第35話 メイドお嬢とござるとママ

 配信者が何者かに狙われているらしいという天岩戸からの通達があった。

 わたしも狙われる可能性があるから気をつけろということらしい。

 言外には、狙われて倒してしまえという言葉も聞こえた気がする。頭の片隅に入れておいて、わたしは次なるダンジョン探索配信を企てるのである。


 イタリアで配信したし、少しだけ優しいところに行きたいと思ったわたしは、江の島にあるとダンジョン前の喫茶店にいた。

 席には4人座っている。


「田中さんきてくれてありがとうございます!」

「いや〜、また会えるとは嬉しいでござるな〜!」

「わたくし、田中ではございませんわ! マリアンヌ、マリアンヌですわ!」

「何このメンツ」


 席にはわたし、一花、メイドお嬢様となぜか彰常さんが座っていた。


「今日はこのメンツで配信しようかと。田中さんの退院お祝いコラボです」

「ありがとうございますわ!」

「だから、なぜにこのメンツ? てか、約1名は勝手に来ただけで呼んでないでしょ」

「あはは~でござる~」

「江の島の水族館ダンジョンに行くからね」

「あー、あそこ3人以上じゃないと入れないダンジョンでござったか。拙者、ソロでござるから行ったことないでござる~」

「わたくしもですわ!」

「だから、お友達集めていくことにしました!」

「アタシ友達枠なわけ?」

「他に画面に映せる友達枠がいなかったので友達です」

「そ、そう」


 まんざらでもなさそうな一花はかわいいですね。

 一応勘違いされないように言っておくと、わたしだって普通の友達はいる。静香もそうだし、ばあちゃんや隊長もそうだろう。


 ただ配信に顔出しできるとなるとほとんどいない。わたしはこの3年間を魔人討伐に明け暮れる日々を過ごすことになっていたのだ。

 さもありなんという奴である。悲しくなどない。わたしが目指すべきはあの日の剣であり、友達の多い幸せな日々ではないのである。

 ちょっと悲しくなった。


「ふむ、しかし配信者でもない拙者がついて行って大丈夫でござるか? 勝手についてきた拙者が言うことではないでござるが!」

「彰常さんが良いなら、全然大丈夫です」

「ヒャッホー、女の子たちと水族館ダンジョンデートでござるー!」


 こういうキャラなら全然大丈夫と思うのである。

 彰常さんは、わたしがメイドお嬢様と待ち合わせをしていたところに偶然通りかかり、勝手についてきたのである。

 彼女の強さはわかっているので、わたしとしてはござるでキャラも立っているから別に映しても問題ない。


「でも、なんで水族館ダンジョンなわけ?」

「イタリアで地獄やら図書館やらで疲れたから水族館で癒されようかと」

「アンタ泳げたっけ。あそこ、下に行くと少し泳ぐ箇所あったでしょ」


 わたしは全力で目を背けた。

 ドッペルゲンガー時代には、海で泳ぐことはなかったので問題なかったというか、海沿いに住む強者とは成り代わったことがないからまったくと言ってよいほどわたしは泳げない。

