第2話 ダンジョン配信者 元枝瑠美
ダンジョンについての話である。
50年前、この世界の至るところダンジョンと呼ばれるようになる青白いゲートが同時に出現した。
内部には広大な空間、階層が広がっており、強大なモンスターが跋扈していた。そして、報酬と言わんばかりに様々な資源やアイテムが眠っていた。
そんな危険なダンジョンを探索しモンスターの素材やアイテムを集める者のことをダンジョン探索者、あるいは探索者と言う。
そして近年、MeTubeを用いその様子を配信することが流行っている。
人は彼らのことをダンジョン配信者と呼んだ。
うまくいけば一攫千金を狙え、芸能人のような有名人にもなることだってできる可能性がある。
異世界から転生した元ドッペルゲンガーのわたしもまたそんなダンジョン配信者になろうとしているひとりであった。
「はーい、見えてるかな? 初めましてこんにちは! 元枝瑠美です! これから渋谷ダンジョンで魔術師ソロ攻略配信を行っていきたいと思います!」
ダンジョンには階層があり、その様相や出現するモンスターはダンジョンごとに異なる。
渋谷ダンジョンは、東京に存在するダンジョンの中で最もオーソドックスなダンジョンであり初心者にもやさしいとされているダンジョンである。
ダンジョン配信を開始したが、コメント欄に動きはない。
同接は1であるが、これはわたしが配信をやるきっかけを作ってくれた親友である。
おそらくパソコンの前で正座をして真面目にわたしの配信を見ているに違いない。
ちょっと挨拶をしてあげようと右手をふりふりーとしたところで同接が2になる。
:魔術師ソロと聞いて、ってなんだその衣装!?
「おっ、いらっしゃいませー。今親友が見てるから、身内以外だとあなたが最初だー! そしてこの防具は親友が作ってくれたオリジナル防具だよ」
:すごく……スケスケ、です
わたしが着ている防具はコメントの言う通りスケスケである。
もちろんそれはわたしの趣味というわけではない。
これには事情がある。
親友:うぅ……私のスキルレベルがもっと高ければ……
その事情とは、今後悔をコメントしている親友である。
親友はわたしがダンジョン配信者になるきっかけをくれたいわば恩人である。
真面目が服を着ていると言ってもよいほどの好人物であり、わたしの唯一の友人だ。
中学卒業以来、高校にもいかず探索者になったため、疎遠になっていたが高校を卒業した彼女とハチ公前で運命の再会を果たした。
再会した彼女はダンジョン探索大学の縫製科へ入学することになっていた。
わたしは、真似したくなるほど才気あふれる親友の応援をするべく防具製作を依頼したのだ。
その依頼の為に渡した素材は、日本ダンジョン協会の仕事の報酬でもらった深層のメルアァクラゲの皮である。
ダンジョンには各々階層がある。協会により、上層、中層、下層、最下層、深層、深界と危険度によって区分けがなされている。
深層は上から2番目に高い危険度を誇る難所であり、その素材を加工するには大企業や大工房の親方レベルの加工スキルが必要になる。
高校を卒業したばかりの独学素人の親友が扱えるようなものではない。
しかし、親友はやってのけたのである。スキルレベルが足りず、加工できるギリギリまで素材をそぎ落とした結果、スケスケにはなったが期日までに衣服の形に加工した驚愕すべきことである。
「スケてるけど、性能は問題ないから大丈夫だよー」
この防具ならば中層あたりまでならば、傷一つつかない。薄くなっても深層の素材を使っているだけのことはある。
:スケスケの痴女が配信していると聞いて
:うおっ、本当にスケスケだ
:ふぅ……
どうやらこの衣装が一部で話題になっているようで、徐々に同接が増えてきている。
ドローンカメラへの映り方によっては、黒インナーしか着てないように見えるのだから、話題にもなろう。
ダンジョン配信は、諸々の事情から使い古した輪ゴムのように規制が緩いため、たとえ黒インナーだけの状態に見えていようとも問題はない。
問題はわたしの羞恥心だけである。だが、それも目的のためならば覚悟済みである。
有名になってトップダンジョン探索配信者とコラボすることがわたしの目的である。そのためにも、わたしはその人と並んでも問題ないくらい有名に話題になるのだ。手段は選ばない。
「じゃあ、そろそろ行くねー。魔術師ソロがどこまでいけるか見せてあげるよ」
コメントに反応するのは楽しいが、このままでは話が進まない。
わたしはさくっと渋谷ダンジョンへ入場してしまうことにする。
探索目的でダンジョンに入るのは、久しぶりでなんだかわくわくする。
深呼吸をして青白いゲートをくぐる。
薄膜を破り、世界に生まれ出るかのような感覚が身を包む。
光の中を通り過ぎると、わたしは巨大な洞窟の中に立っている。
渋谷ダンジョンの第1階層である。
渋谷ダンジョンは現在も攻略途上のダンジョンである。
最大到達階層は深層81階層であり、おそらく100階層ほどはあるのではないかと目されている。
:魔術師ソロってことは、ランク高かったりする?
