを操作してMeTubeのとある配信の切り抜きを見せてくれた。

 わたしは、驚愕して思わず首を押さえた。


 そこに映っていたのは、わたしを殺したあの日の剣だった。


 静香はわたしに道を示してくれた。

 今回もそうだ。


「ありがとう、静香。おかげでわたしは前に進めたよ」


 わたしにはかつての世界で覚えた技術、その術理を覚えている。その理の良いところを抽出し組み合わせる。


「よし!」


 試作一号を振るう。


「ぷぎゃ」

「何をやっている」


 わたしはまともに剣を触れずにずっこけた。


「あはは、なんだこれ!」


 次、その次。そのまた次の試作で剣を振るう。その結果、わたしは何度も地面を転がった。


「まるで出来ない! すごい! 人間ってやっぱりすごいね!」

「狂ったか。ならばこの一撃で終わらせよう。そろそろ帰らないとだからね」

「いやいや、もう少しなんだから付き合ってよ」


 そう言いながらわたしは再びずっこけたわけだが。


「もう飽きた」


 わたしの言っていることに反応しないのなら、やはり千貌はドッペルゲンガーの性質を持っただけの人間だ。

 わたしとおんなじ。


 千貌はわたしへと剣を振るう。わたしの背後から、まるでそれはあの時のわたしを見ているようで。


「振りは最小限に、踏み込みのまま、反射で振るとよかよ」


 その時、確かに耳朶に響いた推しの声。

 かちりとわたしの中の何かがハマった気がした。


 剣が音もなく閃いた。

 最適な力、角度、運用。

 足、腰、肩、腕、あらゆる部位の連動はよどみなく行われ、ただ一瞬の閃きを作り出す。

 わたしの覚えた全てがそこにある。


 不恰好で見ていられなくて、なんだこの剣はと思うと同時に、目の前に大海原が現れた気がした。

 今まであの日の剣を目指して山に登っていた気だったが、自分で剣を振ってみると大海原を進んでいる気がした。


 果てのない旅路だ。

 ドッペルゲンガーというのはそう考えると酷い生き物だったのかもしれない。学んだ技術を発展させることなく保存し続けるのは罰当たりな気すらした。


 それでもわたしは一歩を踏み出した。


「なん……」


 千貌の頭が落ちていく。

 あの日の織野華もこんな気分だったのだろうか。

 いや、今はそんなことより聞こえた声について。もしかして近くにいるのかときょろきょろしかけたところ。


 千貌の頭から身体が生えていくのを目の当たりにした。

 冗談だろと思った。ドッペルゲンガーの時のわたしだって首が落ちたら死ぬ。


 そこで思い出した。首を落とした首飾りも動き出した。千貌もまた2種のモンスターの血を取り込んでいる。

 その再生力はドラゴンのそれだ。試作品作るのにかまけて忘れていた。


「よくも殺してくれた! 良いぞ、さっきのはとても良い! 真似したい!」


 その言葉の間にもう一刀を放った。今度は心臓を狙う。


「ぐっお」

「おっ、できた」


 一度成功すれば2度目は同じ要領で行ける。これであとは殺し切る。

 それに見知った天岩戸の気配が近づいて来ているのを感じる。千貌も同じようだ。


「くっ、心臓を、貴様。だが、まだ!」

「あっ」


 待てと言う前に、静かに彼の背後に降り立った存在を見てわたしは言葉を失った。


「っ!」


 千貌の笑みで固定された影の落ちた顔が引き攣る。

 振り返り姿を変えて剣を振るうが、既に事は終わっている。


 その剣は空に輝く太陽の光を思わせた。


 身を焦がすほどに強く鮮烈。

 目に焼き付くほどに鋭く痛烈。


 まさしく剣技としての極限であり、ある種の到達点。

 ここまで来ればもはや技というより芸術とでも言いたくなるほどの剣。


「ああ、なんて……なんて綺麗な…………」


 本物の織野華がそこにいた。


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