第26話 再会
「どうしよう……」
「ばふ?」
会社への道のりが分からないちゅうじんは、思わずその場で立ち止まってしまう。ほとんどの人が急いでいるので、人に道を聞こうにも難しい。けど、ここまで来て引き返すのも違う気がする。ちゅうじんが悩んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「あれ? うーさん、どうしたんですかこんなところで」
「えーっと?」
突然話しかけられて、こいつ誰だ? となるちゅうじん。その姿は見覚えがあるし、声も聞いたことがある。そして、キテレツ荘の住人ではないことは確かだ。スーツを纏っているので、多田の会社の人だろうか。そう思っていると、相手が話し始めた。
「下条ですよ。以前、葵祭の時にお会いしましたよね?」
「あ、そうだったな! 一瞬、忘れてたぞ」
「忘れないでくださいよ〜。でも、前回あったのが二ヶ月ぐらい前なので仕方ないですね」
そう話す下条に、それもそうかと返すちゅうじん。とにかく下条と合流できたのは幸運だ。彼について行けば、多田の会社に辿り着ける。彼が余程の方向音痴でなければ。
「ところで、うーさんは何でこんなところに?」
「えっと、多田の会社に行きたくて……でも、会社までの道のりが分からないんだ」
「なるほど。でしたら一緒に行きませんか?」
「え、良いのか?」
ちゅうじんが下条に確認をとると、勿論ですよと言ってくれた。了承を得たちゅうじんは、さっそく下条の後をついていく。三分ほど歩いていると、隣を歩いていた下条が話しかけてきた。
「そういえば、どうしてうちの会社に行こうと思ったんですか?」
「それは……」
流石に、そちらの会社のことを調査したくて来ました、なんてことは言えないので、どう説明しようかと悩むちゅうじん。上手く説明できないと怪しまれるので、比較的ありそうな理由を考える。
そういえば、多田のやつ弁当忘れてなかったか?
ちゅうじんはそう思うと、すぐさまテレポートで多田の家に行き、リビングに置きっぱなしになっていた弁当箱を手に持つ。そして、一秒も経たないうちに下条の元へ戻ってくると、弁当箱の包みを見せながら話し始めた。
「あー、実は多田のやつ弁当忘れて出て行ったから、それを届けに来たんだよ」
「なるほど〜。先輩も案外抜けてることあるんですね」
何事もなかったかのように下条と話すちゅうじん。一方、キャリーケースの中にいたベンジャミンは、急に目の前の景色が変わったからか、ビビって身体を震わせていた。そんなベンジャミンの様子に気づくはずもなく、ちゅうじんは下条に話しかける。
「そういえば、普段のアイツはどんな感じなんだ?」
「んー、そうですね……。少々怒りっぽいですが、頼れる先輩ですよ。面倒見が良いんだろうなと僕は思います」
「へえ、そうなのか」
「家ではどうなんですか?」
そう聞かれたちゅうじんは、大体会社にいるときと変わらないのでは? と応えた。面倒見がよくお人好しなところは会社でも同じなようで、少し安心するちゅうじん。
家とは真逆だったらどうしようとか思っていたりしたのだが、そんな心配はしなくても良かったようだ。
下条と話をしていると、ここに入社する前は元ヤンだったという結構衝撃的なことが判明した。
「マジかよ。全然そんなふうには見えないんだが……」
「まあ、一人称や口調も直したりしましたからね。高校を卒業する頃には完全に足を洗いましたから、そんなにビビらなくても大丈夫ですよ」
「お、おう」
笑顔でそう語る下条に、若干恐怖を感じるちゅうじん。キャリーケースの中で、一連の話を聞いていたベンジャミンも怯えている。
と、そんな話をしているうちに会社に着いたようだ。大きな建物の入り口には、株式会社妙魅ツアーズと大きく書かれた文字が見える。どうやらここで間違いなさそうだ。
