第39話 魔人 個人認識ランクB:人形遣い

 水中に没し、水棲モンスターに噛みつかれたわたしです。今、水中に沈んでいます。

 魔力障壁を身体に纏わせていなければ、食い破られて死んでいたかもしれない。これのおかげで呼吸もできている。

 ただ、泳ぎ方を知らないわたしは、そのまま水中深くに持っていかれてしまった。


 たすけて。おみずこわい。


 そうお祈りをしたところで、兼業リーマンもメイドお嬢様も助けに来てはくれなかった。

 モンスターに張り付いている赤い魔力を帯びた糸からして、おそらく魔人と相対しているのだろう。

 わたしを助ける暇もないということは、それだけ高位の魔人が出ているということに違いない。


「早く水からあがらないと」


 とは思うものの、水面ははるか遠く。どれだけこの水槽は広いのか知らないが、周囲が暗くなってきた。

 普段ならばこの目は暗闇すら見通す。しかし、それが難しいのは、この水が大量の魔力を含んでいるからだろう。

 もしもわたし以外が落ちた場合は、ぼんとはじけてしまう可能性がある。


 ただそれ以上にみずのなかこわい。ふかい。

 水中では真似した動きがブレて仕方ない。水さえなければいいのに。


「ああ、そうか。簡単なことだった」


 なぜ早く気が付かなかったのだろう。水がなければいいのである。

 ならこの水すべてを吹き飛ばしてしまえばよいのである。


 ありったけの魔力を込めて炎を出せば全部蒸発するか、爆発でもして吹っ飛ばないだろうか。

 我ながらいい案な気がする。

 カメラがあるわけでもなし。何もない水中なら他人の眼もないはず。


 というわけで、最大火力の火魔術をぶっぱなした。


「ぷはー!」


 水は全て爆散し、すがすがしい気分になった。

 もっと早くこうするべきだったのだ。

 モンスターたちも吹き飛んで、観客席の方でびちびちしている。


「はー、やっぱり水の中は人間の行く場所じゃないよ。うん」


 わたしはジャンプでステージ上へと戻る。


「うわ、兼業リーマンさんが燃えてる」


 スーツに炎を纏わせているようだ。

 面白いことを考えるというか、面白い認識の仕方をする人だと思った。


「最初に言うことがそれですか」

「それ以外には特には?」

「あの2人が操られているんですよ」

「片方だけですよね。マリオネットスパイダーみたいに糸で操ってるんですよ」

「糸で?」

「はい。目を凝らせば見えると思いますよ」


 目を凝らせば兼業リーマンにも見えるだろう。

 わたしの前で魔力の通った糸など隠せるはずもなく、大見え状態である。わたしへと伸びてくる糸は寸前で、魔力糸を用いて切っている。


「くそ、なんでだよ!」


 どうやら魔人もそれに気が付いたようで苛立たし気な声を上げている。地が出ている感があった。


「他には何かありますか?」

「他は、ワープしますね。おかげで近づいても逃げられます」

「なるほど」


 人を操るだけならわかりやすいが、もう1つの異能を用いるというのは厄介な魔人だ。

 普通は魔人1人につき1つの異能が原則であるが、モンスターの血を混ぜ合わせたカクテルを飲み下すことができれば、2つの異能を得られるという都市伝説のような話は聞いたことがある。