 カナヅチである。


「アンタ泳げなかったわよね」

「ナンノコトカナ」


 それに水の中だと普段通りに動けないのが、嫌なのである。修得した技術にも狂いが生じるから大量の水というものに対してわたしは良い感情がない。

 しかし、そこを差っ引いても江の島の水族館ダンジョンはゆったりするには良い所なのである。


 何せ沖縄のダンジョンと違って、海が広がっているということはない。

 この江の島水族館ダンジョンは、水棲モンスターたちが綺麗な水晶球の中で展示されているのである。

 大水槽のようなものまで存在し、なんだったら水族館のようにその水槽の内部を通る道まで整備されているのである。


 そこまでなら一般人でも行けるが、下層の方へ降りていくと少しばかり様相が異なってくる。

 水族館であることに違いはないが、ダイビングコースでも始まったのか多種多様な水棲モンスターたちと一緒に泳げる場所もあるのである。

 なぜか、そこのモンスターたちは襲ってこない。


 一花が言っているのはそこであり、この江の島水族館ダンジョンを語る上ではそこは避けては通れない。

 普段は見れない水棲モンスターたちの生活を見れる場としても、配信ネタとしても良い場所なのだ。


「大丈夫、魔術でなんとかするから」

「この機会に泳げるようになりなさいよ。そもそもダンジョンの中じゃなかったらダイビング資格が必要になるのよ、あそこ」

「あーあー、きこえなーい」


 探索者は丈夫だからダイビング資格がなくてもどうとでもなるのである。

 なんだったら無呼吸でも相当な時間潜っていられるのだ。

 水圧にも強い。これが探索者という生き物だ。


「るみるみ様ご安心くださいですわ! わたくしお嬢様として泳ぎの技能は超一流ですもの!」

「拙者も泳げるでござるし、大丈夫でござるよ~」

「よし、問題なし!」

「はぁ、帰ったら泳ぎの練習させようかしら」

「ママかよ」

「ママって呼んだのはアンタよ。器用なんだから、すぐ泳げるようになるわよ」


 もちろんすぐに泳げるようになるだろう。しかし、もう1度言うが、わたしは水がそもそも苦手なのである。

 大量の水の中に潜っていくくらいならば、泳げない方を選ぶ。


 それに何より織野華も泳げない。

 泳ぐくらいだったら海をぶった切って海底を歩くことを選ぶ。それが織野華だ。

 目標にしている以上、わたしもまた同じマインドで挑むのである。


「というわけでさっそく行こうかー」


 わたしが泳げないのはどうでも良し。織野華が泳げるようになったら、わたしも頑張って泳げるようになるだけだ。

 そんなことより配信である。告知をしてカメラをオン。


「こんるみ~。るみるみだよ~」


 :こんるみ~

 :きちゃー!

 :うおおおおおお、待ってた

 :イタリアから帰ってきての初配信!

 :今日はメイドお嬢とコラボだよな!

 :待ってたっすよ、この時を!


「告知通り、今日はメイドお嬢様の田中真理さんとコラボです! 退院おめでとうございます」

「マリアンヌ! マリアンヌですわ!」


 :メイドお嬢、ちっすちっす

 :やっと来たか田中ァ!

 :心配してたぞ田中ァ!

 :生きとったんか田中ワレェ!

 :入院してただけだからな

 :ボンッってはじけた時はどうなることかと

 :てか退院したなら告知しろや田中ァ!

 :そうだそうだ!


「あああ、そういえば退院をポストしてませんでしたわ!!!」


 :お嬢ってそういうとこある

 :これだから田中なんだよ

 :全国の田中さんに謝れ


「ゲストとしてさらに一花ママとござる侍さんも来てます」

「どうも」


 :ママー!

 :ママ来た! 

 :ママ来た、これでかつる!

 :ママも魔術Gみたいにレギュラーになるのかな

 :魔術Gはレギュラーじゃねえよ

 :でも、だいたいいるんだよな

 :良いだろ? 魔術Gだぜ?


「どうもでござる~」


 :なんでいるんだござるうううう!

 :ござるてめえええええ!

 :ずるいぞ

 :なんでいるんだよ!


「2人が楽しそうにどこかへ向かっていたからついてきたでござる!」


 :ストーカーだあああああ!

 :通報しろ通報

 :るみるみが良いって言ってるから無理だ


「うらやましいでござろう諸兄ら。悔しければ拙者くらい強くなるといいでござるよ~」


 :殴りてぇ顔

 :眼鏡割るぞ

 :眼鏡っ娘の眼鏡を割るとは貴様、異教徒だな?

 :あ? ◯す

 :喧嘩すなー


 盛り上がってきて同接もある程度伸びたところで話を先に進めることにする。


「盛り上がってきたところで今日は江の島の水族館ダンジョンに潜りたいと思いまーす」


 :おー、水族館ダンジョン!

 :俺もいったことあるわ

 :なんで一人で行けるんですかねぇ

 :ひとりとは言ってねえよ

 :今日は穏やかな配信になりそうですね

 :おいおい、るみるみとお嬢の配信だぞ

 :終わったな(確信)


「なんで絶望されてるんですかねー! 

「いやー、楽しみでござるな~」

「あんまはしゃぎすぎてハメを外し過ぎないようにね」

「「「はーい、ママ~(ですわ)(でござる)」」

「だれがママよ!」


 というわけで、わたしたちは江の島の水族館ダンジョンへと突入するのであった。

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