第34話 先に帰って

「ただいま~」


 いろいろあったイタリア滞在であったが、わたしは無事に帰宅できた。

 すっかり遅くなってしまったが、こうして我が家に帰ってくれば静香が迎えてくれて、お夕飯も用意してくれているに違いない。


「あり?」


 そう思ったわけであるが、帰ってくるはずのおかえりなさいの気配がない。真面目な静香である。家にいるのなら忠犬の如く玄関で出迎えてくれる。

 それがない。わたしは冷静に考えた。もしかしたら静香はまだ帰っていないのではないかと。


 靴を確認する。静香の靴はない。


「まだ帰ってないのか」


 ひとまず家の中で倒れているということはなさそうで安心だ。

 お出迎えがないならいつまでも玄関にいる意味はない。さっさと部屋に上がる。


 やはりリビングにも個室にもいなかった。トイレやお風呂で倒れているということもない。


「大学始まったし、友達とかできてサークルとかやってるのかな」


 大学生どころか高校生であったことのないわたしにはよくわからない世界だが、大学生というものが色々とできる自由があることくらいは知っている。


「あっ、メッセージ確認すれば良いよね」


 真面目な静香のことである。遅くなるなら遅くなるとメッセージをくれるのは当然である。

 スマホで確認した。メッセージはなかった。


「……忘れてるだけかな」


 どうにもイタリアから帰ったウキウキ感が消えてしまった。

 わたしは静香がいないこの状況を寂しいと思っているようである。当たり前だったものがないのだから当然か。


「はぁ、いつ帰ってくるのかなぁ」


 ソファーに寝転がって天井を見上げる。手持ち無沙汰になってクッションを抱えてゴロゴロ。


「よし、今日はわたしがご飯を作ろうっと!」


 思い立って冷蔵庫を確認。ぎっしりと詰まったドラゴンのお肉。

 わたしはテキトーに1ブロック取り出す。


「んー、どうしようかな」


 わたしの料理スキルは静香のそれには及ばないもののそこそこはある。剣に執着していたから、生産系はからっきしなのだ。


「でも静香の技術は見てたから、ここをこうやると〜」


 硬いドラゴンのお肉が柔らかくなる。これで焼いても煮込んでも揚げても大丈夫。


「よし、唐揚げにしよう」


 一口大に魔力で切りながら、わたしは衣用の粉と下味の準備をする。

 しばらくお肉はつけ置くことにして、その間に日課の筋トレをやってしまう。


「そこそこ筋肉ついてきたよね?」


 むにむに。


「なかなかつかないよねぇ」


 一花に言ったら嫌味かと怒られたのだった。もう言わないと言ったら泣かれたけど。

 トレーニングをひとセットすれば下味もついたからだろう。もっと置いても良いが、わたしのお腹の方が我慢できないので、待望の揚げにはいる。


「ほいっ、ほいっ、ほいっと」


 サクッと油に投入。じゅわりと素晴らしい油の音が響き渡る。


「うーん、これこれ」


 この音がわたしは好きだ。美味しいもの作ってるという感じの音で食欲をそそられる。

 そんなこんなでドラゴン肉の唐揚げ完成。


「うん、美味しい美味しい」


 我ながらサクサクに揚げられてとても美味しい。これなら静香も喜んでくれるに違いない。


「…………」


 唐揚げを仕込むのにそこそこ時間を使ったはずであるが、静香は帰ってこない。


「たまには掃除でもするかー」


 暇にあかせて部屋の掃除などに取り掛かろうと思ったが、部屋は静香が綺麗にしていたためわたしが掃除するほどのことはなかった。

 せいぜいがお風呂とさっき使ったキッチンくらいだ。そこも既に終わらせてしまい、再びわたしは暇になった。


「先お風呂に入ろうか」


 しかし、その間に静香が帰ってきたらと思うとお風呂に行く気は起きなかった。


「うーん」


 結局、ソファーでゴロゴロするしかない。エゴサはする気もない。

 まだ織野華は配信していない。アーカイブは見尽くしたしやることが本格的にない。


 その時、ガチャリと玄関でドアの開く音がした。

 わたしは思わず飛び起きて玄関に向かってしまった。


「ただ」

「おかえりー!」

「わぁっ! 瑠美さん、今日おかえりだったんですか!?」

