第14話 相次ぐイレギュラー

 下層51階層:不日の城のエリアボスは城の中心にいると思われているが実は違う、という話を聞いたのは果たして誰であったか。

 わたしの交友関係については魔人粛清で全国津々浦々を飛び回り、なんだったら日本を飛び出して全世界にまで至っていた。

 そこでできた友人関係は数知れず、最果てのラーメン屋の大将から南国市場のおばちゃんまで。果ては南極のペンギンもわたしの友人である。


 話を戻して、エリアボスについてである。エリアボスは血の女王と呼ばれているクイーンヴァンパイアだ。

 下層の終わる70階層に座している。そこ以前は彼女の影がボスとなる。影はじっとせず城を出て徘徊する厄介なモンスターなのだ。


 そのことを教えてくれたのは、少なくとも日本の友人の誰かであるのは確かである。わたしの知る限り日本以外で渋谷ダンジョンに詳しい海外の探索者はいない。

 さて、わたしに渋谷ダンジョンの下層の情報をくれたのは誰であったのか。


 そんなことをつらつらと考えるのは、エリアボスを探していて暇だからである。

 視覚が使えればすぐであるが、現在視覚を封じられている身の上では探査範囲にエリアボスが入るまで地道に歩いて行くしかないのである。


 不日の城は、下層が終わるまで続く。現在位置は広大な城下町であり下へ行くにつれて時代が変わるかのように変化していく。

 現在は最も原形をとどめた姿であるらしく、壮麗な城下町が広がっている。

 見た目通りの広さであるため、調べていくのも一苦労だ。


 その時、不意に魔力の変動を感知した。


「……ん?」


 魔力変動が起きている。魔力変動とは、ダンジョンに満ちる魔力の濃淡などが変動することだ。

 一般的に濃くなると魔力異常につながる。薄くなる場合はほとんどないが、薄くなっている場合は近いうちに異変が起きる前兆だ。

 その変動が起きている。


「魔力変動が起きてますね」


 :魔力変動?

 :うお、マジで? なんでわかるんだ?

 :魔力に関する感知能力が異常だから

 :ちょっと待ってほしいでござる、今渋谷区のサイト確認するでござる

 :ござるは自分のダンジョン攻略に集中せい! スマホ見るな!

 :サイト見た。マジだ、なんか魔力の数値がおかしなことになってる!

 :ダンジョン関連だけは常に最新の状態に更新する協会グッジョブ

 :たぶんこれ魔力異常の前兆だよ

 :最近多いな

 :一昨日もあったし、おかしくないか?

 :誰かが人為的にやってるとか?

 :あり得るのか、そんなことが?


「とりあえず、変動の中心に行ってみましょうか。あ、流石に目隠しと耳栓は外していいですかね?」


 :外してよし!

 :むしろ外さないほうがやばい

 :聞いても見えないよね

 :まあよし!

 :ヨシ!

 :いや、行くなよ!?


「はー、やはり見えて聞こえるのは天国!」


 見えるようになったところでわたしは、魔力変動の中心へと向かう。

 城下町外縁部、血染花園と呼ばれる純白の花が群生している場所。

 そこはエリアボスが徘徊しているエリアだ。


 ボスのいる場所では、ボスが大量の魔力を使用するため、魔力変動は起こらない。そのためボスのいるエリアや部屋にはイレギュラーは発生しない。

 しかし、今魔力変動は起きている。あり得ないことだ。ダンジョンが生まれて50年余り、歴史上初のことが起きている。


 どうにもきな臭さを感じてならなかった。

 そう思っている間に到着。既にイレギュラーモンスターは顕現していた。


「イレギュラーモンスターはクイーンですね」


 70階層のエリアボスが呼び出されたようだ。

 血のような赤い髪に何を見ているのかわからない瞳、真紅のドレスはダンジョン内にありながら優雅ですらある。

 ただ、その威圧は70階層のエリアボスに相応しいものだ。ただそこにあるだけで、階層全てを塗り潰しそうなほどの圧は生半可な探索者では、耐え切れず破裂してしまうだろう。


「既に誰か戦っていますね」


 絨毯爆撃のように放たれる女王の異能の真っ只中から悲鳴が響いている。


「ぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! な゛ん゛でごん゛な゛どごろ゛に゛クイーンが出でぐる゛ん゛でずの゛ー! ダビィ゛ぃ゛!?!? かすっだ! かすりましだわ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」


 何やらメイド服を着た少女が必死の形相で逃げ回っているようである。

 くるりと巻いたドリルのような髪がふわりとゆれてホワイトブリムが爆風に揺れる。


 :あ、お嬢だ

 :メイド堕ちお嬢じゃん

 :エセメイドお嬢様だ

 :スナイパーライフルで殴るしか技ないお嬢様じゃん

 :相変わらず悲鳴が汚ねぇ

 :それが良いのでござるよ

 :どなた?

