第40話 ダンジョンブレイク
ダンジョンブレイクには、段階が存在する。
1段階目、ダンジョン内の魔力が希薄となり、外界へ続く亀裂が現れる。
2段階目、亀裂に向かってモンスターたちが一斉に殺到。これは魔力がなくなったことに対する忌避であり、少しでも魔力があるダンジョンの外へ出ようとする本能からの行動だ。
ダンジョンのモンスターは魔力のない場所では生きていけないためである。薄くとも魔力さえあればダンジョンの外でも生きられるために外へ逃げようとする。
この間も魔力は希薄になり続ける。
そして3段階目。魔力が完全にダンジョン内から消失する。
するとダンジョンは、ダンジョン内の生物をモンスター、人間問わず吐き出す。
ダンジョンブレイクの侵攻を止めることはほぼ不可能であり、日本含め世界のダンジョン探索協会は3段階目に来た時にモンスターをダンジョン周辺から逃さずに処理する方に重点を置いている。
そのためダンジョン周辺にはダンジョンブレイクを想定した封じ込め機構が存在する。ダンジョン素材で作った隔壁であり、数日は耐えられるという見込み。
わたしたちはその隔壁の中へとモンスターとともに吐き出された。
状況は最悪と言ってよい。
なぜならばわたしたちのほかに意識のない配信者たちも抱える羽目になったからだ。
かろうじてモンスターに襲われる直前に、わたしが全て拾ってきたが全員を抱えた状態でここからの脱出は至難の業と言ってよい。
「やっべえええ、ですわああああ!?」
「モンスター、たくさんやねぇ……」
「はぁ……逃げたい……」
「とりあえず、一花と彰常さんと合流できればいいんですけど」
わたしは魔力障壁を周囲に張り巡らせて急場しのぎのシェルターを作った。
それが終わった直後にタイミングよく、近場から笑い声が聞こえてきた。
「あはははははは! 大量大漁でござるなあああ! 斬っても切っても次が来る! わんこそばでござるかこれは! テンション上がるでござるなああ! 隣に小学生女児がいたらもっと楽しいでござるのになあああ!」
「ああ、もううっさい! 速く手を動かす! 瑠美たちがどっかに吐き出されてるんだから合流するわよ!」
「あっ、ママ。1回、伊久美ちゃんって甘く囁いてもらってもいいでござるか? そうすれば拙者覚醒できる気がするでゴザル」
「ママじゃないし、やらないわよ! ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「えー、ママはケチでござるなあ。モテないでござるよ?」
「これでもモテるわよ!」
「あっ、ママはもう結婚してたでござるな。ママでござるし」
「しーてーなーい!」
ちょうど良く、一花たちは近くにいるようだ。なんだか楽しそうで羨ましい限りである
「リーマンさん。炎を上に打ち上げてもらえませんか。合図に」
「了解です。それより障壁持ちそうですか?」
「まだ余裕ですよ」
「本当に末恐ろしいですね」
兼業リーマンが打ち上げた炎に気が付いた2人はすぐにこちらへ来てくれた。
彰常さんが大量の返り血を被っている以外は、特に2人にけがはないようだ。
カメラも戻ってきた。
:良かった。るみるみ無事だ!
:なんかいっぱいいるぞ
:おい、行方不明になってた配信者じゃね!?
:兼業リーマンまでいるぞ
:燃えてるw
:なんで燃えてるんだ、あのリーマン
:鞄じゃなくてスーツが燃えてるのですが、これは?
:つーか、それどころじゃねえよ!? ダンジョンブレイク中だぞ!?
:今、協会が全力で動いてるらしいから大丈夫だろ
:いや、五都市で同時多発だぞ、やべだろ
:少なくとも福岡は安心だな
:なんで?
