第42話 魔人 ランクS:千貌②
ドッペルゲンガーの血を飲んだ魔人。最近はドッペルゲンガーに縁があるようでなんとも嬉しいやらなんやら。
元とは言えわたしもドッペルゲンガー。ドッペルゲンガー同士の戦いだ。
となれば、この戦いは手札の数と質が重要になる。
ドッペルゲンガー同士の戦いはターン制のカードゲームに近しい。相手の手とこちらの手で、有利不利を押し付け合い、相手を殺す。
これがドッペルゲンガーの闘争。久方ぶりの闘争にわたしは昂りを感じていた。
相手の盤面には5割織野華。
これを崩さなければ千貌を倒すことはできない。
「良いね、ゾクゾクする」
5割とは言え織野華の剣を直接見れるのだ、興奮してきた。
まずは手数で攻める。
シリュミュールの剣技。その中でも特に手数の多い魔力剣を用いた二十刀流。
重さがないからと指1本につき、魔力剣2本を操作して敵を斬る。射程は魔力が届くまで。
複雑に絡みあう二十の斬撃が千貌へと向かう。
「10、20か」
「あはっ、通じない!」
ただ一振りで全ての剣を砕かれた。見えていないから殺気のみで対処したのだろう。流石は織野華をコピーしているだけある。
ならば次だ。魔力を圧縮し、聖なる剣と盾を作る。
ミステル・アージェントの聖剣。盾と合わせた絶対防御の剣。攻め手でダメなら受け手はどうだ。
「無駄」
一振りすら防げずに聖なる盾が砕け散る。それでもミステル・アージェントの剣技は、斬撃そのものを逸らして肉体へのダメージを最小限にとどめる。
それでなおわたしの左腕の肉が半分に削げ落ちた。すぐに治癒魔術をかける。
「はは、これもダメ! ならこれは?」
山穿ちの一突きと織野華の斬撃、ともに絶技として遜色なし。
お互いに威力のみという点で言えば、拮抗するだろう。
「これならどう!」
全身駆動からの山穿ち。己の肉体すべてを対価に放つこのわたしが放てる最大火力。
その一撃は、織野華の斬撃を相殺した。
「惜し。もう一振りすればいいけんね」
だが、まともに一発しか放てないわたしと違い、織野華の肉体に変身できる千貌はただもう一振りをすればいいだけだ。
それだけで織野華の絶技は再現される。ズルい。わたしが今世のすべてをかけても届かない高見が、半分とは言えどもそこにある。
「通じないか、なら今度はこれならどう!」
居合の構え。
異世界の貴族ラヴェンデル家の末妹のメイドであったリーリヤが扱う刀を使った珍しい剣技。
リーリヤはラヴェンデルの末妹の腹違いの姉であったが、身分の違いからメイドに甘んじていた。
最初は妹を亡き者にして成り代わろうとしていたが、妹はその事実すら受け入れてリーリヤは絆され彼女を守ることを誓う。
しかし、ラヴェンデルに仕えていた騎士の裏切りによりラヴェンデル家は滅亡した。
その際の生き残りがリーリヤだった。彼女は復讐すべく東の果てから来た魔力なしの男から剣技を受けた。
なぜならばリーリヤもまた魔力なしだったから。
わたしが彼女を真似した時、わたしは一度死にかけた。
まさか、魔力なしでこのわたしを殺しきろう絶技があるとは思いもしなかった。おかげで数年ほど動けなかったほどだ。
これは魔力を殺す、虚空の刃。
「虚空刃――抜刀」
身体強化すら使用しない純粋な身体能力で繰り出す一刀には、魔力を殺す剣能が宿っている。
それは効果範囲内にあるすべての魔力を消失させる。
一時的だが織野華の身体強化も解ける。
異世界においてはすべての源である魔力を殺すことから忌むべきものとされていた。
魔導技術すべてが死に絶える。身体強化も例外ではない。これならばどうだ。
「すぅ――」
その結果、わたしは地面に倒れていた。
斬られたということに気がついたのは、わたしに走る赤い斬線を認識したからだ。
「っぅ……」
わたしを顔のない男が見下ろす。
