第29話 配信見てたら
『それじゃ配信初めていくけんね』
:いえええええええい!
:いつもの挨拶
:挨拶できてえらい!
:うおおおおおおおお
:きちゃー!
:今日は何をするんだろうなー
:楽しみだなー
久しぶりにリアタイできる。最近、配信を始めたから忙しくなってなかなか見れなかったので今日は楽しみだ。
「ああ、華ちゃんかわいいなぁ」
剣なんて振れなさそうな、華奢でお人形さんのような可愛らしい外見だが、織野華はただ強さだけで、その異次元の剣だけでトップにまで上りつめた人類規格外、最強の探索者だ。
「最強でかわいいとか無敵だよね」
わたしも小柄だが、彼女のようになれるのはいつのことになるだろうか。
頑張らないと。
『じゃあ、いつも通り博多ダンジョンの深界を進むけん』
:深界配信
:いつもの
:未知を見せてくれるの助かるー!
:キャー、華様サイコー!
:はええはええ
:さて、今日はどんなモンスターが出るやら
:ここで情報出ても俺らじゃたどり着けもしないんですけどね
『みんな準備よか? これから落ちるけん、初めての人と慣れん人はしばらく見んといてね』
彼女は深界と呼ばれるEX探索者でなければ行くことのできない領域で配信を続ける常識はずれの存在だ。
彼女は上層から最速で深界まで行く。その方法はダンジョンの床を斬って落ちていくこと。
織野華にだけ許された超絶技巧と剣技が成せる規格外のショートカットだ。
「うー、真似したいなー!」
でもわたしでもダンジョンの壁を斬るのは至難の業だ。しかも織野華は数打ちの量産品の剣でそれをやる。
わたしなんてどんなに魔力を鋭くしても少しも切先が入るくらいで切り裂くなど夢のまた夢。
:ひええええええ
:いつのおおおおお
:もう慣れたぜ、オロロロロロロ
:慣れてねえじゃん! オロロロロ
:コメント欄がくっせぇわ
:吐くな、耐えろ
:エチケット袋は用意して行かないと、織野華の配信は持たないぜ
:なんで、そこまでしてみるの……
:その価値があるんだよ
深界配信は、吐いてでも見る価値がある。
前人未踏の領域を配信で映してくれる。ただそれだけで探索者じゃない者も探索者も釘付けになってしまうのだ。
深界にはそんな価値がある。織野華の戦いにもまた見る価値がある。
『下に何かいるね』
コメントが活気づく。
:落下終わったら接敵ですか
:なんでダンジョンの床越しに探知できるんだ
:このリハクの目でも探知できないのに
:おまえは節穴定期
:今何層?
:深界
:博多の深界ってどっからだっけ
:50階層くらいじゃね?
:そもそも華ちゃんの最高到達点を言った方が速い
:誰も計測してねえんだよ
:確か、98層だったよね
:華ちゃん、地図は全部埋める派だからね……
:本当ならもっと早く行けるんだけどね
:全部回らないと気が済まない子だから
:長いと1年同じ階層で放浪してるから……
:放浪するなら宝箱とかとっていってくれませんかねえええええ
:諦めろ、華ちゃんは剣の腕を磨くことしか興味がないんだ。
:なら今は99層か
『とりあえず到着』
超高速で落下していたが、ふわりと何事もなかったかのように着地する。
物理法則を無視する身体強度も身体能力も異次元の領域だ。
今のわたしでは到底真似できない。
『それじゃあマッピングしながら行くね』
:何かいるっぽいのにこの余裕である
:織野華だからな
:てか他の人はどこまでいってたっけ
:30層だったかな
:うーん、この
:流石規格外
:博多ダンジョンはまだ底が見えないからなぁ
:難易度も高いもんな
:流石修羅ダンジョンと呼ばれるだけはある
:でもそろそろ戦うとこ見れるな
:見れるといいよねぇ
『あとは斬る』
前方を見てただ剣を振るった。当たり前のようにただ一振りで数十の斬撃が飛ぶ。
魔力を乗せれば似たようなことはできるが、ただ魔力も乗せず剣を振るうだけで斬撃を出せるのは彼女だけだ。
どこか遠くで、何かが斬れたような音と断末魔の悲鳴が聞こえたような気がした。
:はい、いつもの
:深界モンスターを画面外で一撃
:なんだったんだろうなぁ
:素材重いからいらねって、見に行かないんだよなぁ興味ないだけなんだろうけど
:あああああああ、数億の深界素材がああああああ
:おっすおっす企業さんどうも
:加工企業がいつも通り発狂しとるわ
「あぁ……」
わたしはその美しさに恍惚の吐息を漏らしてしまう。
それほどに彼女の剣は至高だ。
ただの一振り。それだけに見える。だが、そこに宿った術理は元ドッペルゲンガーのわたしですら一朝一夕には解析できない。
前世で斬られた首元が疼く。早く、あの剣を覚えたい、と。
こんなもの無料で観れていいのかと思うほどに彼女の剣は素晴らしい。
直接教えを乞いたい。見ているだけでは細部までわからない。もっともっと。これは直接見なければできない至高の剣だ。
『倒した、先に進む』
博多ダンジョン99階層に広がっているのは暗黒の洞窟で、一寸先も見据えるのは難しい。
そこを彼女は迷いなく進む。白紙の地図を片手に、彼女はマッピングしながら進む。
迫りくるモンスター数千の群れを見もせずに倒していく。片手間で剣を振るい、歩いては地図を書く。
:相変わらずつええ
:マッピングしながらなんで戦えるですかねぇ
:それよりも素材いいいいいいいいいいいい!