:頭薩摩が動き出した
:あっ
とりあえず、状況は色々と不味い方向に進んでいるようだ。
「とりあえずいったん配信切りますね。すぐにわたしたちは脱出するので。皆さんも気を付けてください」
配信切ってカメラを収納する。
「2人とも無事でなによりです」
「るみるみ殿、無事で何よりでござるな~」
「ぎゃあああ、血、血ですわ!?」
「これ返り血でござる~」
「とりあえず、避難するわよ。ここで籠城なんてできるわけないし」
水棲モンスターがほとんどであるが、陸上でも魔力さえあればある程度活動が可能だ。
今も、わたしが張った魔力障壁を破ろうとしている。しばらくは持つかもしれないが、そんなに長くはもたない。
とりあえず、小世界に気絶している配信者たちを収容する。もちろん内部の魔力圧は問題ない程度に減圧しておいたので、中に入れてぱーんすることはない。
やはり持つべきものは、便利な遺物だ。
「それじゃあ、脱出としましょう」
「了解ですわ!」
「いやー、大群を割って脱出。楽しみでござるなー」
「はぁ……労災でると良いのですが」
彰常さんとメイドお嬢様が突撃し、そのわきを兼業リーマンが固める。
わたしは魔術で都度援護。一花は走り回って偵察と遊撃。
中々に良い感じのパーティーではなかろうか。
この調子なら脱出は問題ない。
ただ、先ほどダンジョンから吐き出される際に感じた悪意。アレがまだ絡みついているような気がする。
脱出して終わりというわけにはいかないようだ。
とかく、1時間ほどの強行軍で防壁までたどり着く。防壁を登りきったところでわたしたちは協会に保護された。
そして、わたしと一花は当然のように天岩戸の臨時司令部へと通された。
「いやぁ、困っちゃうよね」
中には隊長がいて、サングラス越しに困り顔をさらしているようであるが、特に困っているようには見えなかった。
何せ笑顔だ。この状況でもまだ笑顔でいるだけの余裕があるということらしい。
「で、どうだった? これ明らかに魔人の仕業でしょ」
「江の島の水族館ダンジョン内で1人処理しましたよ。マリオネットスパイダーとボギーゴーストの二重接種者。まあ、弱かったですけど。どう見ても作りたてというか、なんというか」
「アンタ、そんなの相手してたの?」
「した。水に沈められてやばかったけど、まあどうにか」
「ほら見なさい。やっぱり泳げるようになった方が良いのよ」
「あーあー、聞こえなーい」
「じゃあ確定。この同時多発ダンジョンブレイクは魔人の仕業ってことで。たぶん各地に魔人がいるんだろうね。まあ、ダンジョンブレイクに関しては問題ないよ。EXが動いているから」
「うわぁ、見たい」
織野華の戦いを間近で見れるチャンスではないか。
見に行きたい。
「それが我々にはお仕事があるんだよねぇ」
「ですよねー」
仕事内容は単純明快。各地にいる魔人の抹殺、あるいは捕縛。
物騒極まりないお仕事だが、天岩戸にとってはいつも通りのお仕事。
「それじゃあ、行きます」
「ああ、ちょっと待って」
ふいに通信が入って出撃が止められる。
「剣鬼が動いてるからそれが終わってからね」
●
織野華は、本気であった。
馴染の豚骨ラーメン屋が今日休業日だったのもそうであるが、その大将がダンジョンブレイクに巻き込まれたというのだ。
これはマズイ。必ず助けなければ。
ついでに協会からの要請もあった。こちらの対処もしなければならない。
「久しぶりに本気すけんね」
:むしろ、今まで出してなかったの?
:本気ってどうなるんだ……
:知らんのか?
:知っているのか
:知らん、怖い……
日本5都市のダンジョンで発生しているダンジョンブレイク。
東京に関しては魔術Gが暴れているため必要ない。
そこ以外の4都市の位置を織野華はスマホで確認していた。
「じゃあ、行くけん」
まず一振り。
その一振りで博多ダンジョンブレイクで発生していたモンスターの大群が全て1匹の例外なく惨殺された。
例外は何一つ存在しない。全てのモンスターが同時に切り裂かれた。
二振り。空間を切り裂き次の瞬間には織野華は京都に立っている。
ついでに八つ橋を買っていた。
「2つ目。もっといっぱい買えばよかったかな」
三振り。京都の街に這い出たモンスターすべてがざんばらりと斬死した。
八つ橋も織野華の胃の中に消えた。
「次」
四振り。大阪でタコ焼きを買う。
五振り。大阪のモンスターが全滅。タコ焼きも全滅。
「あつあつ。でもうまか」
六。名古屋に出て、ひつまぶしを買う。
七振りで、モンスターの大群を切り伏せ、ひつまぶしを食べる。
「うん、バリうまか」
:観光してね?
:うーん、この
:なんて余裕なんだ
:そもそもなんで数千匹いるモンスターが一振りで全部斬れるんですかねぇ
:いつものことじゃん
:そもそも空間切ってワープしてるんですが、これは
:ダンジョン以外で使っていい技術じゃねえと思うのよ、これ
:空飛ぶジジイがイタリアまで行くご時世だぞ、斬撃ワープくらい何よ
:フライングヒューマンジジイはわきに置いておけよ
:おけねえよ、東京の空を飛びまわりながら魔術爆撃してんだぞ
:こわっ……
:ダンジョンブレイク防止障壁ないなら良いでしょ
:よくねえよ、笑い声と爆音が近くまで響いてんだよ
「ん、終わり」
:東京はー?
:悲報、東京見捨てられる
:ジジイと深層の令嬢がなんとかするでしょ
:現に何とかしてんだよなぁ
:こんな簡単に済んでいいのか……
:イタリアは壊滅したのにさぁ
:イタリアは聖属性以外無効とかいうヤベーのだったからなぁ
:あのぉ、今回のブレイクも物理、魔術無効モンスターとかバッカだったように見えたんですが……
:織野華だぞ
:織野華に無効ごときが通じるわけないじゃん
「東京も危ないならいくけんね。でも、大丈夫と思うとよ。魔術のおじいさんがいるし。じゃあ、配信終わるけんねー」
こうして最強の探索者織野華の本気により、ダンジョンブレイクにより吐き出されたモンスターの9割が掃討された。
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