ビル内に入っていく下条にちゅうじんも続く形で足を踏み入れる。中に入ってみると、まだ朝だというのにスーツ姿の社員でいっぱいだった。ビルの中はほとんどがガラス張りになっていて、太陽の光が入ってくる構造になっている。
ブラック企業だと聞いていたので、もう少し暗い雰囲気なのかと思っていたが、案外そうでもないようだ。
「それでは受付の方に行きましょうか。僕は社員証を持っているので入れますけど、うーさんはお客さんなので、入場許可症を受付の方にもらわないと入れないんですよ」
「な、なるほどな」
結構セキュリティはしっかりしているようで、下条と一緒で良かったと思うちゅうじん。下条がいなければ会社にたどり着けたとしても、門前払いを喰らっていたところだろう。
そのまま下条について行くと、受付のカウンターが見えた。カウンターに着くと、若い女性スタッフに声をかけられる。
「社員証の提示をお願いします」
「はい。……あ、それとここの社員の忘れ物を渡すついでに、このビル内を見学したい人がいるんですが、大丈夫そうですかね?」
「あー、少々お待ち下さい」
下条にそう言われると、確認を取るためなのか、手元にあった受話器で連絡をとるスタッフ。
事前にせっかくだから社内を見学したいと言っておいて良かった。
そうちゅうじんが思っていると、確認が取れたようでスタッフが喋り出す。結果は見学しても良いらしい。ただし、下条の案内のもと行動するようにという条件付きだが。
それを聞いたちゅうじんがホッとしていると、スタッフの人から入場許可証を渡された。ちゅうじんはそれを受け取ると、許可証を首からぶら下げる。
「これで入れますね」
「わざわざありがとうな!」
「それでは、企画開発課の方に向かいましょうか」
下条にそう言われたちゅうじんは、元気よく返事をする。企画開発課のフロアは四階らしいので、近くのエレベーターから行くことに。下条が上の階へ向かうボタンを押すと、エレベーターの扉が開いた。
エレベーターに初めて乗るちゅうじんは、慎重に中へと足を踏み入れる。
「もしかしてこれに乗るの初めてですか?」
「あー、そうだな。自分の住んでた地域にはこんなのなかったし」
「そうなんですか。これはますますうーさんが、どんなところに住んでいたのか気になりますね」
下条がそう言いながら、数字の四が書かれたボタンを押すと、エレベーターの扉が閉まる。すると、突然の浮遊感に襲われたちゅうじんがうおっ! と声を上げた。その様子を見ていた下条は、微笑ましい表情を浮かべる。
上昇していく感覚を覚えながら、じっと着くのを待っていると、チンッ! という音が鳴り響く。どうやら四階についたようで、まもなく扉が開いた。下条が降りるのに合わせて、ちゅうじんも後から続く形で降りる。ちゅうじんが慣れない感覚に疲弊していると、下条が口を開いた。
「企画開発課まではもう少しなので頑張ってください」
「わ、分かったぞ」
しばらく下条の後を着いていくと、一つの扉の前で止まった。目の前には企画開発課と書かれたプレートが下げられている。どうやらここが多田の職場らしい。
「おはようございまーす!」
「おい。何、平然と遅刻キメてるんだよ。今日は朝から会議だろーが!」
「あー、すいません。この人が迷子になっていたので、案内しに来たんですよ」
下条が部屋に入ると、多田がこちらにやってきてお怒りの言葉を述べる。
朝から元気なもんだな〜。
ちゅうじんがそう呑気に思っていると、下条が言い訳をしながらちゅうじんの背中を押した。その力はかなり強く、ちゅうじんは一瞬フラついてしまう。顔を前に上げると、多田の驚く表情が視界に入った。
「お、お前何でこんなところにいるんだよ⁉︎」
「お前が弁当忘れたからに決まってんだろーが」
ちゅうじんは多田の疑問に素直にそう答える。すると次の瞬間、室内が異様な空気に包まれるのだった。
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