:あ、あのモンスター、サウザンドノーズドラゴンですねー
:アメリカでトップクランが出会って壊滅したやつじゃんか
:それが数千の群れになってるのに、一瞬で細切れになってる……
:次の群れはリッチキングだぁ
:魔術が流星群のようだ……
:天の星は全て魔術だ……
:あっ、剣振った
:魔術が消し飛んだね
:天井に大穴が空いてるね
:物理無効じゃなかったっけ? なんで剣で倒せるんだ
:巨人が細切れに……
:さっきのスライムエンペラーだな
:斬撃無効のやつだよな????
:跡形もないぜ!
:1万を超えるモンスターの群れが片手間で処理されてく
:いつものこといつものこと
:華ちゃん最強! 華ちゃん最強!
:歩いた後には死体しか残らない女
:なんだったら細切れにして死体すら残さないこともできる女
『なんか、光っとぉ泉があるね』
探索していると画面に光り輝く泉が現れる。
周りにはモンスターはいない。
『モンスターの気配はなかね。安全地帯かな。なんの水かな?』
迷うことなくペロリと水に指をつけて舐めとる。
『ああ、エリクサーだ』
:エリクサーの泉!
:どんな怪我でも治すし、下手したら死人すら蘇るんじゃね疑惑の神のポーションがめちゃくちゃ大量に……
:錬金術師どもがどんなに頑張っても再現できなかった、深層以下でのみ0.何%ででるというアレかぁ……
:ヤバイって
:深界は魔境ってのが良くわかるね
『うまかけん汲んで帰ろう。飲み水ゲットだぜ』
:そんなエリクサーも華ちゃんの手にかかれば飲み水である
:ペットボトルにそんな無造作に……
:よく持ってたなペットボトル……
:ダンジョン前事務所の配布品じゃんあれ
:ああ、疲労回復水のあれか
:あああああああ
:持って帰ってー!
:お願いします、危篤の妹の為にまともな瓶に入れて持って帰ってきてくださいぃぃぃ!
『ん、持って帰って欲しいと? うちこれから1週間くらいここにいるけん、取りき?』
:無理ぃぃぃ!
:深界に1週間ですか
:やっぱおかしいって!!
:しっかりしろ、いつものことだろ!
:いつものことでも叫びたくなるんだよぉぉ!
:気持ちはわかる
エリクサーをペットボトルに入れた彼女はリュックにペットボトルを戻して立ち上がる。
『冗談。エリクサー届けるけん、DMに住所送って。じゃ、えい』
何やる気だとみんなが首を傾げる中、織野華は剣を振る。目の前の空間が剣の軌跡に切り裂かれ、彼女はその中へ入った。
:えええ!? なんで華ちゃんがうちのリビングに!?
:草
:何が起きたし
:華ちゃんが消えたと思ったらなんか、↑↑コメの家にいるっぽい?
:えいで空間切り裂いてワープしないでくれます???
:こんなことできるのか……
:どうやったらできるんだ
:どこでもドア(斬撃)
『ただいま』
:おかえり
:おかえりー!
:ただいまできてえらい!
:空間に残った斬撃痕から普通に戻ってくるな
『……生首?』
織野華は、斬撃痕から頭だけ出している。
:かわいい
:かわいい
:かわいかねぇ
:織野華にしかできないネタ
:うおぉぉぉぉ華ちゃんのお尻が目の前にぃぃぃ!!!
:妹危篤ニキぃ!
:妹危篤ニキずるいぞ!
:うゎぁぁぁ、ずる!
『よいしょ』
斬撃から出た織野華はててーんという効果音がなりそうなポーズをとった。
スパチャが飛び交っている。わたしも限度額まで投げておいた。
¥50000 瑠美
華ちゃんかわいい強い、剣すごい!
かわいいかわっ、かわいいかわいいかわっ…………とにかくかわいい
:このアカウントるみるみやんけぇ!
:まーた赤スパ投げてる
:語彙力途中で死んどるやんけぇ!
:稼いだ金を推しに貢いでる女
『スパチャありがと。ん? 有名な人来とうと?』
:るみるみが来てる
:おまえの配信見て配信始めた異常者だ
:今話題の新人ちゃんだゾ
:華ちゃんを目標にイレギュラーに突っ込んでる女だぞ
:スケスケの痴女ダゾ
:イタリアから見てんのか
:早よ寝ろ
:ダンジョン犯罪者出たのに元気だな
:元気になるために来たのかもしれん
:元気になるか、この配信で?
:一周まわれば
『なるほど……』
¥10000
るみるみに興味ある?
彼女華ちゃんを推しって言ってたし
『今はなかね』
「…………」
わたしは膝から崩れ落ちた。
:あー
:これは大ダメージでしょ
:るみるみが死んだ!!
:推しからの今は興味ない宣言
:剣以外興味ない定期
:欲求が剣欲しかないからなこの頭薩摩の妖精は
:るみるみ今頃膝から崩れ落ちてるな
:ドンマイ!
:で、でも認識はされたから
:もっと強くなって出直してこ?
『よし、再開』
「うう……悲しいけど、かわいいし強いの最高……」
この時、わたしはすっかり織野華の配信にがっつり夢中になっていたわけで。
それはもう注意力散漫になっていたわけで。
飛んでくるヤバいものに気が付かなかった。
「来たぞ、小娘ェ!!」
窓を突き破ってそれは来た。
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