第3話 異世界の魔術

 この世界にも異世界にも魔術という技術がある。

 多くの人にとって魔術とは、火、水、風、土のいずれかの要素を操るものである。

 そして、詠唱をしなければ使うことができないものである。


 :雷と氷って、どうなってるでござるか?

 :火の魔術で熱を奪ってとか?

 :それでできるならみんなやってる

 :そもそも魔術って全然自由じゃないしな

 :使いにくいんだよなぁ

 :無詠唱の方がやべえよ


 わたしが使ったのは異世界の魔術だ。

 ドッペルゲンガーとしてわたしは魔術師にも化けたことがある。宮廷魔術師だったからあらゆる魔術を覚えなければ化けられなかった。

 わたしは頑張って全ての魔術を覚えた。その魔術はこの世界に転生しても忘れていない。ドッペルゲンガーは忘れない生き物だ。


 幸いなことにこの世界の魔術も異世界の魔術も原理は同じであったのだ。そうなれば大前提となるも共通なのは自明の理である。

 違いは発見されているかいないかのみだ。あと何十年かすればこの世界でも使自然と見つかっていくはずである。


 しかし、発見されていない以上、今は誰も使えない、わたしを除いて。

 異世界で覚えた術式を、魔力が見える目がなければ不可能な、精密精緻な魔力コントロールで正確に記述する。

 そうすれば、異世界の魔術でも発動する。


 初めて見る魔術、無詠唱。とても目立つ。これがわたしの秘策である。

 だれもやったことがない、できるわけがないと思われていることをやるという要件を満たしているおかげで反応は上々だ。


 :いやいや、これフェイクじゃね?


 中には疑っている者もいる。

 確かに信じるのは難しいだろう。この辺は想定内。

 わたしが近場のダンジョンではなく、渋谷ダンジョンを選んだのはこれを想定してだ。


「じゃあ、見に来る? 渋谷ダンジョンの1層のゲート近くにいるから来ていいよー」


 :よっしゃ、見に行くぜ

 :行ってこい勇者よ

 :お土産よろしくー

 :くっ、右腕の封印さえなければ

 :拙者も行きたかったでござるー、ダンジョン攻略してさえいなければ

 :配信見てないで攻略に集中しろ、死ぬぞ


 ここは探索者が多いから見に来やすい。配信でフェイクと疑われるなら直接見せてやれ、だ。

 わたしはゲート近くでモンスターと戯れながら雷と氷以外のこの世界ではまだない魔術を使用する。

 光と闇とか。ただ闇は使い勝手が悪いというか見映えがよろしくないので、もう使わないかもしれない。


 :マジだった! マジでスケスケの痴女いた! 胸結構ある!

 :そっちかーい!

 :いや、それはそれで気になるのもわかる

 :大きい胸ですか……ふむ、続けて?

 :胸の話か? 丸くてぇ

 :ちげーよ!

 :丸くては草

 :もっとあるだろ!

 :わかってるよ、マジで火水風土属性以外の魔術使いまくってる、詠唱もしてねえ!

 :うっそだろ……

 :世界壊れるでござる……

 :ござるは早くダンジョン攻略に戻って、仕事でしょ


「嘘じゃないと信じてもらえたところでさっさと行けるところまで行ってしまおうか。ちょっとここで時間使っちゃったからしばらく走っていくね」


 魔力循環で身体強化して走る。


 :早!?

 ;魔術師の出せる速度じゃなくて草でござる

 :あの、中層戦士の俺が全力で追ってるのに追いつけないのだが……

 :魔術師とは……?

 :疾走する下着女のこと

 :風評被害やめろ

 親友:い、一応、防具着てますから

 :一応(スケスケ)


 わたしは魔力が見えるからロスのない完全な魔力循環ができる。

 そのため魔力切れの心配なく効率の良い身体強化ができ、魔術が使えるというわけだ。


「走ってばかりだと面白くないので、敵倒しながらいきますね」


 走りながら魔術を5種類起動する。

 どれも基本のバレット系の魔術であるが、少し術式を弄って一定範囲に近づいたモンスターをオートで攻撃するように設定した。


 :何これ移動要塞?

 :なんだそりゃぁぁぁ!?

 :モンスターが近づいたら勝手に虚空から魔術が飛んでいってるのですが、これは?

 :魔術師ってこんなことできんの!?

 :できねーよ!!!

 :魔術Gならワンチャン?


