第27話 魔人 ランクA:ケルベロス

 一花は2本の短剣を取り出し逆手に構える。


「ふー」


 上級魔人の相手。一筋縄ではいかない。


「アンタ二つ名はあるの?」

「あるぞ、ケルベロスだそうだ」


 地獄の番犬。この場にいる男に相応しかろう。


「ふうん、良かった」


 それを聞いた一花は良かったと言った。


「何が良かったんだ?」

「アンタが二つ名持ちで良かったって言ってんのよ」

「最悪の間違いだろ!」


 戦端は唐突に落ちる雷が如く開かれた。


「――!」


 ケルベロスの視界から一花の姿が消える。次の瞬間には彼の背後に一花は現れていた。

 魔術ではない。そも魔術にそのような瞬間的に移動する芸当はない。

 ならば体術。それも高度な身体強化を伴った移動術。


「速いな、だが」


 それだけならば反応できる。

 魔人とは人間の域を超えた半モンスターというべき存在である。その反応速度はまさしく人外の領域。

 鋭い獣のごときケルベロスの両の手が振り下ろされた刃を迎え撃つ。


 金音が響き渡る。

 攻撃が防がれたと見るや一花はケルベロスから距離をとる。


「どうした? もう終わりか?」

「準備運動よ」

「ならさっさと本気で来い。久方ぶりの戦いなんだ、楽しませろ」

「冗談。魔人に楽しむ権利なんかないわ」


 一花は2本の短剣を投擲。それは探索者が投げたにしてはあまりにも弱々しいものだった。


「武器を捨ててどうする」

「いらないなら捨てるわよ」


 投擲した短剣は簡単に弾かれる。

 懐から一花は新しい武器を取り出す。幾本もの紐が垂れた短剣であり、手に持つとその紐が腕へと広がり上半身を固定する。

 何があろうとも武器を落とさない意思が感じられた。


「それじゃ行くわよ」

「来い」


 今度は真正面から一花は踏み込んだ。


(速い。このオレですら一瞬見失うほどか)


 一花の攻撃は単純、速度で踏み込み、そのまま速度で斬る。


(なるほど、速度で武器がブレぬように固定していると言うわけか)


