第37話 脱出
口の中で変幻自在の形が変化する。
細長くなり、口から出したところで鉤の部分を作る。
鉤付きロープという奴だ。
「ふぅ」
「おぉ~、るみるみさんはすごいなぁ。ロープ口から出せるんや」
「まあ奥の手みたいな?」
違うけど、色々面倒だからそういうことにしておくことにした。
「それじゃあ、これを使って上から出ようか」
この展示水槽は瓶のような構造をしている。
空気穴として上が開いているのだ。縁に鉤ロープをひっかけて登って外に出るのだ。
「でも、うち身体強化もできんと登れるかなぁ」
「わたしが先に上って引き上げるから大丈夫と思うよ」
「おぉ、それなら安心やなぁ。るみるみさん、迷惑かけるわぁ。ごめんね」
「ダンジョンお姫様、ここはお互い様だから別に良いよ」
「あっ、うち姫路ひなたいうんよ」
「じゃあひなたで」
「うひっ!? いきなり呼び捨て!? はぁ、るみるみさんの方が大物やからうちみたいなのに仲良うされると心臓に悪いわぁ」
「わたしのことも瑠美でいいよ」
「それはハードル高いから瑠美さんで行かせてもらうわぁ」
「じゃあ、それで」
今更な自己紹介を終えて、わたしは脱出の為の準備を始める。
半減しているとはいえ、わたしの効率で身体強化を行っているのなら今が普通の探索者レベルと言っても良い。
問題なく、瓶の口部分に鉤をひっかけて登ることができた。
「ふぅ……」
外に出ると魔力の感覚が戻ってくる。展示水槽の中にだけ、魔力を霧散させる効果があるようだ。
どうやら展示水槽内でモンスターたちがおとなしくしているのはこういう効果が水槽にあったかららしい。
ひなたを引き上げる前に少し周囲を探る。今のところこの展示水槽以外に人の気配はない。
「ひなたー、ロープ掴んでー」
「はーい」
掴んだのを確認して一息に引き上げる。
「わぁぁぁ!?」
「よいしょ」
それで浮かび上がってきたひなたをキャッチ。そのまま展示水槽を降りる。
「出られたなぁ。なんや身体が重いし、ここどこなんやろ」
「とりあえず最下層の魔力圧を感じるね」
「最下層かぁ。あれ、うちなんで弾けてへんの?」
「冷静だね?」
「なんや驚くの疲れたわ」
「そっかー。まあ耐性が高いからかな」
ひなたの魔力圧耐性はEランクとは思えないほど高い。検査時に教えられるし、ライセンスカードにも表記されているはずだが。
「あー、その時眠くて聞いてなかったわぁ」
「大物なのか抜けているのか」
「抜けてるだけやなぁ。大物は大変そうやし」
「でもわたしと魔術Gに目をつけられてるよ」
「せやった! あれでうち大変なんよ」
とりあえず他の人たちを助けるのは待った方が良いことが出てわかった。
魔力圧耐性が高いのは数人だけで、他は外に出した途端ぼんしてしまう。おそらく大半が血霧になってしまうはずだ。
「とりあえず田中さんを助けようかな」
展示水槽に1人入れられてアホ面晒して気絶しているメイドお嬢様を助けることにする。
Bランクは最下層で生存可能な探索者だから外に出しても問題ない。
「同じように引き上げるん?」
「普通に斬る」
魔力剣を構築し、それで水槽の壁を切り裂く。
「田中さん、大丈夫?」
ぺちぺち頬を叩いて起こしてやるとすぐに目覚める。
「マリアンヌですわ!! ああ! るみるみ様! ご無事で良かったですわ!」
メイドお嬢様も同じように捕まってここに連れてこられたようだ。
「とりあえずここにいるみんなを助けるために探索したいからついてきて」
「わかりましたわ」
それからもう1人。女性配信者ばかりの中に目立つ如何にもなリーマンスタイルの男性。
展示水槽を破壊して彼も起こし事情説明。
「兼業リーマンさんも良いですか?」
「はい。もちろんです。ただし」
「ただし?」
「休日手当を所望します」
ガチの真顔である。とりあえず後で協会に申請して支給できるようにしよう。