 :下層探索を配信してる数少ないBラン探索者のメイドお嬢様だ

 :ちなみに元々はただのお嬢様キャラでやっていたがもうすぐAラン記念配信でSランメイドに逆凸されてメイド堕ちした結果、メイドになった

 :詳しいな

 :属性が交通事故起こしてんのよ

 :仕方ないんだ……あのメイドは

 :配信者でもないのに配信者の配信に凸かましてメイド堕ちさせてくる妖怪だから

 :こわっ……

 :なんで……???

 :男でもメイドになるからな……

 :なんて???

 :おかげで俺らのお嬢様がメイドに……

 :じゃあ、あの鈍器にしかなってないスナイパーライフルも?

 :いや、それは素。

 :素かーい!

 :まーったく弾が当たらないのにかっこいいという理由でスナイパーライフルを担いでおられるのだ

 :あまりにも当たらないからと鈍器として使用している悲しきモンスターだ

 :最近は弾代が勿体無いからと最初から鈍器として使用だぞ!

 :スナイパーライフルである意味がないな!

 :かっこいいからね、仕方ないネ!

 :お嬢様なのに弾代とか気にしてんのか

 :仕方ない、お嬢の主食はダンジョンの雑草だから

 :まさに草

 :お嬢様とは

 :キャラ

 :キャラ言うなし


 あのメイドお嬢様についてリスナーに知っている人たちがいて情報が書き込まれて助かる。

 Aランクに近いBランクならクイーンに負けることはないが、今はイレギュラーでの出現だ。イレギュラーで出現したモンスターは通常の場合より強力になる。


「助けましょうか」


 これで死なれては目覚めが悪い。


 わたしは、助けに入ろうと一歩足を前に出そうとして瞬間、首裏にぞくりとした感覚を感じた。


「っ!」


 ハッと振り返ったがそこには何もいない。しかし、ぬるりとした嫌な気配が残っているような気がした。


「気のせい……?」


 いや、気のせいではない。何かが見ていた。

 追うか迷う。


「ぎょえ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

「おっと、まずはあっち優先」


 わたしはすぐにメイドお嬢様の前に飛び出した。


「え゛っ!? どなたですの!? すごい格好!?」

「通りすがりの配信者です。助太刀しますよ」

「助太刀……! 感謝しますわ、痴女ですけど! わたくし遠距離のスナイパーのマリアンヌですわ!」


 :嘘つけ殴りタイプだぞ

 :ごりっごりの近接タイプだろうが

 :ゴリラお嬢様の異名をほしいままにしてるだろが

 :片手でスナイパーライフルを振り回せるだろが

 :スナイパー探索者協会から出禁喰らってるだろ

 :おまえ田中だろ、本名から逃げるな

 :田中お嬢様、お戯をでござる

 :チャンネル名本名だもんなぁ、田中真里のお嬢様チャンネル


 コメントから総ツッコミである。


「るみるみです。魔術師」

「まあ! あのるみるみ様ですの? 確かにクソやっべえ痴女服は間違いなくるみるみ様ですわ! 本物に出会えるなんて光栄ですわー! るみるみ様は魔術師ですし、わたくしが前に出たほうが良いですわね!」


 :スナイパーと名乗ったのに前衛になろうとするメイドお嬢様

 :さすが奉仕属性

 :自分のことわかってるな

 :ヨシ!


「2人なら倒せそうな気がしてきましたわ! ですが相手はイレギュラーですし、慎重に参りましょう! 突撃ですわー!」

「慎重とは?」

「どりゃぁぁぁぁぁ!!」


 スナイパーライフルを肩に担いで走っていくマリアンヌ(田中真里)。


 :まただよ

 :まーた突撃してるよこのメイドお嬢様

 :慎重の意味をお調べになって?

 :るみるみ唖然としてるじゃん

 :でもるみるみもやってること同じだよね

 :唖然とする資格ないでござるよ


 コメントに言い返したいが、まずはクイーンをどうにかしてからだ。

 突撃しているメイドお嬢様を迎撃すべく発動している異能を撃ち落とさなければ。


 久しぶりのパーティー戦だ。パーティーで活躍していた魔術師の技能を思い出しながら、わたしは魔術を構築する。


「クイーン討伐戦と行きましょう!」


 挨拶としてできる限りの魔術を放った。

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