第4話 魔術G
何度も言って申し訳ないが、未だ魔力を視る眼を持たないこの世界の人間の魔術師は、詠唱しなければ魔術を使えない。
そのため同時にひとつしか魔術を行使できない。
「さあ、どうする小娘ェ!」
その大前提を最初の魔術師 魔術狂い二宮金三郎は覆す。
男は同時に炎と風の魔術を放ってみせた。
まさしく曲芸と言って良い。人生の全てを魔術に注いできたのだろう。
堆積された努力の様が、その堆積を支える才能の支柱が放たれた美しさすら感じる魔術から感じ取れてしまう。
「あぁ……」
まずいとは思ったが、ドッペルゲンガーの本能には抗えなかった。
あろうことかわたしは感激のあまり防御を忘れてしまった。
風の魔術により威力を底上げされた炎の魔術がわたしへと直撃し爆裂する。
「最高だなぁ」
衝撃で吹き飛ばされながらも、わたしの気分は最高だった。
わたしが目にするべき才能はまだまだこの世界には多い。
「防具に救われたか? ならばこれはどうだ! 【水よ】」
言葉とともにその両腕が翻る。
発動する2つの魔術。
「すごいね、まさか手の動きで詠唱するなんて」
「ほう! 気が付くか! 流石だな小娘ェ!」
言葉をもって法則を記すことで魔術は発動する。
「手話もまた言葉であろう! ならば詠唱出来ぬ道理がどこにあるというのか!」
二宮金三郎は、詠唱と同じ意味と効果を持つ手話を創り上げたという。
だから口での詠唱と手話による二重詠唱が実現した。
さらに言えば詠唱を短縮までしている。
:手話で詠唱ってなんでござる……?
:それできるのはお前だけ定期
:寸分の狂いなく手を動かさなきゃいけないの普通に無理なんだが
:どうやって見つけるんだよ、そんなの
「これだから天才は……」
好きになってしまいそうになる。
こればかりは根強く根付いたドッペルゲンガーとしての反応なのだから仕方ない。
仕方ないがわたしは一途であることをここに明言しておく。誰彼構わず才能ある相手にときめいたりしないのだ。
「さぁ魔術を見せろォ!」
「お望み通り見せてあげるよ!」
氷、雷の2種を法則記述。
二宮金三郎が放った水と土の魔術を真正面から迎撃する。
「素晴らしい! 雷と氷か! 新しい魔術だ! もっと見せてもらうぞ! 【炎よ】」
二宮金三郎が両手を翻しながら、突然その場で踊り出す。
わたしの目には3つの術式。
炎、水、風が二宮金三郎から放たれる。
そのからくりは足元だ。
「足跡で詠唱を記述したのね!」
「その通り! よくぞ見抜いた小娘ェ!」
:魔術Gが3つ同時に魔術を使ってる件について
:いいだろ? 魔術Gだぜ?
:さすEX
:どうやってんだよ
:さっきまで疾走しながら5種同時に使ってた新人がそこにいるんだよなぁ
:どうなってんだよ
:やばいでござる
「ワハハハハ! 当然だろう。わしは最初の魔術師じゃぞ! 生まれてからひと時足りとて魔術について考えなかったときはないわ!」
:魔術が生まれたのって何年前だっけ
:45年前とかじゃなかったか
:あの人60歳だよな
:生まれてから15年はただの中二病患者だったのだ
:今もだろ
放たれた魔術を迎撃する。
いつまでも親友の防具に頼っていては視聴者に良いところは見せられない。
相手が3つの術式を記述できるというのなら、わたしも3つまでで相手をしよう。
雷、氷、光で二宮金三郎の魔術を迎撃する。
わたしと彼の中間地点で魔術同士のぶつかり合いにより魔力爆発が巻き起こり衝撃がまき散らされる。
素晴らしい魔術師だ。異世界の宮廷魔術師にも彼ほどの熱意を持った魔術師はいなかった。
わたしがドッペルゲンガーであったのなら、喜んで彼に成り代わっているところだ。
「まだ新しい魔術があったか! あといくつある、全て見せろ!」
「いいよ」
火、水、風、土、木、氷、雷、光、闇、無、岩、空、幻、鋼。
致死性の高い死、毒などの属性と回復の聖属性を除いた14の魔術式を構築。
流石のわたしもここまでの術式を1度に構築するのは厳しいが、力を見せつけるにはちょうど良い。
もっとも基本的なバレット系で構築。威力は直撃しても死なない程度に改変し放つ。
結果、派手に光が出て砂煙などを巻き上げるが、相手にはそれほど打撃を与えていない光景のできあがりだ。
:うおおおおおおお!
:すげえええええ!
:今この時だけで、魔術の歴史がめちゃくちゃ覆ってるんだが!?