「ランクねー。なんとEランクだよ!」
証拠として探索者ライセンスを見せてやる。
そこにはわたしの顔写真とEランクと書かれている。
探索者になったのは中学を卒業してすぐであるが、この3年間は協会にスカウトされて別の仕事をしていたためランクを上げる機会がなかったのだ。
協会に言えば、そこそこランクを上げてくれるとは思うが、話題性の為にも上げずに配信を開始したわけである。
;まごうことなき初心者で草
:おっ、自殺志願者か?
:ぽろり期待
:首ポロリだぞ
「首ぽろりは1回したことあるから、勘弁したいなー」
;ん?
:は?
:はい?
:なんですと?
思わず口が滑ってしまった。
別に隠すわけではないが、人気配信者になるためにも余計なことは言わないようにしなければ。
:てか、その髪地毛なのか……
良い感じの質問があったため、それで話を変えることにする。
「そうそう、この銀髪地毛なんだよね。すごいでしょう。目もすごいよ」
わたしを良い感じに撮影するように自動で追従しているドローンカメラを手に持って、目をアップで見せてやる。
わたしの目は、ドッペルゲンガー時代のそれであり銀粉を塗したような紫の虹彩に、黄金十字の瞳孔をしている。
これがとても便利な目なのだ。
:きれいだ……
:ガラス玉かな?
;宝石ですか?
:なぁに、これ
:カラコンじゃないってマジ?
:アニメか?
:猫?
「すごいでしょー。これのおかげで親にダンジョンに捨てられて、モンスターに食べられかけてたところを救われて施設育ちの最終学歴中卒なんだよね!」
わたしはこの目と髪が原因で親にダンジョンに捨てられた。
死ぬところだったが、探索者に助けられ元枝孤児院という施設で育ったのだ。元枝瑠美というのも院長がつけてくれた名前である。
:辛っ……
:(´;ω;`)ブワッ
:いきなりお辛い過去出してくるのはNGでござる
この銀髪も目も魔術を使えば隠せるが、隠さなかったのは目立つからという理由に他ならない。
反応的にもわたしの目論見に間違いはなかったようだ。
「それじゃあ、さくっと探索していこうか。とりあえずさっさと中層を目指すよ」
ともあれ、探索開始である。
といっても緊張感というほどのものはない。
渋谷ダンジョンの上層は、20階層ありそのすべては既に探索完了地帯とされている。
詳細な地図はネットで無料公開されているし、出現するモンスターの情報も周知されている。
「おっ、モンスターが来たよ!」
;おっ、でたでござるな最弱
:ああ、あいつかー
:あいつの糸で作った服着心地良くてずっと着てるぜ
:洗濯しろよ
:安心しろ、五着着まわしてる
:気に入り過ぎだろ……
現れたのは、角の生えた巨大な芋虫だ。
巨大とは言っても、ダンジョン外の芋虫と比べての話であり、せいぜいわたしの足くらいのサイズ感である。
「ニードルキャタピラーですね。準備運動として倒しちゃいましょうか」
初戦闘だ。
まずここでわたしが普通の新人魔術師とは違うというところを見せつけなければならない。
そのために使う魔術は既に選択済み。
照準代わりに手をニードルキャタピラーへと向ける。
わたしの発する魔力に気が付いたニードルキャタピラーが、こちらに向かって突撃してくるが遅い。
わたしの手の内から生じた雷の槍がニードルキャタピラーを貫き黒焦げにする。
:!?!?!?
:雷!?
:え、は? 詠唱したでござるか?
:えええええええ!?
「あっ、もう1匹いますね」
次は地面から生じさせた氷の牙で刺し貫く。
:氷!?
:だから詠唱は!?
:え、なに、何が起きてるの、こわいよぉ
コメント欄の反応にわたしはほくそ笑む。
「さあ、それじゃあどんどん進みましょうか」
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