第13話 葵祭 (その壱)

 

 朝の八時。いつもの如く、ソファに寝っ転がりながらテレビを見ていたちゅうじんを他所目に、多田はリビングのテーブルでキーボードで文字を打ち込んでいる。

 

 そんなに暇ならちょっとぐらい家事とか手伝って欲しいんだがな……。

 

 そんなことを考えながら企画書の作成を行なっていると、テレビから中継リポーターである女性の声が聞こえてきた。どうやら、隣の京都市内にある京都御所に来ているらしい。一体何があるのかと思い、耳を傾けてみる。


『今日は五月十五日。こちらの京都御所では今まさに、京都三大祭の一つである葵祭の準備が行われています! 今年も例年通り行われるということなので、たくさんの平安貴族の格好をした人たちが慌ただしくこの御所内を歩いているのが確認できますね。そしてなんと! 今年の葵祭は皇后両陛下もご覧になるということなので、警備体制も万全なようです。これは楽しみですね』


 映像には、先ほどの説明にもあった通り、たくさんの平安貴族の仮装をした人や、装飾で綺麗に着飾られている馬や牛車ぎっしゃの姿も確認できる。それに加えて目視では分からないほどの警察官の姿も見えた。

 今年の葵祭はいつも以上に盛り上がりそうだなと思っていると、ちゅうじんが不思議そうな表情をしてこちらを見てきた。


「なあ、葵祭ってなんなんだ?」

「ん? あー、そうか。ちゅうじんは知らないよな。葵祭ってのは簡単に言うと、毎年5月に行われる京都三大祭りの一つで、正式名称は『加茂祭』って言うんだ。総勢五百人にも及ぶ行列が、京都御所をスタートして、下鴨神社っていう神様を祀る場所を経由、その後はゴールとなる上賀茂神社を目指して京都の町を巡行するお祭りなんだよ」

「な、なるほどな。とにかくすごいってことは分かったゾ!」


 まあ、その認識で間違ってはいないのだが、もう少し詳しく説明すると他の三大祭の一つである祇園祭よりかは有名ではないので、すごいのかと言われるとそこまででもないと言うのが正解だ。まあ例年、平日開催が多いということもあって見にくる人もそう多くはない。


「まあ、細かいことは後で調べるなりなんなりしろー。……ってまさかとは思うが、行きたいなんて言わないよな?」

「え、普通に行ってみたいぞ! 実際に体験してみる方が、報告書にもリアリティが出るからな」

「……だよなあ」


 今更だが、ちゅうじんは偵察隊長でここに来る前は、宇宙の各地でその星の情報収集をしていたらしい。普段は家の中でゴロゴロしているように思えるが、実はちゃんと情報収集も行なっているようだ。ちゅうじんの任務のためなら行った方がいいのだが、多田には生憎、企画書作りが残っている。

 どうしたものかと頭を抱えていると、家のチャイムがなった。薄々誰が来たのかは分かるが、出ないわけには行かない。渋々椅子から立ち上がり、玄関の扉を開けに行く。


「やあ! 久しぶりだね多田くん!」

「お久しぶりです大家さん。そして嫌な予感しかしないので今すぐ帰ってください……!」

「えー、嫌に決まってるでしょ」


 そう言うと、すぐさま家の扉を閉めにかかる多田。それを自分の足と腕を扉の隙間に挟み込んで制する大家。側から見たら何をやっているんだと思うかもしれないが、この二人はガチなようで、今にも扉が壊れそうな勢いだった。

 中学・高校ともに、剣道部の副主将・主将だった多田の腕力に抵抗している大家もなかなかのものだ。そんな攻防が続いている玄関の方が騒がしいのか、気になったちゅうじんがリビングから顔を覗かせている。何やってんだこいつらと言いたげな顔をして。


「おーい! うーさああん‼︎ 葵祭のツアーチケット持ってきたよ!」

「おいこら! 勝手に何言ってんだよこのクソ大家あああ‼︎」

「え、マジか! 大家さん天才だな!」

「ふははは! もっと褒めてくれても良いんだよー!」 


 ちゅうじんに聞こえるようにか大声で話しかけてくる大家に対して、容赦ないツッコミを入れる多田。

 一方、朗報を聞いたちゅうじんは目を輝かせながら大家を褒めている。これを聞いた大家は急に笑いはじめてもっと褒めるよう促してきた。この大家はなんともチョロいやつなので、すぐ調子に乗り始める。


「というわけでいい加減開けてくれないかな?」

「……はあ。分かりましたよ」

「チケット! チケット!」

「ん? このチケットってもしかして……」


 大家がチケットを持ってきてくれたことに大はしゃぎするちゅうじん。そして、チケットを見た多田は何やら険しい顔をしている。チケットには『日帰り観光ツアーin葵祭』という文字が大きく書かれており、裏面には参加者氏名と電話番号や住所を書く欄があった。

 

 このチケットどこかで見たことあるような……。


 記憶を遡っていくと、多田はあることに思い至った。それは一週間前のこと。企画開発課のオフィスの机に、大家が持っているチケットと似たようなチラシが置かれていたのだ。確かチラッと見た限り、その企画は葵祭を一日かけてバスで回ろうというものだった。

 ということはつまり、このチケットというのは――


「――うちの会社が企画してたやつじゃねえか!」

「あ、そうなの?」

「おお〜、そうなのか! なら尚更楽しみだぞ!」

「いや、それなら尚更行きたくないわ」


 そう言う多田になんでだよ? と返すちゅうじん。それもそのはず、誰だってわざわざ休みの日に会社の同僚と遭遇したくない。それに今回は尚更遭遇する確率が高いのだ。

 なぜなら、企画した張本人は、最後までその企画を見届けなければならないという謎ルールが多田の会社には存在する。だから、多田は葵祭に行くことを拒否しているのだ。


「せっかくうーさんが行きたいって言ってるんだから、そんな細かいことなんか気にしない! ほら、さっさと行っておいで!」

「そうだぞ! バスの時間までそうないんだから早く行こう!」

「んー……分かりましたよ。行けば良いんでしょ。行けば」


 大家とちゅうじんに言われて、またしても渋々了承する多田。多田というのは前々から押しに弱い性格をしているので、人から頼まれたりすると断れないタイプなのだ。そのせいで仕事量が人よりも増えるということが多発している。


 この性格いい加減直したいな……。


 そう思いながらため息を吐いていると、大家が何かを思い出したように声を上げた。


「あ、そうそう! バス停まで車で送ってあげるよ。ここから例のバス停って案外遠いし、僕もちょうどその付近に用事があるからね」

「それは助かります」

「おお〜! 車に乗るの初めてだからオラわくわくするぞ!」

「そこでドラゴン○ールネタをぶっ込んでくるとか流石だね! 是非とも語り合いたいところだけど出発しようか。あまり時間がないんでね」


 ノリがいいのかちゅうじんの発言に即座にノってくる大家。多田は苦笑いしながら準備するぞー、とちゅうじんに声をかけるのだった。


 葵祭の開始まであと二時間。

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