第41話 魔人 ランクS:千貌①

 ただ七振りにて織野華は、日本で起きた同時多発的なダンジョンブレイクをほぼ平定した。

 東京も二宮金三郎と深層の令嬢と呼ばれるEX探索者が、問題なくモンスターを殲滅中だということだ。


 今回は聖属性しか効かないと言った面倒くさいことはなかったからだろう。

 そもそも日本にはその手のダンジョンは存在していないので、ダンジョンブレイクは適任者を当てればなんとかなるのだ。

 あとはイタリアの一件でダンジョン周辺に様々なモンスター封じ込め措置があったのも功を奏した。


 しかし――。


「やっぱり華ちゃんすごい! 愛してるー!」


 たった七振りだけで4都市合計数万のモンスターをすべて倒してしまうのだから、本当にマネしたくなる。

 流石はわたしの首を落とした勇者様だ。


「本当にめちゃくちゃだよね、彼女。うちに入ってくれないかなぁ」

「有名すぎるからダメだと思いますよ。てか、比べる気も起きないわ。ほんとアンタは良くもアレを目標にできるわね」

「目標は大きい方が良いって施設で習ったんで」


 そもそも生前からの目標だ。わたしを殺したあの勇者の剣を真似したい、手に入れたい思いからわたしの生は始まっている。


「さて、仕事の時間だ。インビジブルエッジ、ラビットウォーク」

「またかっこつけてる隊長。どうやって魔人を見つけるんです」

「いいじゃない。コードネームかっこいいし。どうやって見つけるか? もちろん君の目頼り。こんな大層なことをしでかしたんだ。目的はわからないが大きな組織だろうし、その幹部クラスもでてきていると思うからね、一網打尽のチャンスだ」

「まあいいですけど。具体的な案は?」

「高い所から見て」

「それだけ?」

「それ以外に何かある? はい、双眼鏡」

「…………」


 何かあってほしかった。ただ他にやりようがないのもそうだから強く言えないのが悔しい。

 わたし以外に魔人を見分けることができる人はいないのだから、仕方ない。

 フルフェイスマスクを被って装備を整えて行こうとしてドアを開けた。


「わかりましたよ。探してみます」

「頼むよ」

「――ちょっと、道聞きたかっちゃけど?」


 ドアを開けた瞬間、織野華がいた。

 それは赤紫の魔力を帯びていた。


「誰、あなた」


 織野華の顔がぐにゃりと歪んだ。


「ああ、なるほど。お前か。我々の偽装を見抜いていたのは」

「っ! 魔人、高位!」


 織野華の顔が消え失せ、何もなくなる。黒い影が差した顔面には三日月のような口だけがあるように見えた。

 魔人。それも相当に高位。


 それだけを伝えて動くのは最速の女、一花。

 瞬時に臼杵を手に最速で首を刈りに行く。


 魔人の顔が変わった。

 再び織野華。

 その手には剣。


 過去最高の悪寒。ドッペルゲンガーだったからこそわかる。織野華の斬撃が来る。


「避けて!」


 わたしの警告に一花が反応をするときにはもう遅い。斬線が一花の命を刈り取りに行く。

 その一瞬に隊長が腕を伸ばした。

 一花の襟首をつかみ引く。かろうじて織野華の斬撃を躱すことに成功した。


 しかし、違和感。織野華の斬撃がこんなに簡単に避けられるか。

 その答えは簡単だった。姿がまた、変わっている。

 斬撃を放ちながら姿を変えることにより、その斬撃は不完全となった。おかげで回避できた。代わりにその喜びを感じる前に、次の一撃が来る。


「ワハハハ! 魔術とはこう使うのだろう?」


 放たれる三重爆連。重複する爆裂魔術。術式が三つ同時並行に重なって連鎖する。

 二宮金三郎が好んで使う殲滅用の魔術だ。全力で魔力を固めて障壁にする。


「止まったな?」


 必然、わたしたちは防御を固めることになる。

 魔人の姿はまた織野華へと。来る、斬撃の雨。爆裂の中、防御に集中したわたしたちに降り注ぐ斬撃の雨。


「ぐぅ……」

「こいつは、やばいねぇ……」

「ぅ……」


 もはや爆撃でも受けたかのように天岩戸の臨時拠点は吹き飛んだ。

 わたしたちはその一撃で死に体となった。EX探索者の一撃は、それほどの威力を秘めている。

 だが、わたしたちはまだ生きている。


 これはおかしい。織野華の斬撃を見続けてきたわたしが言うのだから間違いない。

 その答えは魔人自体が言ってくれた。


「ふむ……やはり完全に真似ることはできないか。これだからEXは困りものだ。魔人となってなお、我らは未だあの人類規格外には及ばない。いや、こういう方が正しいか、織野華という怪物には及ばない」

