第7話 魔人 ランク圏外:首飾り
ダンジョンが世界に出現してから50年。
多くの人間がダンジョンに潜った。
中には、悪人もいた。
ダンジョン内で犯罪を犯した者をダンジョン犯罪者という。
ダンジョン内は基本的に無法地帯とされてはいるが、秩序がないわけではない。
探索者同士の助け合いだとか。モンスター討伐に関するマナーであるだとか。
一定のルールがある。
ダンジョン外と同じく悪いことをすれば犯罪者となる。
しかし、中にはそんなこと関係ないと悪事に手を染める者たちがいるのだ。
そして、その中には特殊な処理をしたモンスターの血を摂取することで人間を超えた超常的な力を得た存在すらいる。
赤く染まった瞳を持ち力のままに悪を成し、世界に災厄を撒き散らす者たち。
彼らのことを普通のダンジョン犯罪者と区別して魔人と呼んだ。
〇
「はぁ、寒い」
ダンジョン配信を終えたわたしに協会から仕事が与えられた。
疲れてはいたけれど、他に対応できる人がいないとかで仕事を受けた。
そして、着替えたわたしは宗谷岬ダンジョンの下層を歩いていた。
宗谷岬ダンジョンは日本最北端ダンジョンなだけあって氷の園であり、とんでもなく寒い。
あまりにも寒すぎて魔力すら凍り付く勢いである。
増加したチャンネル登録者数やフォロワー数に上がっていたテンションも、しおしおのへなへなになりわたしはここから帰りたくて仕方なかった。
しかし、仕事があるため帰るわけにはいかない。この後カニとか奢ってくれるらしいのでしっかりとこなそう。
今このダンジョンでは、首飾りと呼ばれる殺人犯がいるのだという。
ダンジョンに入ってきた探索者たちを殺して首を飾りつける悪趣味な犯罪者だ。
わたしの仕事はこの事件の解決になる。
「目標はだいたいこの辺に出没するって話だけど」
見渡す限りの氷原にはわたし以外の影すら見当たらない。
どこかに隠れているのか。
探しているとスマホが鳴る。
「はい、わたし」
『アタシよ』
「どなたで?」
『アタシだって! ラビットウォーク!』
「…………」
かけて来たのは同僚のラビットウォークだ。
今回の首飾り捜索に一緒に駆り出されていて、彼女はもう少し上のフロアを探している。
『ねえ、ちょっと! なんで黙るのよ! なんか言いなさいよ!』
「…………」
『見つかったの? もしかしてやられたとか? ふ、これだからインビジブルエッジは』
「…………」
『ねえ、無視しないでよぉぐす……』
「泣いたので反応するけど、見つかってない」
『ちょっと、話せるなら最初からはな――』
わたしは電話を切った。わたしの目にようやく目標の魔力が見えたからだ。
普通の人間の魔力は青色に近い。属性変化を加えると色味は変わるが基本は澄んだ青だ。
対して目標の魔力は赤紫。モンスターの魔力色である赤色が混じって気味の悪い色合いを見せる。
蚊も殺せないような優男であるが、間違いない。
魔人だ。この場にいる首飾りで間違いないだろう。
「見つけましたよ、魔人首飾り」
「……は? 魔人? 首飾り? 何言ってんだあんた」
目標の男はわけがわからないと言うような表情をする。
しかし、わたしは見逃さない。わたしの姿を見た瞬間、瞳の中に敵意が宿り身体は戦闘態勢をとっていたのを。
わたしの姿は黒づくめのボディースーツに口元以外を覆い尽くすフルフェイスマスクというとのだ。
知るものが見たならばすぐにそれとわかる。
魔人粛清を目的とする協会の裏部隊
「あ、誤魔化さなくていいよ、わたし目が良いので」
魔人との戦いは人混みなどに紛れた魔人を見つけなければ始まらない。
大抵は魔人特有の赤い目を目印にするが、慣れた魔人はその目を偽装する。
わたしの目は魔力で魔人を見抜ける。それもあってわたしは探索者になった際、協会にスカウトされた。
まさか中学卒業したばかりの子供に魔人粛清なんて殺し屋みたいな仕事をさせるとは思ってもみなかった。
わたしもわたしで、強者と戦えそうと了承してしまったのだからどっちもどっちか。
「チッ、なんだよ。対応早くね?」
「あなたのやり方が悪かっただけ。斬った首を飾り付けていくなんて悪趣味にも程がある」
「アートだよ。で? 何席だ? オレは協会に何席分だと思われてんだ?」
「うちのこと結構知ってるんだ」
「有名だからな。ここ3年は特にだ。偽装の悉くが見破られて仲間殺されまくったんだ、嫌でも調べるさ」
それはわたしだ。
この3年、忙しくてまともにダンジョンに潜ってる暇がなかったのは、敵を見破る探知装置としてどんな任務にも同行させられまくったからだ。
それで国内の魔人勢力をかなり削れた。そんな話を聞きつけた外国の対魔人組織にも出向させられて休みなしで働かされていた。