 更にわたしは魔力で手を作って死体を回収している。モンスターの死体は探索者の貴重な収入源なのだ。

 魔力の手で拾って亜空間に保存。魔力操作の修行にもなって良い。


 :モンスターの死体が勝手に浮かんで消えてくのだが?

 :見間違いだろ


 視聴者も何が起きているのかわからないようで何よりだ。

 わたしのことが話題になる種になる。


「上層はここまでかな」


 そそくさと20層までやってきた。

 モンスターも弱く上層で苦戦することはない。探索者も多く、探索され尽くしているから最短ルートも確立されている。

 短い時間で中層まで来ることができた。


「中層まで来ました! このまま行っちゃいますね」


 :はっや

 :本当に魔術師でござるか?

 :本当にEランクか?

 :大型新人現る

 :ダンジョンを疾走する痴女がいると聞いて

 :新しい魔術使ってると聞いて

 :とりあえずチャンネル登録しました


「チャンネル登録ありがとうございますー!」


 同接も増えているし登録者数も増えている。

 順調だが、ここで油断してはいけない。今いる人たちを固定客にするため面白い配信をしなければならない。


 中層を抜けて目指すは下層だ。

 中層へのゲートを潜ると身体全体に圧力をかけられたのを感じる。

 この圧力は、ダンジョンに満ちる魔力による圧力で魔力圧という。いわゆる水圧のようなものだ。


 探索者のランクはこの魔力圧への耐性と実力および実績で決まる。

 魔力圧への耐性はダンジョンに潜ると上がっていくが、耐性以上の魔力圧にさらされると破裂して死ぬ。


「中層の魔力圧を感じますね。まだまだ余裕そうなので、さっさと下層に行っちゃいますね」


 中層は森林となっている。

 出てくるモンスターは狼系やゴブリン、オークと言ったなじみ深いものたちが現れだす。

 ダンジョンは中層からが本番と言われている。油断だけはしないようにしなければならない。油断した探索者の末路は死と相場が決まっているのだ。


 :今日配信始めたばかりのEランがもう中層でござる

 :しかもスケスケ痴女のソロ魔術師

 :さあ、楽しくなってまいりました!

 :行けるとこまでいっちまえ

 :煽るな煽るな

 :突然で申し訳ありません。

  魔術師クラン「深淵の叡智」二宮金三郎のマネージャーです。

  貴女の使う魔術にアホ……ではなく、マスターが興味を示しそちらに向かってしまいました。

  もし出会ってしまったら、適当にあしらってください。

 :ん?

 :これは……

 :あー……


「ん? 深淵の叡智マネージャー? 二宮金三郎って……」


 :魔術Gだぁぁぁ!

 :残当

 :まあ来るよな、魔術マニアだもんな

 :来ない方がおかしいもんな

 :魔術について少しでもDXで呟いたらリプ飛んでくるからな、俺フォロワー1人だったのに

 :さすが魔術エゴサジジイ

 :EXジジイに目をつけられるなんて、ご愁傷様でござる

 :終わったな、おつかれー

 :ある意味、バズりチャンスでは?


 にわかに活気づくコメント欄。

 わたしはと言えばどうしたものかと考えていた。


「えーとぉー」


 クラン『深淵の叡智』、探索者なら聞いたことのない者はほとんどいないだろう。

 深淵の叡智は日本にいる公式のEXランク3人のうちの1人がマスターのクランだ。

 最初の魔術師 二宮金三郎。魔術狂い、魔術コレクター、魔術ジジイ、魔術Gなどと呼ばれる御歳60歳の現役探索者である。


 ダンジョンが生まれてから50年。

 人生の全てをダンジョンと魔術に捧げた怪人。


 :そろそろ着弾します

 :早くね?

 :知らねえのか、ジジイロケットを

 :あっ(察し)

 :上からくるぞ、気をつけろ!


「着弾? ってうそぉ!?」

「ワハハハハハハ!」


 高笑いをしながら爆発音を連続させた老人が、わたしの目の前に文字通り着弾した。


「わしが来たぞ! さあ、新しい魔術を見せよ小娘ェ!」

「えぇ、爆破魔術を連続発動させてその衝撃で高速飛行って、アホなの……???」


 :安心しろ、アホだ

 :魔術バカだぞ

 :行動力の化身だからな、諦めろ

 :でも、面白くなってきたな!


「さあ、行くぞ小娘ェ! 【】!」

「っ!」


 二宮金三郎が詠唱すると同時、その両腕が翻る。

 わたしの目には見えていた。

 彼の目の前に口述によるが。


 その刹那、炎と風の魔術が同時に放たれた。



 

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