「ここに襲撃とか。何が目的かな?」


 隊長が立ち上がりながら問いかける。

 わたしは隊長の背後で一花の様子を見る。


「ごふっ……」


 酷い有り様だ。バッサリと肩から腰にかけて切り裂かれているし、左腕は千切れ飛び、右腕は辛うじて繋がっている状態。

 それは強化が偏っていた弊害だ。


 隊長が時間を稼いでいる間に魔力糸を紡ぎ、切れた腕とバッサリ切れた傷を治癒魔術を使いながら縫合する。


「目的か? 特にはない。強いて言えば、下への示しだ。仲間が殺されているから仇を討つのは普通だそうだからな」

「そのためだけにダンジョンブレイクなんて起こしたのかい?」

「まさか。貴様らの為にこんなことは起こさない」

「ならなんだい」

「EXの本気とやらを学習するためさ。そうすれば、私はこんなことが出来る」


 魔人の顔が変わる。織野華、二宮金三郎、白く大きな帽子を被っている男の顔へ。

 日本の3人のEXランク探索者の顔だ。


「もっとも深層の令嬢だけは私の意図に気がついていたようでコピーする前に逃げられたがな」

「助かるよ、EX全員をコピーされたら困るからね。まあ、コピーできた2人のうち1人は不完全みたいだけど」

「それでも貴様らを倒すには問題ない。それくらいには怪物だろう、織野華は」

「違いないねぇ」


 隊長が殴りつけようと拳を放とうとしたが、その出の前に剣が首へと走っている。

 魔人は再び織野華へと変化し斬撃を放った。


 対する隊長は上体を逸らしてなんとか躱わして、わたしたちのところに下がってくる。背後の暗雲が消し飛んだ。


「ヤバいよ。不完全コピーだから良いものの5割は織野華だよ」

「5割ですか」


 それを躱してくる隊長も隊長である。織野華レベルだと5割でも圧倒的最強なのだから、躱わすだけでも大概だ。


「ならわたしが相手しますよ」

「おっ、良いの? 助かる」

「そこで断らないのが隊長ですね」

「だってかっこつけてるだけのおっさんだからね」

「そんな人がばあちゃんと組んで日本の魔人撲滅手前までいけるわけないでしょ」

「さあね」

「またはぐらかす」

「ミステリアスな男はね、モテるんだよ」

「グラサンでジャケットを肩で羽織ったかっこつけ男が?」

「おっと心はガラス製だ。まあ、なんだ。あまり無茶しちゃだめだよ」

「しませんよ、夢があるので」


 その夢に近づく為にも5割織野華と戦う経験は死んでも欲しいのだ。

 半ばまで治療した一花を隊長に任せてわたしは魔人へと相対した。


「来たか、インビジブルエッジ」

「魔人、名前は?」

「千貌だそうだ。顔のない男に大仰なことだとは思わないかね?」

「さあ、わたしにも覚えがあるからっね!」


 最初から本気のインビジブルエッジだ。

 魔力糸を極限まで細く見えなくなるまで紡ぎ、相手の首を落とす。


 異世界において不可視の刃と呼ばれた暗殺者の技術。魔力を見ることが普通の異世界でなお、不可視を実現していた絶技だ。

 わたしが彼女を殺した時ですら、わたしは彼女自身の糸を見ていない。それほどまでにこの魔力糸は認識できない。

 この世界の人間ならば尚更、認識できない。


「っ!」


 しかし、相手は5割とはいえ織野華である。認識しなくとも斬り込んで来る。

 わたしの警戒を置き去りにして、認識より早くにわたしの指が飛んでいた。

 制御を失った糸が周囲を切り裂いて霧散する。


「見えない刃。確かに厄介やんね。なら見えとおもん斬ればよか」

「っぅ」


 直ぐに治療魔術で指を生やす。千貌の前で晒したくはないがそうも言っていられない。

 その間、千貌は手出しせずにわたしを観察していた。その視線は覚えがある。


「再生。なるほど面白い手札を持っているようだ。真似のし甲斐がある」


 ドッペルゲンガーのそれだ、それも熟達した強敵の。


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