第15話 イレギュラー×イレギュラー

 クイーンの異能は吸血鬼らしく血を操るものだ。

 血の槍が宙空に浮かび、砲撃の雨ようにメイドお嬢様田中真里マリアンヌへと降り注ぐ。


「びぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?!?」


 田中真里も悲鳴をあげている。


「問題なし!」


 構築しておいたありったけの魔術で血の異能を迎撃。


「お、お流石ですわー!」


 その間にメイドお嬢様がクイーンに肉薄。スナイパーライフルを振り下ろす。


「防がれましたわ!」


 血が布のように動き、スナイパーライフルの一撃を受け止めていた。クイーンの防御手段だ。硬度も高い。


「なら砕きますわよぉ!」


 しかし、メイドお嬢様はとにかく攻撃続行。

 わたしは援護のために木属性拘束魔術【ウッドバインドテンタクル】を発動。地面から生じた木の根でクイーンの四肢を拘束する。


「◾️◾️?」


 さらに掌に複数起動させた【ロックバレット】を投擲射出。身体強化を上乗せしたことで威力を倍増させる。

 【ロックバレット】は全て命中し、砂煙でクイーンを覆い隠してしまう。


 :やったか!

 :おいいい、フラグゥ!

 :あーあ、やっちまったでござるなぁ

 :フラグ立てなくても、クイーンがあの程度で死ぬとは思えないし

 :うんうん、あいつ強いし、イレギュラーだからなぁ

 :クイーンて実際、どんな奴なんだ?

 :日本ダンジョン探索協会の公式HPを見てみ、詳細乗ってるから

 :見たけどわからん

 :吸血鬼の親玉、吸血鬼のだいたいの能力使える、血の攻撃は敵の血を吸収し還元することで回復効果ありで、その威力は地球激突する隕石を無傷で防げる魔術Gのロックシールドを貫通する威力、血の防御は驚異の物理衝撃8割カット

 :やべぇ……


「やりましたわ!」

「まだだよ!」


 砂煙が晴れる。そこには無傷のクイーン。再生能力もただの吸血鬼の比ではない。

 しかし、防御用の血は吹き飛ばせた。


「やって!」

「わっかりましたわ!! そおおおれええええ!」


 スナイパーライフルが翻りクイーンの胴へと叩きつけられる。轟音と共に骨が折れる音が響く。

 クイーンもスナイパーライフルの一撃を受け止めきれずに吹き飛ばされる。花園を何度か回転し、城壁へと叩きつけられた。


「おー、すごく飛んだ」

「おーっほっほっほ! これがわたくしの力ですわー!」


 :流石、ゴリラお嬢様

 :流石だぜ、メイドゴリラ

 :身体強化の鬼でござるなー

 :なーんで遠距離職希望なのに身体強化を鍛えちゃったの

 :スナイパーとは?

 :この配信に出てくる奴、名乗ってる役職と実態が乖離しすぎだろ

 :でも面白いだろ?

 :悔しい、でもビクンビクン

 

 しかし、メイドお嬢様の一撃を以てしてもクイーンは倒れない。

 クイーンの再生は折れた骨だろうとももとに戻す。

 城壁に叩きつけられたクイーンは大層お怒りのようで、怒髪天を衝くとはこのこととでも言わんばかりに髪と血を逆立ててこちらに向かってカッとんでくる。


「来るよ!」

「大丈夫ですわ! わたくし、おじいちゃんおばあちゃんがやってる草野球チームで4番でしたのよ!」


 スナイパーライフルを両手に野球のボールを打つ体勢。

 あろうことかメイドお嬢様はスカートが翻るのも気にせずに、カッとんできたクイーンを打ち返えそうとしている。

 もちろんクイーンがそんなことを大人しくさせてくれるわけがない。


「あっ、これ無理ですわ! たしゅけてぇ゛」


 血が羽のように広がる。その切先はわたしたちの方を向いている。


「■■」


 何事かをクイーンが呟くと同時、血の翼が鋭い一撃となって襲い来る。


「びえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!?!?!?!」

「大丈夫」


 わたしはメイドお嬢様の前に出る。


 水属性魔術【アクアテンタクル】を起動。

 水が触手のようにわたしに付き従う。

 血の翼と水の触手がぶつかり合う。虚実入り混じらせながらの魔術と異能のぶつけ合い。

 互角だ。魔力量でいえば、あちらの方が上であるが魔力運用効率はわたしの方が圧倒的に上だ。

 このまま続ければ魔力切れになり異能を維持できなくなるのはあちらだろう。


「す、すごいですわー!」

「今、チャンスだから殴りに行ってくれると助かるんだけど?」

「あっ、そうですわね! わたくしとしたことが。もー、わたくしのお馬鹿さん」


 ぐっとメイドお嬢様は姿勢を低く、獣とでも見まがうほどに低く身を落とし、スナイパーライフルを背負う。


「じゃあ、行ってきますわ」


 そのまま射出かと思うくらいの勢いでクイーンへと肉薄する。


「せーのっ!」


 振り下ろしたスナイパーライフルがクイーンの頭部に激突し、それでも止まらずにその肉体を破砕しながら地面に直撃した。

 地面は隕石でも落下したのかと思うほどのクレーターが出来上がる。


 :やっぱおかしいよこのメイドお嬢様

 :あの細腕のどこにこの威力をしまってるんですの?