「メッセージ送ったよー。見てなかった?」

「ごめんなさい。忙しくて見てませんでした」

「珍しいね。大学、忙しいの?」

「はい。私が深層素材をある程度扱えるとバレまして」


 なんと静香の帰りが遅かったのはわたしのせいであったらしい。


「えっと、ごめんね?」

「瑠美さんのせいじゃありません。それにスキルはあった方が良いですし。こうして瑠美さんにお出迎えされちゃいましたし」

「いつもは逆だもんねー。リビング行こう、お土産とご飯用意してるよ」

「わあ、瑠美さんの手料理! 久しぶりですね。気合いをいれないと」

「そこまでのものじゃないよー」

「私にとってはそこまでのものなのです」

「……」


 この感じ落ち着く。やはり帰る時には静香のいてくれる生活は最高であると証明されてしまった。


「瑠美さん? どうかしました?」

「なーんでもなーい。静香がいてくれてよかったなーって」

「突然ですね。私の方こそ瑠美さんがいてよかったです。こうして住むお家もありますし」

「大袈裟大袈裟。ほら唐揚げだよー」


 リビングに行ってドラゴンの唐揚げとイタリア土産をお披露目する。


「わあ、美味しそうですね! こちらは……」


 お土産はネットでおすすめのお店で買ったノートと小物入れだ。

 静香は何を買って行ってもお土産に文句は言わないけど、使えるものの方が喜ばれる。お菓子とかよりもこう言う実用的なものが好みだ。


「伝統技法で作られた紙のノートだって」

「ちょうど欲しかったのでありがたいです」

「えへへ、良かった。さっ、食べよっか」

「はい、いただきます」


 ドラゴンの唐揚げは少し冷めていたが、美味しかった。静香も美味しそうに食べてくれたので良し。

 ふと、良いことを思いついた。


「よーし、たまには一緒にお風呂入ろー」

「ええ!?」

「この時間だし、一緒に入った方が明日のためよ」

「の、のぼせてしまいそうです」

「その前にあがろうね」


 半ば強引に静香をお風呂に連れ込む。

 髪と身体を洗って湯船に浸かってからが本番だ。


「ねー」

「なんでしょう?」

「新技ってどうやって作るんだろうね」

「新技ですか? 瑠美さんはたくさん作っているように思えますけど」

「んー、全部真似なんだよねぇ。わたしが使ってる技作ったのは全部別の人。で、前の配信で新技作らないと勝てないなーって相手がいてさ」

「なるほど。それならもう少しだと思います」

「そうなの?」

「加工も同じで、最初は模倣から入ります。それから自分らしさを出していくんです。だからいっぱい模倣している瑠美さんならもう直ぐだと思います」

「うーん」

「自分が使うならを考えてはどうでしょう。体格や力などで変わると思いますし」

「だから困ってるんだよねぇ」


 昔は変身できたからできたが、今はできない。それで色々困っている。

 本来なら使える技がたくさんあるのに、変身できないから使えないのだ。


「大丈夫、瑠美さんならできますよ。使いやすいように改良したり組み合わせたりするんです。えっと、ほら手の長さが足りないなら立つ位置をズラすとかやるでしょう?」

「でもそれだと元から狂わない?」

「狂いというと悪そうですが、変化といえば新技と言えるかと」

「そういうもの?」

「そういうものですよ」

「うーん、やれる気がしない!」

「大丈夫です、瑠美さんならやれますよ! いっぱい真似をして方法を知っているんですから。あとはそこに自分なりの解釈をして取り込むだけです」

「にゃーわからん」


 だけど、そこで終わらせるのも負けた気になるからわたしは考えた。

 そして、のぼせた。


 ⚫︎


 その夜、ある配信者が消息不明となった。

 ダンジョン内での配信中に突如として消えた。新種のモンスターに襲われたのかと物議を醸されたが、すぐにその話はいつものことで立ち消えていく。


「あの書き込み、本当だったんだ! ぼくに力が。ふ、ふふふならやらないと! 君たちはぼくが救うよ殺すよ


 以降、配信者のダンジョン内行方不明が多発する。


 闇の中、赤い瞳が己の欲望を滾らせながら輝いていた。

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