第36話 江の島水族館ダンジョン

 ゲートをくぐりダンジョンへと侵入すると待っているのは、水族館のエントランスだ。読めない文字で何かしかが壁に描かれており、受付のようなものもある。

 もちろんそこには人はいない。


 :江の島の水族館ダンジョンってどんなダンジョン?

 :通称、縁切りダンジョン

 ;なんだその物騒な通称は

 :ここなぜか3人以上でしか入れないのよ。しかも探索者限定

 :デートスポットとして使うには、3人目を用意する必要がある

 :そして、大抵男友達が呼ばれるわけだ

 :探索者は男の方が多いからな……

 :入るとこまで付き合わされ、後はいちゃいちゃを見続けるか、ひとり孤独を味わうことになる

 :ここ1フロアがめちゃくちゃ広いから1日じゃ回りきれず、何回も何回も付き合わされることもある

 :あっ(察し)

 :なお、カップルもその後別れる確率が高いわけで縁切りダンジョンと呼ばれているわけだ

 :なんで?

 :知らね!

 

 コメント欄で酷い話が繰り広げられている。

 そんなヤバイ場所だったとは知らなかった。普通に綺麗な水族館と隊長に聞いたからきたのだ。

 そこで思い至るが、隊長が普通のダンジョンを紹介してくるはずがなかった。中学卒業したばかりのわたしを天岩戸にスカウトしてくる頭のネジのぶっ飛んだ人の紹介なのだから。

 ただわたしたちは女ばかり。特に問題になることは起きないだろう。


「無事に入ったところで回っていきましょうか。今日はゆるく雑談などしながら楽しみましょう」


 今日はイレギュラーも起きず、穏やかでゆったりしたコラボ配信にするのだ。

 展示されている河童のような水棲モンスターたちを眺めていく。


 その時、魔力変動を感じた。


「あっ魔力変動」


 :なんだよ、またかよぉぉぉ!

 :うわぁぁほんとに起きてるぅ!

 :やはりるみるみに穏やかな配信はできないのか

 :待ってました

 :ヤバいっすよ

 :俺の目が言ってる、これはヤバいぞ

 :スキルは?

 :リハクの目

 :おはリハク

 :またリハクか

 :見ればヤバいのはわかるんだよなぁ


「はぁ、なんでアンタといるとこうなるのよ」

「べぎゅぁぁぉぁ!? またイレギュラーですのぉぉぉ!?!?!?」

「はは〜、これは退屈しないでござるな〜」

「わたしのせいじゃない。わたしは悪くない」


 わたしとて穏やかに配信したいと思っているのだ。だが、撮れ高であることに違いはない。配信者的には喜ばしいことである。

 さあ、何が出てくるのかと身構える。


 その瞬間、ひたりと肩に手が触れた。


「っ!」


 そして、わたしは配信画面から消えた。


 ⚫︎


「瑠美!」

「るみるみ様!?」

「消えたでござる!」


 :は、何が起きた!?

 :魔力変動、るみるみ消える

 :やばくない?

 :こいついつもヤバいことになってないか?


「探しにいきますわよ!」


 田中が走り出そうとした瞬間、田中の姿も掻き消える。


 :お嬢ー!?

 :ヤバいヤバいやばい

 :何が起きてるんすか!?

 :モンスターか!?

 :モンスターはでないはずだろここ!

 :今は魔力変動中だからな、何が起きても不思議じゃねぇ


 コメントが異常事態に加速していく中、一花と彰常


「……見えた?」

「見えたでござる。目の赤いナニカが2人を連れ去って行ったでござる」


 その言葉に一花は舌打ちしそうになった。魔人の仕業だと確信する。

 織野華を除いて最速の探索者だと言われているのに、なすすべなく拐われたことに泣きそうになるが一花は頭を振ってなんとか意識を切り替える。


 考えるべきは自分たちの安全。ひとまず隣の彰常の安全確保が、協会所属としての義務だ。


「彰常さん、ひとまずアタシたちはダンジョンを出ましょう」

「ふむ、しかしなぁ。これどうするでござる?」


 出口にはこうある。


『来た時、同じ人数でお帰り下さい』


 そして、ゲートは閉じていた。


「なるほど出られないわけね」

「探しに行こうでござる〜」

「協会職員的にはここで待機しておきたいのだけれど」


 彰常はもう走り出そうとする構え。


「そもそもどうやって追うのよ」

「そこは大丈夫でござる! 拙者、るみるみとメイドお嬢様のニオイをばっちり覚えてるでござる」

「…………?」

「今も香るるみるみとメイドお嬢様のニオイを感じてるでござる。拙者、追えるでござるよ! それで撒かれかけても追いかけられたでござるからな!」

「瑠美が尾行に気付いてないはずないし、撒かないわけないと思ったけど、そういうからくりね……」


 :へ、ヘンタイダー!!!!

