第24話 多田、一週間留守にする (後編)

 

 ベンジャミンが眠ってから一時間後。ちゅうじんは一週間の計画を立て終わり、夜中だというのにスナック菓子を摘み始めた。暇な彼はテレビをぼーっと見ながら、ソファでくつろいでいる。何とも怠惰すぎる生活を送っているのだが、今現在も一応、お仕事という名の情報収集は行っているのだ。こうしてテレビを見て、地球の文化を知ることも一種の情報収集なのである。


「にしても、やっぱりこの時間帯って面白い番組あんまり無いよな。まあこの時間帯、地球人は寝ているらしいから仕方ないだろうけど」


 今流れているのは情報番組なのだが、これと言って興味をそそられるものは映っていなかった。さて、どうしたものかと悩んでいると、ちゅうじんは重大なことを思い出す。


 そういえば、多田のことについて何も知らないじゃないか!


「これは、偵察隊長としての威厳に関わるのでは⁉︎」

「……急にどしたの?」


 思わず、自分の失態にソファから立ち上がるちゅうじん。突然大声を出したせいか、ベンジャミンが目を覚ましてしまったようで、ちゅうじんの方に近づいてくる。

 今まではキテレツ荘の住人や地球の文化を調べてきたが、ここに来て一番身近な存在である多田について調べるのを忘れていた。普通の偵察調査ならば、惑星の環境から生態、文化まで洗いざらい調べて、上層部に報告しなければならない。

 しかし、地球での暮らしがあまりにも快適なのと、通信が壊れているために定期連絡を取らなくても良いため、すっかり忘れてしまっていた。


「あわわ、どうしよう!」

「だからどうしたのさ?」

「って、起きてたのか」


 あまりに慌てていたちゅうじんは、ベンジャミンが起きたことにやっと気付いたようだ。せっかく寝ていたのに起こしてしまい、わずかに罪悪感を覚えるちゅうじん。 だが、今はそれどころではないのだ。この偵察隊長としてこの状況から脱しなければ、ルプネスに帰ってきた時に上司にドヤされかねない。


 これは困ったことになったぞ……。


 若干の焦りを見せるちゅうじんに、ベンジャミンが落ち着けと後ろ足で顔面に飛び蹴りをお見舞いする。犬のくせにその威力はなかなかのもので、正気に戻ったちゅうじんは、取り敢えずベンジャミンに説明をした。打開策は何かないかと考えていると、ベンジャミンがちゅうじんの方を向いて喋りだす。


「そんなの簡単じゃん。多田の部屋を調べれば何とかなるでしょ。多田の過去とかは流石に無理だろうけど、会社の資料ぐらいなら自室に保管してると思うよ」

「おお! ナイスアイデア!」

「いや、こんぐらい少し考えたら分かることでしょ。てか、何なら本人に聞けば良い話なんじゃ……」

「こういうのは内密に進めた方が面白いだろ?」


 ドヤ顔で話すちゅうじんに、確かに! と嬉しそうに返事をするベンジャミン。そうと決まれば、さっそく調査開始だ。確か葵祭でもらったパンフレットに、多田の会社名が記載されていたはずなので、それを探しに自室へと移動する一人と一匹。寝ている多田を起こさないように、足音を立てないよう慎重に歩く。



 無事に自室へとついたちゅうじんとベンジャミンは、散らかった部屋の中にあるであろうパンフレットを探す。一々、物を退けながら探すのも面倒なので、ここはお得意の念力を発動させて物を宙に浮かせる。手分けして探していると、ベンジャミンがパンフレットの入った袋を見つけた。


「これじゃない?」

「あ、そうだこれこれ。てか、ベンジャミンって文字も読めるんだな?」

「まあね。このボクを舐めてもらっちゃ困るよ」

「流石だぞ!」


 パンフレットの袋を左手で持ちながら、ベンジャミンの頭を撫でる。撫でられたベンジャミンは犬らしく、舌を出しながら嬉しそうにしていた。一通り撫で終わると、袋からパンフレットを取り出して、中身を見ていく。ペラペラとページを捲っていくと、最後のページに多田の会社らしき名前が載っていた。


「えーっと、これか」

「何々? 株式会社妙魅みょうびツーリストって書いてあるね」

「へえ〜! なんかかっこいいな!」


 会社名を発見したちゅうじんは、さっそくスマホで検索をかけて、ホームページを見ていく。多田はよくブラック企業だとほざいているが、サイトを見る限りそんなところは見受けられない。流石にそんなに分かりやすくは書かれていないだろう。

 となると、今出来る調査は、多田の部屋に忍び込んで資料をあらうことだ。ちゅうじんとベンジャミンは、ちゅうじんの部屋を後にして多田の部屋へと向かう。


「もう寝てるよな?」

「流石にね……」


 そーっと部屋の扉を開けるちゅうじん。電気はついていないようで、多田も見た感じ眠っている。こっそり足音と気配を消して進んでいく。部屋は書類で溢れかえっているかと思いきや、案外綺麗にしてあった。


「どう?」

「あんまり大した情報はないな。改めて多田が社畜人間だって分かったぐらいか」


 起こすわけにはいかないので、念話で話すちゅうじんとベンジャミン。物音を立てずに、机の引き出しやファイルの中を見ていくが、びっしりと予定が詰まっている以外は特に目ぼしい情報はなかった。まあ、持ち帰って出来る仕事には限りがあるので、仕事場にあるのだろう。

 ささっと書類を元の場所に戻して、部屋から出ていくちゅうじんとベンジャミン。リビングに戻ってソファに座ると、ちゅうじんがスマホを操作しながら今後の行動を話し始める。


「これは実際に行ってみるしかないか」

「職場の人間関係とか知るんだったら、直接行ったほうが良いだろうね。というわけで、ボクも連れて行ってよ! 家の中って案外退屈なんだから」

「勿論だぞ!」


 そう話ながらちゅうじんは会社までのルートを調べ始める。どうやら、多田は私鉄を使って通勤しているようだ。駅までの道のりはマップを見ながらでも行けるだろう。切符代はお小遣いで何とかなるので、後は朝になるのを待つだけだ。


「それじゃあおやすみ〜」

「おう! 朝になったら意地でも起こすからな」

「はーい」


 明日の確認が終わると、ベンジャミンは犬小屋へと戻り、眠り始める。種族にもよるが、ちゅうじんは寝なくても良いような体質をしているので、睡眠を取る必要はない。彼はそのままスマホを弄り始めるのだった。



◇◆◇◆


 翌朝、多田が会社に向かうために家を出てから一時間が経過したころ。ちゅうじんは犬専用のキャリーケースにベンジャミンを入れて、多田の会社に向かおうとしていた。キャリーケースを手に持つと、中にいるベンジャミンの様子を窺う。


「大丈夫そうか?」

「うん! まあ、少し窮屈ではあるけど大丈夫。あ、あんまり揺らさないでね」

「了解だぞ。それじゃあ出発ー!」


 意気揚々と家の扉を開けて、出ていくちゅうじん。家の鍵はちゅうじんの分もあるので、それを使って鍵をかける。しっかり戸締りをして階段を降りたところで、ちゅうじんはポケットの中からスマホを取り出した。  

 駅までのルートが表示されたサイトを見ながら、歩いていく。所謂、歩きスマホ状態だが、迷子にならないためなのでそこは仕方ない。ちゅうじんは時折スマホで自分の位置を確認しながら、進んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る