:これは神回
:切り抜いてSNSにアップしたゾ
:有能
「ハハハハハ! 良いぞ、素晴らしい!」
そう言いたいのはわたしもである。
おかげで同接も増えている。
「しかし手加減はいかんぞ。小娘はもっと誇るべきだ。このわしの知らぬ魔術をたくさん知っておるのだからな! よし褒めたぞ。全部教えろォ!」
:うーん、この
:褒めたら教えてくれると思ってらっしゃる?
:いつものこといつものこと
:てか、褒めてたか?
:普通自分より上が現れたなんかあるのでは
:ないない、この爺、自分より優れたところがあるとすーぐ教え乞いに来て自分のものにしていくから
:強いでござる
「さあ、雷はどうやって使う? 無詠唱の理由は? 魔法ではないな、さあ、何が違う。どうやっている、その眼にからくりがあるな? 全て明らかにしろォ!」
雄たけびをあげながら、魔術を行使する様は怪人と呼ばれるだけのことはある。
:これ誰の配信だっけ、魔術G?
:新人ちゃんの配信だゾ
:新人ちゃん(なんか凄まじい数の新しい魔術使ってる)
:新人とは……?
:下着の痴女ですかねぇ
:もはやスケスケ衣装がかすんでるくらいに濃いことが起きてるんですが
:スケスケ衣装が霞んだら裸になるでしょ!
:天才か?
:君有能って言われない?
:全裸、私の好きな言葉です
「もちろん、お断りします!」
わたしは手の内を明らかなどにするつもりはない。
「ふむ、そうかしかたない。では、勝手にやらせてもらおう」
「はい?」
「あー、あー、たぶん、そうじゃのう、この辺。あっあっ、あー」
二宮金三郎が、何やら声のチューニングのようなことをし始めた。
「うむ、こうじゃな。で、詠唱はー、たぶんこう【雷の精霊よ、天にありし、神の槍を、わが手に示せ――雷槍】」
その瞬間、二宮金三郎の手の中に雷の槍が生じていた。
二宮金三郎の顔が笑みに歪む。
「ワハハハハ! よし、だいたいわかったぞ!」
わたしは自分の顔が引きつっているのがわかる。
魔力は視えないはずなのに、二宮金三郎はただ感覚だけで雷の法則を理解した。
理解して、自分で発動させられるようにした。
はっきりいってありえない。
異世界でも法則が確認されて、それが公開されるまで新しい魔術は使えないのだ。
それを法則が見つかっていない状態で、わたしの魔術を見て法則を逆算するなどどんな埒外が起きているのだというのか。
わたしはここに来てEXランクがどういうものかを実感しつつあった。
話に聞いていた人類最高峰ではなく、人類の規格外であると称される理由。
なるほど、確かにこれは規格外の化け物だ。
魔術狂い 二宮金三郎。
その性質とはつまるところ――。
「
魔術に対する異常な執着、理解し覚えるという点。彼は一部ドッペルゲンガーと同等の性質を有していると考えていい。
頭がおかしいとはこのことだ。
この男は自分が今、どれほどありえないことをしているのかわかっていないに違いない。
本当に人間とはすばらしい生き物だ。
今は自分もそうなのだと思うと、少しだけ誇らしい。
「他は、まあ難しいか。うちに雷の魔法使いがいるから、これはよく見ておったからな。うむ、やはり他の魔法使いを探すのが良いな。わしが魔術を覚える近道になりそうじゃわ」
「うーん、この……」
しかし、これはこれで話題にはなる。
それがわたしの話題じゃなくて二宮金三郎の話題であるというところが残念で仕方ないが。
:速報、二宮金三郎まで雷の魔術を使いだす
:どうなってんだ
:まあ、EX爺だし
:トレンドが爺一色だぞ
:いいだろ、魔術Gだぜ?
「良し満足したし帰るか」
そして突然、すんとなる二宮金三郎。
:うわあああああ突然落ち着くなー!
:落差で風邪ひくでござる
:安心しろ、既に風邪をひいているぜ
:寝ろ
:お大事にしくされ!
:風邪薬飲め
:お布団にぶちこんでやるぜ!
:優しいな、おまえら!?
:なんだこのノリ
:魔術師クラン「深淵の叡智」二宮金三郎のマネージャーです。
うちのバカがご迷惑をおかけしました。後ほどSNSの方で謝罪についてお話させてください
「チャンネルとSNSに登録したから、何か新しい魔術を使うならいうんじゃぞ。おっと宣伝もしておこう。わしDXのフォロワー数400万じゃからな! 感謝して新しい魔術を使うんじゃぞ」
「あ、ありがとうございます……?」
突然襲来した二宮金三郎。来た時と同じく突然帰っていった、高笑いと爆発音を響かせて。
「マネージャーさんも苦労してそうだなぁ……」
後に残ったのは、同接が増加したわたしの配信だけである。
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