「ほう、まだ息があるか。それでこそか。あるいは私の織野華の熟練度が低いからか。どちらにせよ、まだできるか?」
このままでは勝てない。
最初の札が強すぎる。ドッペルゲンガーならもっと別の手札で戦えよと言いたくなるが、相手はドッペルゲンガーではなく千貌という魔人であるし、わたしもドッペルゲンガーではなく人間だ。
ここを打ち崩すには何かがいる。
「もちろん」
何か掴みかけた気がする。
ここでやめてしまうのはもったいない。
わたしは持てる技術のすべてを叩き込むことにした。
今のわたしに使える技術のすべてを。
「なら、そのすべてを見せろ。そのすべてを真似してやろう」
それはドッペルゲンガーの本能だ。
ルドヴィクス流剣術。
フエゴ・ソール・ソレイユの太陽剣。
リアーヌ・デルヴァンクールの雷神槍。
アーベント・ナハトノッテ。
ユリアーネ・カルハリアスの銀剣。
ファウスティーナ・ブカネーヴェ・ヴェルドゥーラの精霊樹。
ディアマント・プラーティーンの花鎚。
斬竜帝シャルラハートの剣爪。
ペタルダの民族舞踏剣。
バガモールの天弓。
スローンフィール騎士剣術。
ティシュトリヤの楽器。
竜機関工ローコの拳。
英雄クリニエール・ヴァイスハイトの剣魔術。
そしてその他、今のわたしに使える全て。
その全てを順に繰り出して、そのすべてをぶつけた。
「素晴らしい」
三日月が織野華に変わり、わたしのすべては打ち砕かれた。
わたしは地面に転がっている。
これがわたしと織野華の距離。なんて遠くにいるのだろう。
あの日の剣を目指してここまで生きて来たけれど、まだまだわたしは届かない。
「素晴らしいな、こうも手を持っているとは。真似するのが大変だ。ドッペルゲンガーの血も飲んでいないのによくもそれほどの技を身に着けたものだ」
どう対応するか。
こうなれば織野華の真似をするか。お手本はたくさん見せてもらった。5割ならばわたしでもなんとかなるかもしれない。
しかし、それもただ一撃のみだろう。それでは仕留められない。相手は何度でも使える。
ここに来てわたしがドッペルゲンガーではない事実が突きつけられる。
わたしはどうすればいい。わたしには真似以外にはない。
――大丈夫です、瑠美さんならやれますよ!
ふと静香の言葉を思い出した。
「ああ……ここでやれって……?」
新技なんてそうほいほい出来たら苦労はしない。
だから、いつも会うたびに新技を作っていたミステル・アージェントの異常性が際立つのだ。もしかして、人間というのはそういうことが簡単にできる生き物なのだろうか。
いいや、人間を見てきたわたしがそうでないことは1番わかっている。
「ああ……やめよう」
うだうだ考えている場合ではない。やってみればいい。ドッペルゲンガーもそうだ。とにかく変身して、その技術を身に着けることを本能でやる。
考えることはない。考えることではない。
それに静香がやれるっていうのなら、きっとわたしはやれるはずだ。
「なんだ、諦めたのか?」
「まさか。魔人相手に諦めることはないよ」
ずっとドッペルゲンガーとしてあの日の剣を真似することを考えていたけれど、それを捨てて人間であることの意識を持ってみると違うものが見えてた気がした。
わたしの持つ技の数々とその長所と短所が良く見える。
静香が言っていたことはそういうことだったのだろう。なるほど、確かにこれはできるというかもしれない。
「ならばどうする――。うち相手にどこまでやれると?」
目指すものはわかっている。
織野華を目指してきた。織野華のあの日の剣をわたしは知っている。
何よりも美しくわたしの首を刈ったあの日の剣。
目指すものはわかっている。
「一振りで、その首を落としてやる」
あの日のわたしと織野華だ。
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