 :るみるみもなんでクイーンの異能と互角の勝負してるの?

 :魔力量の差で押し負けるのに……

 :やべーでござるなー(現実逃避のためにモンスターを狩る)

 :ござるはいい加減配信見るのやめてダンジョン探索に集中しなよ

 :でもクイーンには再生能力があるからまだだ!


 身体の半分を吹き飛ばされたクイーンが、時間が巻き戻るように再生する。


「ひーん、効きませんわー!」

「大丈夫、効いてる効いてる」


 わたしの目にはクイーンの魔力が大幅に減少したのが見えている。

 このまま削っていけば、無事に討伐完了できる。


「なら良かったですわ! るみるみ様が血を防いでくれている間にわたくし殴りますわよ!」

「行動パターン変わったら気をつけてよね」


 その瞬間、悪寒が背を上った。


「魔力変動!?」


 周囲の魔力が嵐のように乱れ魔術の制御を失う。

 血の羽がわたしとメイドお嬢様に殺到した。


「つぅ……」


 流石に避けきれずにいくらか喰らってしまった。

 メイドお嬢様の方も同じようで、防具の差でかなりダメージが大きい。


「何が、起きましたの……?」

「魔力変動が起きた、ここで」


 :連続魔力変動!?

 :おかしいでござるよなぁ!?

 :何が起きてんの!?

 :異常事態どころじゃないだろこれ

 :また魔力が高まってる!

 :明らかに自然現象じゃねぇ!

 :えっえ?

 :また来るぞ、ヤベェのが!


 来る。魔力の凝集とともに空間が歪み果て、周辺環境を深層よりも深い場所へと塗りつぶしていく。


 魔力圧、深界域。


「ぐっぁぁ゛」


 跳ね上がった魔力圧に耐えきれなかったメイドお嬢様の身体が爆ぜる。


「メイドお嬢様!」

「かっひゅ……」


 流石は高ランク探索者、まだ息がある。

 それでもすぐに治療しなければまずい。


 :ぎゃぁぁぁぁ!?

 :お嬢が爆ぜたぁぁぁ!?!?

 :あっ、まさかこれ魔力圧か!?

 :はぁぁぁ!?

 :お嬢様が爆ぜる魔力圧とは、まさか深界でござるか?

 :深界のモンスターがくるってことぉぉ!?!?

 :もう来てる!


 漆黒の闇の中に翡翠の眼光が浮かび上がる。

 のしのしと巨体が闇を突っ切り現れる。獣のような顔をした人型。脚には山羊の蹄、羊の角。


「悪魔だ」


 それは悪魔と呼ばれるモンスター。

 日本ダンジョン探索協会のみならず、世界中で接触禁忌に指定されている強大なモンスターだ。


「流石にこれは……まずいかな」


 クイーンと悪魔が並び立っている。

 クイーンの背に再び血の羽が展開され、悪魔の右手には緑に燃える炎の剣が顕現した。


「争ってはくれないよね」


 わたしひとりなら逃げ切ることはできるかもしれない。

 わたしは視線を下げる。


「に、げて……ぐだ、さいまじ……」


 ボロボロのメイドお嬢様。背後には配信中のカメラ。


「逃げるわけにはいかないかな」


 :るみるみ……

 親友:それでこそです……ぅぅ、やっぱり逃げてください、ああでも!

 :おたおちおちゅ、おちゃくでごじゃるぅぃぃ!

 :おまえがおちつけ!

 魔術G:よしいけ! 新しい魔術を見せろ!

 :少しは心配してくれないかなこのジジイはよぉ!

 :なんでこの状況で楽しそうなの

 :よしいけじゃないのよ

 :てか助けにこいや!

 :悪魔について情報は?

 :ほぼない

 :バチカンの筆頭探索者が死力を尽くしてなんとか討伐した記録がある……

 :それって30年前のイタリアダンジョンブレイク事件か?

 :それ

 :イタリア壊滅しかけたやつじゃん……

 :その時はどうやったんだ……?

 :世界中からかき集めた最高位の聖なる遺物アーティファクト10個を使い潰してようやく……

 :無理じゃんかぁ!?


「さて……」


 どうやらクイーンも悪魔もわたしが準備するまで待ってくれるようだった。

 攻撃態勢のまま止まっている。力量差でなめているのだろう。

 好都合だ、ゆっくり準備させてもらおう。


 本格的な治療魔術は後にして軽く【ヒール】のみをメイドお嬢様にかけつつ、シールドも張っておく。

 それからわたしは魔力圧縮。ドラゴンを殺した時と同じように魔力剣を再び作る。形は処刑人の剣で、今度は盾も合わせて作った。

 そこに一手間加えると、出来上がった剣と盾は純白に輝く。


「圧縮率良し、濃度良し、バランス良し。では、神に誓って邪悪を滅し祓う」


 準備完了。

 模倣戦技にて戦闘開始。

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