その分報酬も待遇も良かったけど。
おかげでわたしのランクはEのままだ。
「で、何席だよ」
「XIII席」
「下っ端も下っ端じゃねぇか。おいおい、せめてV席かIII席呼んで来いってんだ」
「あなたなんて、その程度だと思われてるんだよ」
ただこの程度の魔人が協会の暗部について詳しいのは少し違和感はある。
試してみるために首飾りが話している間にわたしは腰の剣を抜刀と共に一閃した。
「言ったな? ならおまえの首を晒して後悔させてやるぜ、さあどんな風にっうぉぉ!?」
並みの魔人ならこれで終わる。
しかし、男は2本の短刀で防いで見せた。
「防げるのか」
「あっぶねぇ。不意打ちとか卑怯だろ」
「魔人相手に卑怯も何もないと思うけど?」
そう言いながら内心で首飾りの実力を上方修正。
ランク圏外魔人というが、少しはやるようだ。最近、魔人の平均値が上がっているような気がする。
追い込まれた魔人が生き残るために進化をしているのかもしれない。
不謹慎ではあるのはわかっているが、その事実が少しだけ嬉しい。わたしが真似したくなるほどの実力者が生まれやすくなるのだ。これほど嬉しいことはない。
「良いね」
「あ? 何が良いんだよ」
「さあっね!」
再び首飾りに対して剣を振るう、今度は正面から。
わたしの一撃に対して首飾りは回避ではなく防御を選択。女だからと侮ったか。
身体強化率を急上昇させる。
「っ!」
目の前で急速に上がった剣速に首飾りは意表を突かれる。
それでも首飾りは反応した。
剣と短刀がぶつかり合うが、拮抗は一瞬。わたしの方が強い。
「うぉっ! なんて馬鹿力だ」
「ちなみにXIII席で落胆してたけど、わたしがこの席に座っているのはわたしが入るのが1番遅かったから。実力で言ったら上から数えた方が早いよ」
「はっ! 口じゃなんとでも言えんだろ!」
「じゃあ体験させてあげるよ」
わたしは右手で剣を振るいながら、左手を首飾りに向けた。
その瞬間、首飾りの胸が何かに貫かれた。
「は? ごふっ……何、だ?」
「さあ、なんでしょう」
答えは簡単、魔力だ。
ロックマウントドラゴンと戦った時にやった魔力剣と原理は同じである。ただ圧縮していないだけだ。
もともとはこちらが先にあって、ドラゴンを殺すための強度と切れ味を得るために圧縮するようになったのだ。
異世界では魔術師が近接戦闘を行う際に使用する一般的な技術である。
魔力はこの世界の人間は魔力を見ることができない。そのため圧縮していない魔力剣は不可視の刃となる。
だから、わたしの二つ名は不可視の刃、インビジブルエッジ。種を知らなければ、気が付かぬうちにやられる初見殺し性能の高い技だ。
これを協会で見せてしまったのと、この目が合わさって協会にスカウトされたというわけだ。
「じゃあ、さようなら。首飾り」
わたしはそのまま魔力剣で首飾りの首を刎ねた。
「ふぅ……終わり。さあ、カニカニ~」
後始末を協会の清掃部隊に頼んでわたしはお土産のカニをもらって帰路についた。
〇
魔人首飾りの死体は回収班に回収され、遺体はダンジョン研究所へと送られることになっている。
現在、魔人となった人間を元に戻すことはできない。しかし、研究をすればいつかは戻せるようになるかもしれない。
そのために魔人の死体は有効に活用される。
その輸送車の中で、死んだはずの首飾りの目を開けた。
すると首から下が再生していく。さながらそれはドラゴンのようですらある。
「ふぅ……」
立ち上がり、まるで仮面を脱ぎ捨てるかのように髪をかき上げる。
前髪を上げたことで顔はあらわになっているはずだが、どういうわけか顔に深い影が落ちていてその顔を見ることはできない。
「なるほど、あれが不可視の刃か。種はわからないがなんとも厄介なものだ」
そう言いながら影の中の口元に笑みが浮かぶ。
「だが、それでこそだ。それでこそ真似し甲斐がある。また会おう、インビジブルエッジ」
男は輸送車のドアを開けて悠々と外へ出る。
異変を感じた輸送員が向かうが、彼らはその瞬間に首を斬られて絶命した。
「首刈りの腕だけは一流であったな首飾り。もう覚えたが、品のないことだ」
笑みを浮かべた魔人は、闇の中に消えていく。
魔人は特殊な処理を施したモンスターの血を飲むことで成る。
そして、その時に飲んだ血により異能を得ることもある。
彼が飲み下したモンスターの血は、ドラゴンとドッペルゲンガー。
得た異能は不死のごとき再生と技能を手に入れる力。
彼こそ世界最大の魔人クランを率いる魔人の首魁。
名前、国籍、全てが不明。
付けられた名は千貌。
いずれ瑠美の前に立ち塞がる敵である。
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