 :ニオイですか、詳しく

 :見ろよ、ママの信じたくないって顔

 :おいたわしや

 :でも現状、追いかけるにはこれしかないのも事実だし

 :でもよぉ、絵面的に大丈夫か?

 :大丈夫だ、大丈夫じゃないのはござる侍だけだ

 :ならいっか!

 :とにかくるみるみたちが無事だと良いんだけど


「しゅっぱーつでござるー!」

「はぁ……仕方ないか。ただし危険なら帰りますよ」

「はーい、ママでござる」


 四つん這いになって鼻をならす女と共に一花は、瑠美たちを追いかけようとする。

 その瞬間、背後の空間が裂け、パリンと展示水槽が砕ける。


「これは……!?」


 今更気づく。ダンジョンの魔力が極端に薄れていたことに。

 今回の魔力変動は魔力の希薄。それすなわち。


「ダンジョンブレイク!」


 大津波のようにモンスターが空間の裂け目へと殺到する。


 ⚫︎


 起きて感じたのは、後頭部の柔らかさだった。

 目を開いて見えたのは、ゆるゆるふわっとした可愛い系の女の子だった。

 多少憔悴している感はあるが見覚えがある。


「あっ、あの大丈夫、です?」

「…………ああ、ダンジョンお姫様」

「あっあっあっ、るみるみさんに知られてるんやったわ」

「まあ、フォローしたからね~。それでどういう状況」


 問うまでもなくわたしとこのダンジョンお姫様は、どうやら江の島の水族館ダンジョンにある展示水槽の中に閉じ込められているようである。水は入っていないことだけが幸いか。

 わたしたちが入っている展示水槽のほかにもいくつか展示水槽が並べて置いてあり、そこには行方不明になっていた女性配信者たちが入っているようである。


「なんとも趣味が悪そうな場所だね」

「そうなんよ~。水槽は壊せなくて、困ってたんよ~」


 とてもまじめな話をしているのだが、どうにも彼女の声がふわふわしてのんびりとした関西弁風の口調で、緊張感が霧散してしまうように感じられた。


 いけないいけない。わたしはこれでも天岩戸である。こうして攫われている以上はモンスターの仕業ではなく、魔人の仕業であろう。

 この水槽の周囲に残った魔力残滓がその証拠である。赤紫の魔力は魔人のそれであり、わたしが倒すべき犯罪者である。


 ともあれ、まずは一般人の方々の安全が優先である。

 とりあえずはここからの脱出だ。


「まあ、なんとかなるかも」


 わたしは魔力を使って水槽を斬ろうとする。

 そのために剣を構築しようとしたが、魔力を体外に放出し形を整えようとした瞬間に霧散した。

 体内で練っている魔力の動きもおかしい。使えないというわけではないが、効果は半減というところだ。


「むむ?」

「この中にいると魔力が霧散してしまうんよ、せやから全然力でんくて。どないしたらええんやろ」

「なるほど」


 確かに魔力が使えなければ探索者としての技能や力は半減も良い所でここからの脱出は厳しそうに思える。


「まあ、なんとかなるかな」

「え、ここから入れる保険があるん?」

「あるある」


 イタリアでケルベロスと遭遇した一件以来、わたしは天岩戸から常に武器を持ち歩けというお達しを受けた。

 天岩戸で造られたわたし専用の武器。基本的に魔力で戦うわたしには必要ないと言ったのに、作ってくれたものでほとんど使う機会がなかったものである。


 変幻自在という名のそれは、その名の通り変幻自在である。

 ポケットの中から取り出すのは、ビー玉くらいの大きさの球体を取り出した。


「さてと、それじゃあ」

「え、なんでビー玉口に入れたん?」


 体内から出さなければ、魔力の霧散は少ない。

 それを利用してわたしは直接、体内に変幻自在を入れてから魔力を注ぎ込んだ。



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