第38話 魔人 ランク■:■■■■
わたし、メイドお嬢様、ダンジョンお姫様、兼業リーマンのパーティーは新たなフロアへとやってきた。
外へ向かうほど魔力圧が弱まっているのを感じる。というか、まるきり魔力がない。
この状態をわたしは知っている。ダンジョンブレイクの兆候だ。あるいはダンジョンブレイク中なのかもしれない。
魔力変動があったのは感知していた。そこで魔力が希薄になっていたため、ダンジョンブレイクが起きるのではないかと予想していたが、その通りのようだ。
「これはまずいかもですね」
「何かわかったん?」
「魔力が希薄なので、ダンジョンブレイクが起きたのかと」
「どうなるんですのー!?!?」
「僕たちは安全ですね」
「リーマンさん、なんでなん?」
「ダンジョンブレイク中のモンスターは、ダンジョンの外に出ようとすることに集中するので、僕たちに見向きすることがなくなるのです」
もっともモンスターの危険はなくとも魔人の危険はある。
わたしが認識できずに連れ攫われた、あるいは転移させられたことを考えると上級魔人だろう。それとこのメンツで出会うことを考えると大変である。
「ここにわたしたちを攫った奴がいるからどうしようもないですけどね」
警戒しながら通路を進む。
また新たな場所に出る。そこはイルカショーのステージのようであった。わたしは水から離れた。
「どないしたん、そないに離れて」
「いやぁ、あまり水に近づきたくないなって」
「そうなん? なら手握っててあげよか」
手を握られたと思った瞬間、わたしは投げ飛ばされていた。
「っ!?」
「はえ? うち何しとるん?」
わたしの身体はざぶんと水の中に落ちる。水が全身を包んだと同時にぬかったことを悟る。
投げ飛ばされた瞬間に見た、ひなたの身体に巻き付いて操作した魔力を帯びた糸の存在。確実に魔人の仕業。名付けるなら人形遣いだろうか。
しかし、早く水面に上がらなければと思うわたしに赤い魔力を帯びた糸が水中のモンスターを操り牙を剥かせた。
最悪だと悪態をつく前にわたしはモンスターに喰いつかれた。
●
「何が起きましたの!?」
「あのお嬢さんが瑠美さんを投げ飛ばしました」
「うち何してんやろ、身体が勝手に動いとるわぁ」
「なんだか様子がやべ――おかしいですわよ」
「操られてるのかもしれませんね」
困惑する3人の前に1人の男が現れる。
全てを嘲笑うような下卑た笑みを浮かべる、小太りの男は、しかして深層モンスターのような圧を放っている。
それに気が付かないメイドお嬢様と兼業リーマンではない。すかさず臨戦態勢をとる。
しかし、小太りの男――魔人は嘲笑うような下卑た笑みのまま手を振るう。
「わ、わぁ、うちの身体勝手に動いとるぅ~???」
するとひなたの身体が勝手に動き出す。
「なんとも、彼女が言うとあまり緊迫感を感じませんね」
「そんなこと言ってる場合ですの!? これめちゃくちゃヤバイんじゃありませんこと!?」
ひなたの身体は小太りの男の意思に従い、ハープを取り出す。攻撃が来るとメイドお嬢様と兼業リーマンは己の武器を構える。
それを見たニヤリと魔人が嗤う。
「あっ、うっ」
次に動いたのはメイドお嬢様のスナイパーライフルだった。
「っ!」
兼業リーマンの頭部へと振り下ろされる一撃。かろうじて兼業リーマンは、それを躱す。
床に当たったスナイパーライフルは、床を砕き割れさせる。
「か、身体が勝手に動きますわ!」
「ひなたさん、身体は!」
兼業リーマンは冷静に問う。
「えっ、あ、動く!」
「なるほど。常に1名しか操作できないのでしょうかね」
あるいは人間を操れるのは1人だけか。瑠美が水から上がってこないのと、水中から感じるいくばくかの魔力反応を感じている兼業リーマンは他にも操れる対象がいるのではないかと予測する。
「問題はその手法ですね」
しかし、悠長に考えている暇はない。
「あああ、リーマン様、避けてくださいまし!」
なぜならスナイパーライフルを片手で振り回すメイドお嬢様のパワーが襲い来る。
その状況で考え事をしていられるほど兼業リーマンに余裕はない。お互いにBランクだ。実力差はさほどないと兼業リーマンは見積もっている。
