第8話 帰宅
「きたーく!」
仕事を終えたわたしは、空間魔術を用いてさっさと自宅へ転移した。行きもこれを使った。
1度行ったことのある場所にしか行けないが移動を短縮できるから便利だ。おかげで日本中、ダンジョン内外様々なところに連れ回された。
なんだったら外国もであるが、色々問題になるため有事の際以外に使うなと言われている。
ダンジョン探索協会北海道支部の人にカニを奢ってもらってお土産まで貰って帰った時は日を跨ぐギリギリだ。
流石に同居人も眠っているかと思ったら律儀に正座してわたしの帰りを待っていた。
「瑠美さん! おかえりなさい」
わたしを出迎えたのは生真面目そうな、眼鏡をかけた黒髪の女の子だ。
彼女は葉隠静香。小学中学時代の同級生であり、件のスケスケ防具を作った現在同棲中のわたしの親友である。
進路で家族と揉めて家を出てきたところで再会して、部屋余ってるからとうちに置くことにしたのだ。
ダンジョン配信者になるきっかけをくれたのも彼女なので、彼女が出て行かない限りはいつまでもうちにいてもらうつもりだ。
「静香起きてたんだ。ただいまー。これお土産のカニ」
「わっ、すごいです! どうしたんですか?」
「配信の帰りに知り合いと会ってね、もらった」
「良いご友人さんですね。お礼をしませんと」
「大丈夫大丈夫。昔の貸しを返してもらったみたいなもんだから」
「そうですか?」
静香にはわたしが魔人と戦うお仕事をしていることは知らない。そもそも魔人の存在が一般に周知されていないのだから言えるわけないのだが。
「そーだよ。それより配信見てくれてたねー」
「はい! 瑠美さんの活躍ですからね、しっかり拝見させていただきました」
「どうだった?」
「凄かったです。
「それは言い過ぎだよ。心配かけたのはごめんね。でも大丈夫だから」
織野華。
織野華の探索チャンネルというチャンネル名で、博多の最難関ダンジョンをメインに活動するソロ探索配信者である。
チャンネル登録者数は500万人を超えており、ルックスと絶大な剣技によって人気を博している若手トップの探索者。
剣姫、閃光、規格外、EXランク探索者、単騎国家転覆戦力、博多の虐殺剣士、九州最強、剣以外を捨てた女、オモシレー女、頭のおかしい女、女の形したゴリラ、人外な方の剣士、薩摩隼人の生まれ変わり、頭薩摩の妖精、生まれる時代を間違えてないけど間違えてる女などと呼ばれている。
わたしがダンジョン配信者になった理由である。わたしは彼女とコラボするためにダンジョン配信者になったのだ。
彼女こそ、あの日わたしの首を落とした勇者。あの美しい剣の使い手。
再び巡り会えたのならば、真似しなければ気が済まない。
その剣を今度こそ修得する。それこそが今世で課したわたしの至上命題だ。
そのために彼女に教えを乞う。
しかし、普通に会いに行っても相手は有名人だ。取り合ってくれない。
ならばこちらも有名人になって配信者としてコラボ打診しようという計画である。
わたしはどれくらい彼女に近づけているのだろうか。
「…………」
「瑠美さん?」
「ああ、ごめん。考え事してた」
「お疲れでしょうし、休んでください。お風呂沸かしてありますから」
「おー、流石静香! 良いお嫁さんになるよぉー」
「恐縮です。なんとお風呂上がりのアイスもあります。お高いやつです」
「最高! ありがと静香ー!」
「ひゃぁ!?」
嬉しさのあまり抱きついてしまった。可愛らしい反応で、思わずイタズラしたくなる。
手が出かけたのを寸前で堪えてお風呂へ。完璧な温度と温泉の入浴剤に手を叩く。
「はー。静香は良いお嫁さんになるよー」
持つべきものは素晴らしい技術を持つ気の利く友人だ。
お風呂でダンジョンの汚れを落とし、しっかり温まって念願のお高いアイスをいただく。
「はぁ、美味しい。すごく贅沢してるって感じ」
「ふふ、良かったです」
「髪まで乾かさせちゃって悪いね」
わたしは濡れた髪を静香に乾かしてもらっていた。
わたしの髪は魔力を貯めるタンクにもしている為、非常に長く手入れと乾かすのが大変なのだ。
それを言ったら静香がやってくれると言うから任せてみたら大正解。