 どうにもそんなことができる器には見えないが、魔人の進歩もこちらの進歩と同じく日進月歩。

 むしろ法律を意に介さずに人体実験などを繰り返すことのできる魔人の方が進歩が速い可能性すらある。

 そのうちに3つの異能を操る怪物が現れても不思議ではない。


 異能2つ。個人的な認識では脅威度はランクBと言ったところだろうか。なぜなら戦闘経験がなさそうだからだ。 

 見たところただの小太りの中年ひきこもりと言ったところで、戦闘経験豊富にはまるで見えない。

 魔人としてもやっていることが配信者を捕まえての監禁と魔人にしてはどうにも生易しい。


「どうする?」


 そんなことをつらつらと考えていたわたしに兼業リーマンが話しかけてきた。


「とりあえず、あの2人の対処をお願いしていいですか。その状態のあなたなら操られないでしょうし」

「元から操られませんよ。どうやら女の子を操る方が好みのようで」

「それでもできないわけじゃないですし。糸を燃やせる火力を付与できるっていうのならそっちの方がいいと思いますし」

「それもそうですね。わかりました。操られている方はこちらで対処いたします」

「よろしくお願いします」


 手早く役割分担をしてわたしは魔人の方へと駆ける。


「水は苦手って言ってたのに、嘘だったのか!」


 魔人が言ってきたのはどうにもズレた事柄だった。


「いやー、嘘じゃないよ。うん、苦手苦手」


 苦手だから全部吹っ飛ばしただけである。

 まさか、苦手だからって水に入っただけで何もできないと思っていたのだろうか。そうだというのならば、認識が甘すぎる。

 魔人になりたての元一般人とかだろうか。どうにも、今まで出会った魔人とは感覚が違う。


「来るな!」

「いやー、いきたくないですわー! 逃げてくださいまし、るみるみさまー!」


 接近するわたしにメイドお嬢様が突貫してくる。

 確かに操られているようだ。


「あなたたちの相手は僕ですよ」


 わたしとメイドお嬢様の前に兼業リーマンが立ちふさがる。

 熱気を避けるようにメイドお嬢様が移動させられる。その隙にわたしは肉薄。

 魔力剣を振るう。


「ひぃ!」


 怯えた声を出して魔人の身体が掻き消えた。


「なるほど」


 マリオネットスパイダーとボギーゴースト、2体の血のカクテルを摂取した魔人だ。

 糸で他者を操り、転移する厄介な相手であるが、魔人になりたてだろう。本来なら脅威度ランクは余裕のAと言っても良いが、これくらいなら良くてB、普通にC程度かもしれない。

 ただ、殺して死ぬかはやってみなければわからないのが困りどころだ。


「うおおお、ぼくを守れよ!」


 魔人が腕を振るえば、ひなたがハープをかき鳴らして、その後メイドお嬢様がわたしに向かってスナイパーライフルを叩きつけに来る。


「やらせませんよ」


 その前に兼業リーマンがさらに割って入る。

 ひなたとメイドお嬢様の腕を掴んだ。


「スキル発動」


 その瞬間、2人が炎に包まれた。


「ぎょ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?!? あつ、あつ、あつくないですわ!!?」

「おお、うち燃えとる!」


 炎により糸が燃え尽きるのが見える。


「な、なんだよそれ!」


 魔人――とりあえず人形遣いと呼ぶことにしよう――が叫んでいる。


「僕のスキルですよ、炎剣の」

「面白い使い方ですね」


 兼業リーマンが使っているスキルは剣に炎を纏わせることができるスキルだ。

 本来は剣以外のものには使用できない。炎剣とついているだけあって剣専用スキルなのだ。

 だが、兼業リーマンは剣以外にも炎を纏わせることができる。


「なんで、無事なんだよ! チートか!」

「失敬な。チートじゃないですよ。僕はただ2人を剣だと認識しているだけですから」


 わたしとしては十分チートなんじゃないかと思うわけであるが、兼業リーマンはとても面白い認識能力を持っている。

 剣だと思えば、どんなものでも剣と認識できる。思った通りに認識を操作できる。思い込む能力が高い。


 名づけるなら認識移動。

 兼業リーマンは、どんなものであろうとも剣と認識することで炎を無傷で纏わせることができる。


「真似したい認識能力ですね。まあ、こういう固有の奴は変身しないと真似できないんですよねぇ」


 残念である。流石のわたしも剣以外を剣と本気で認識して、スキルを発動させるなんてことはできそうにない。

 だが、これのおかげであの3人が操られる心配はない。わたしは自由にやられる。


「だったらるみるみを操るまでだ!」

「残念」


 わたしに糸で挑むとは知らないとは言え、なんとも残念なことだ。


 魔力の糸を張り巡らせてわたしへ到達する糸を自動的に切断する。


「なんで、なんでだよ! ぼくなら君たちをもっと輝かせられるんだよ!」


 転移しながら糸をわたしに向かって放ってくるが全て切り落とす。


「くそ、くそ、くそ。ぼくは力を得たはずなのに! 話が違うじゃないか千貌!」


 わたしは、その発言を最後に転移した先に先回りして魔力糸を張り巡らせて首を切断した。


「あっ――」


 首が落ちる。

 再発生はしなかった。


「ふぅ……」


 さて、どうやってみんなに事情を説明するか。

 そう考えたところで、わたしはぞくりと悪寒を感じた。それは莫大なまでの悪意のトリガーを引いた感覚。


 その瞬間、わたしは顔のない何者かの笑みを幻視した。そして、同時にダンジョンの外へはじき出されていた。

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