 冷静に分析しながら、ケルベロスは攻撃を最小限で喰らう。一花の速度はかわすには速すぎる。故に身体を使い、最小限で躱す。


「速度が自慢だな? ならば止まっている時に刈るまでだ」


 一花は速度を殺し反転、顔を上げた瞬間。ケルベロスの凶器である獣の如き手が眼前に迫っている。

 それでも一花は笑っていた。


 一花は脱力、重力に逆らわず上体を下げることでケルベロスの一撃を躱すと同時に、一瞬でトップスピードまで加速。

 空いている胴へと一撃を叩き込む。斬撃と後から来る衝撃がケルベロスの肉体を両断する。


 確実に即死。しかし、先ほどと同じように死体はダンジョンに消え、ケルベロスが再発生する。


「また死んだが、どうする? まだ続けるか?」

「……舐めてるわけ? 異能使いなさい、後悔する前に」

「使わせてみろ」

「あっそう」


 ケルベロスが再び攻防に入ろうとした瞬間、彼の首が飛んで死んだ。

 新たに発生してもその瞬間に首が飛ぶ。

 次も、その次も。

 5度目でようやくその一撃を防ぐが、二撃で心臓をくり抜かれた。


「まだ使わない?」

「小娘が」

「使わないなら、このまま殺し続ける」


 殺されて再発生する瞬間は、無防備だ。とはいえ一瞬程度。その一瞬で首を刈ってくる。一花の速度は速すぎる。


「良いだろう。使ってやる」


 そうは言うが変わっていない。

 一花は確かめるようにケルベロスの首を刈る。

 刃が首に入る。その瞬間に腕を掴まれから攻撃が飛んできた。


「っ! なるほど」


 喰らいながら距離をとる。


「オマエは速い。オレでは見切れないほどだ。ならば、1人を犠牲にもう1人が掴めば良い。そうしたらもう1人が叩く」

「そう言うことだ、小娘」

「おい、1人で全てを説明するな。オレの言うことがなくなっただろう」


 ケルベロスが3人いた。


「分身? いや、全部本物……なら分裂の異能ってわけね。上限は3。ケルベロスとはよく言ったわね」

「さあな」

「その通りかもしれんな」

「教えるわけなかろう」

「周囲に気配がないんだから、上限は3でしょ」

「おい、バレているぞ」

「なんでいうんだ、お前は」

「やれやれ、これだからオレという奴は」


 一花はこの隙に切り込むがやはりというか1人を殺した瞬間、1人が掴み、もう1人が攻撃を仕掛けてくる。3人とも同一人物であるからこそできる芸当だ。

 身体能力が高く、ダンジョンからの再発生も可能。反応は速く、勘も冴えている。挙句に同じ思考で連携抜群。ケルベロスとはよく言ったものだ。

 1人の犠牲で一花を捉えているのは、驚嘆に値する。


「ならもっと速くすれば良い」


 すぐにケルベロスは1人の犠牲では一花を捕まえられなくなった。

 1人を殺された瞬間に掴みにかかるが、その速さを超過して一花は2人目を真っ二つにしている。


「ああ、良いな!」


 劣勢のはずだがケルベロスは笑っている。

 ダンジョンからの再発生で死なないからこその余裕だろうかと一花は思考する。


「余裕そうね、再発生で死なないとでも思ってる?」


 そんなはずはない。不死ではないのだ。殺し切る手段がある。


「ハッタリはよせ。あるわけないだろう、そんなもの」

「ハッタリかは、体感してみなさい!」


 一花が懐へと飛び込む。

 斬撃が来ると構えたケルベロスであったが、その瞬間に彼が認識したのは大気が爆ぜる音と衝撃だった。


「は?」


 一瞬、呆けた。目の前にはダンジョンの天井。他2人の自分の視界から自分は宙に打ち上げられたことを知る。

 しかし、それでどうこう反応する暇などケルベロスに与えられることはなかった。己の他2つの視界もまた同じようにダンジョンの天井を近くに見ることになったからである。


 その間隙、上昇エネルギーが萎み、重力に捕まるわずかな間にケルベロスは思考を回す。3人分の脳みそはすぐさま結論を出した。


「蹴り上げられたのか」


 身体に残る痛みからケルベロスは打撃を喰らったことを知った。


「なんだ、この脚力は」


 あの速度のからくりということならば理解できる。しかし、それにしても己をダンジョンの天井付近まで吹き飛ばせるだけの力があるのは不可解だった。


 それは例えるならば地上から成層圏まで蹴り上げられたことに等しい。身体強化を使ったとしても高すぎる脚力だ。

 何かある。


「……む、この音は?」


 その思考を遮るようにケルベロスは耳にする。連続する破裂音。


「バァ」

「っ!?」


 目の前に一花が現れる。驚愕と共に反撃する。魔人として染み付いた防衛行動だが、空中では万全の効果を発揮しない。

 軽く躱される。

 そして、ケルベロスは目の当たりにすることとなる。

 ラビットウォークと呼ばれる星宮一花の真価を。


「なんだと!」


 一花は空中を走っていた。一歩を踏み出す度に大気が爆ぜる。

 跳躍ではなく、当然のように自由自在に彼女は走っていた。


 魔力導管偏重体質と呼ばれる体質がある。

 魔力導管とは体内と同位相の高次元に存在している魔力の通り道とされる仮想器官である。

 本来ならば全身に偏りなく存在するが、ごく稀に身体の一部に偏る場合がある。

 多少ならば少しの差異や誤差で済むが異常に偏っていた場合、身体強化など魔力を使用する行為において甚だしい影響がでる。


 一花はその異常な偏りを持って生まれた。彼女は下半身に魔力導管が異様に偏っている。


 彼女は速度自慢などではなく、もっと単純な脚力自慢だ。

 限界まで強化されたその脚力は、大気を踏み締め、宙を駆けることを可能とする。

 ラビットウォークとは、月のウサギのごとく宙を歩く様だと思った隊長がつけた名だ。


「まずは1人!」


 空中で身動きの取れないうちに1人目のケルベロスの首がすれ違い様に両断される。

 その肉体を壁がわりに一花は方向転換し、空中を歩行。2人目を切る。

 その間、ただ一息。


「なっ」


 ようやく事態を悟り、落下を始めたケルベロスであったがもう遅い。重力プラス空中歩行にて加速された刃がケルベロスを斬り裂いたのは同時。


「上級魔人の再発生は、死んだ瞬間、肉体がダンジョンの壁や天井に触れていなければならない。再発生しないように殺し切るには、ダンジョンの壁に触れさせない空中か異空間の中で殺すこと」


 それから、と一花は一区切りつけてから再び大気を蹴った。


「異能は見ておけ。今後の参考になるから」


 もう終わりと、一花の声が冷気を帯びる。


「じゃあ死ね、無様に。ああ、もう死んでるか」


 ぼとりと落ちた死体はダンジョンに吸収されることなく地面に転がり終わったことを告げた。




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