彼女の手際はプロと言ってもよいくらいで、器用にわたしの髪をまとめテキパキと乾かしてくれて以来、任せっぱなしだ。
「良いですよ。ただで住まわせてもらっていますから」
「それは家事とか買い物とかしてもらってるので十分だよ」
「私的に十分じゃないので。それに瑠美さんの髪はキラキラで綺麗ですし、触り心地も良くて好きなので合法的に触られる機会を逃す私ではないのです」
「物好きだなぁ」
「恐縮です」
アイスも食べ終わり髪も乾かしてもらえばもう1時近い。
明日も配信することを考えたらもう眠らなければいけない。
「んー、もっと静香と話したいけどそろそろ寝ないとね」
「明日も配信ですか?」
「今話題になってるからね。鉄は熱いうちに打てだよ」
「気をつけてくださいね」
「うん、気をつけるよ。静香は?」
「私は素材加工と製作のお勉強です!」
「まっじめー。春休みだし遊んだりすれば良いのに」
「大学までにもっと実力をつけたいので。それにいつまでも瑠美さんに、あんな防具を着せられないですから!」
「静香のそういうところ好き」
「はぅ……いきなりはずるいです、瑠美さんのそういうところ嫌いです」
静香が茹蛸のように真っ赤になる。
「あははー。真っ赤、かわいいのぅ」
「もー! からかわないでください!」
「まー、しばらくはあのままだよ。着心地いいし」
「私的にダメです、瑠美さんのお肌を配信でお見せするだなんて! すぐに新しい防具作っちゃいますから!」
「また土下座しないように頑張ってね」
「頑張ります」
「じゃ、寝よっか」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみー」
部屋に戻って寝る前にエゴサでもしようかとDXを立ち上げたところで、二宮金三郎のマネージャーさんからDMが来ていることに気が付いた。
通知が煩すぎて切っていたが見てみると、迷惑をかけた謝罪について深淵の叡智の本拠に招待してくれるという。
配信の許可も出ている。最短で明日、というか今日でもOKだという。
「ダンジョンに潜ろうかと思ったけど、クラン本拠で魔術Gを出演配信とかまた盛り上がりそうだし、こっちにしよう」
魔術講座と銘打って魔術Gの技術とか、わたしの技術とかを紹介する。
「うんうん、良さそうだ」
そういうわけでさっそくOKして諸々の調整をお願いした。
さらにメールをチェックしているとラビットウォークから連絡が入る。
『ぐじゅ……』
「えぇ……最初から泣いてる……」
何があったのか。
『首飾り、逃げたって……アタシが良く見てなかったから、ぐしゅ』
「首飾りが消えた?」
まさかわたしが首を斬った。確実に死んでいるとわたしとラビットウォークで確認したはずだ。
それなのに死体が消えた。いや、逃げた。
「映像は?」
『これ……』
輸送車から出てくる男。
顔は見えないが、首飾りの技を使い警備員を倒していることから首飾りであろう。
しかし、どうやって生き返ったのか。あるいは死んだふりをしていたのか。
「……」
『ねえ、どうする? どうしたらいいと思う?』
「…………」
『ねえ、無視しないでよ、アタシたちの任務対象だったんだし』
「…………」
『ぐす……ねぇねぇったらぁ……』
「うわ、ごめん。ちょっと考え事してた。考えてもわからないし、とりあえずこの隊長に報告しよう」
『報告はしておいたわ……』
「流石、仕事が速い。とりあえず待機で。いずれ何かあるでしょ」
『うん……』
どうやらかなりショックであったらしい。
わたしもそれなりにショックであるが、ここまではない。それに通話越しとはいえ、かなり落ち込んでいる人がいると逆に冷静になる。
「まあ? 次見つけたらまたわたしが倒してあげますよ」
『はっ? 今度はアタシが倒すし! 見てなさいよ!』
「じゃあ、そういうことで。メッセージ連投はしないでね」
通話を切って、わたしは首飾りについて考える。
何を見落としているのだろうか。
結局、わからず隊長からの連絡はひとまずはおとがめなし。
首飾りに対して調査を続行するということであった――。
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