「あっ、はい。協会に申請しますね?」
「あ、すいません。冗談です」
「冗談ですか……」
真顔だったので冗談とは思えなかった。
「僕の冗談はわかりにくいらしく」
「いえ、大丈夫です。この状況でふざけられるのは強者の証ですし」
「ふざけてはないのですが……」
これでBランク3人とEランク1人の4人パーティーだ。大抵のことには対処可能であろう。これでダメなら救援を待つ他ない。
「他の皆様はまだすやすやでしたわ!」
「ならこのまま行きましょうね」
メイドお嬢様が捕まっていた人たちを確認していたが、皆まだ意識が戻っていないようだ。
なら何も言わずにこのまま行く方が良いだろう。
「うちも行ってええの? ここで待ってた方が足手纏いにならないんちゃう?」
「残って敵に遭遇した時が怖いから一緒の方が良いよ」
「了解やで」
わたしたちはこの場所にあった唯一のドアから外に出る。
水族館のバックヤードのような空間が広がっているようだが、不器用に育った大根のように奇妙にねじくれているように思えた。
そこら中に残った魔力残滓は魔人の拠点であることを示している。半モンスターであることを利用してダンジョンを改装しているようだ。
ダンジョン内に拠点を作るのは魔人たちの常套手段だ。
「なんやのここ。ほんまにダンジョンの中なん?」
「魔力圧的にはそのはずですわ!」
「妙に生活感がありますね」
拠点の中は食べ終えたカップ麺や、汚れた寝床、ティッシュで満杯のゴミ箱などが置いてある。
「見て、みんな」
わたしは壁を指し示す。
そこには大量の写真が貼ってあった。
「うわー、うちの写真や」
「わたくしのもありますわ!」
「僕のはないようですね」
「わたしのもありますねー」
配信の切り抜きを印刷したものだろう。
なんだか新鮮な気分である。ただそんな奴がここでそれを見ていたかというのが気になるところだ。
このような人間味あふれる部屋にいる魔人とは如何な人物かという考察に移ったが、すぐにやる気を失った。
どの道殺す相手である。
そんな相手のことを考えたところで意味はなし。どんな手で戦うのか、どんなモンスターの血を飲んだのかを考察する方が有益である。
人物像の考察は無駄であろう。
「とりあえず、近くに人の気配はないので先へ進みましょう」
どうにも気持ち悪さのある部屋を抜けて、わたしたちは次の部屋へと移った。
●
ダンジョンブレイク。
ダンジョンからモンスターがあふれ出す災害であり、その被害規模は怪獣映画のそれとすら言われるほどである。
今、江の島の水族館ダンジョンにてそれが起きようとしていた。
「いや~、大変な事態になったでござるな~」
押し寄せるモンスターの群れを見て彰常は楽しそうに笑う。
「楽しそうね」
「なぁに、これくらいの群れ、戦場ダンジョンでは常よ常。一花殿こそ冷静でござるな」
「アタシは協会に勤めてるからよ。それより、裂け目から出れるわ。いったん退避しましょう」
「いやいや、これはいい機会でござるよ」
ちろりと彰常は唇を舐めて、腰の刀に手を置いて抜刀の構え。
「拙者、剣鬼殿ほどではないが剣士の端くれ。大波のように迫るモンスターの大群を相手にどれほどやれるか楽しみでござる」
「やれなかったら死ぬわよ」
「それくらい覚悟の上でござるよ。それより一花殿は外に出て救援を呼んでほしいでござる」
「わかったわ。避難と救援を頼んでくるわ」
一花はすぐに背後の亀裂へと飛び込んだ。
背後で戦闘音が鳴り響く。
「すぐに救援を」
そして、一花は知る。
「なっ……!?」
メッセージ通知が止まらない。
福岡、京都、大阪、名古屋、東京に存在するダンジョンでの同時多発ダンジョンブレイクの発生。
確実に何かが起きている。
「何が起きているの……?」
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