それゆえに何か間違えればどちらかが死ぬか、大けがをすると見ている。
だから、この操りのトリックを知りたいところだ。
振りかぶられたスナイパーライフルを今度は受けてメイドお嬢様の状態を知ろうと兼業リーマンが動いたところで状況は変化する。
「あら? 身体が動きますわ!」
メイドお嬢様の操作が解ける。
「ああ、また勝手に!」
同時、ひなたから声が上がる。
放たれるハープの音色。衝撃が広範囲に伝播し襲いくる。
「くっ」
「なんなんですの!?」
下層で活動するBランク探索者にとってEランク探索者であるひなたの攻撃は目くらまし程度にしかならない。
「ああ、またわたくしですの!」
その目くらましの瞬間にメイドお嬢様が操られ、スナイパーライフルをぶん回す。
その時、兼業リーマンの脳裏に浮かぶ疑問。
「何故、僕を操らないのでしょうね。僕を操ってくれれば、操りの種がわかるんですけど」
兼業リーマンには、特殊な認識能力を持つ。そのため己の身に起きたことは、寸分の狂いなく把握することが可能である。
その認識能力が彼の代名詞である、ビジネス鞄に炎をともすことを可能にしている。
まさか敵は兼業リーマンの能力を知っていて警戒しているのかとも考えたが、兼業リーマンは配信で能力を見せたことがない。
「単純に女の子しか操れない……なんてことはないと思いますし」
兼業リーマンは魔人を見る。
下卑た笑み。操っているひなたとメイドお嬢様を見る赤い瞳は、まぎれもなく獣欲に染まりきっているように見えた。
「ただの好みですね。まあ、操るなら男より女の子がいいですよね。わかります。ゲームでも州主人公の性別女の子にしますし」
そう分析しつつ、どうしたものかと彼は思考する。
「ぬわあああ、なんなんですのおおお! リーマン様! 避けてくださいましー! つぎは全力でぶちかましますわよー!」
「せめて手加減とか、できないですかね」
「むーりーですわー!」
「ああ、うちこんなふうにハープ使えたんやな~」
上手くひなたの音撃とメイドお嬢様のパワーが組み合わさり、正直なところ兼業リーマンは追い詰められている。
仕方ない。
「あまりやりたくありませんが、やりますか」
2人交互の猛攻を受け流しつつ、兼業リーマンはスキルを起動する。
ビジネス鞄が燃え上がるとともに、その全身まで燃え上がる。より正確に言えば炎のビジネススーツを着ているような感じである。
「あっつ!? あ゛っ゛づい゛でずわ゛!」
「わぁ、メイドお嬢様の汚い悲鳴や。生で聞けるなんてなぁ」
兼業リーマンが炎を纏うと同時になぜか攻撃の手が止む。
理由は不明であるが、メイドお嬢様とひなたが炎に焼かれないように位置を交互に下げている。
それを兼業リーマンは好機と見た。敵は操っている相手を大事にしている様子。つけ入るならばそこだ。
兼業リーマンは炎のスーツを纏ったまま、魔人へと向かう。一歩の踏み込みに炎を推進力と使い、一瞬で肉薄する。
「うおっ、なんでくるんだよ!」
「当然でしょう」
驚く魔人に情け容赦なく兼業リーマンは燃えるビジネス鞄を振り下ろす。
「くぅお」
しかし、兼業リーマンの攻撃は当たらなかった。魔人の身体が兼業リーマンの目の前から掻き消える。
そうして魔人の身体が現れたのは、兼業リーマンのさらに前方上の観客席とでも言うべき場所だ。
「はあはあ、くっそ。間違えて捕まえるんじゃなかった!」
「あああ、避けてくださいまし―!」
魔人を守るようにメイドお嬢様の攻撃が来る。
それを兼業リーマンは飛びのいて躱すと、着地の瞬間を狙いすましたかのようにひなたの音撃が来る。
「近づかなければ殴れませんが、近づいたら瞬間移動のようなもので距離をとられる。面倒ですね、このままでは残業になってしまいそうです」
そもそも水に落ちてから音沙汰ない瑠美の方も心配しなければならない。
「どうしたものでしょうか」
その時、背後の水槽で爆発が巻き起こった。
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