第14話 葵祭 (その弐)
大家の車に揺られること一時間。あっという間に多田たちの住む奇異市から、隣の京都市にあるバス停乗り場へと来ていた。
多田とちゅうじんは大家の車から降りて周囲を見渡す。大家はそのまま用事があるようなので、ここで暫しのお別れだ。終わりがけの時にまた迎えに来てくれるらしいので、会えるのは葵祭が終わってからになるだろう。
「ここが京都市! 自分たちの住むところと違って人がたくさんいるぞ!」
「そうだな。この時期は観光シーズン――いや、年中観光客でいっぱいだからな。奇異市と比べるもんじゃないぞ。うちらの住む都市にはショッピングモールすらないからな」
「あ、確かに」
多田たちのいるここ京都市は、年がら年中観光客で溢れかえっている都市なので、人がたくさんいるのも当然だ。逆に奇異市には多田が言った通り、ショッピングモールすらない所謂田舎なので、ちゅうじんが驚くのも無理はない。そんなこんなで、バスを待っていると続々と今回のツアー参加者が集まってきた。
「おお〜、人がたくさんやってくるぞ!」
「この人らが今回のツアー参加者か。結構な人数だが、その三分の一は外国人観光客みたいだな」
「おお! それは情報収集のしがいがあるぞ!」
外国人観光客が多いので情報収集のしがいがあるというが、そういえばちゅうじんは英語とか話せるのだろうか。多田は気になったので、やけに興奮しているちゅうじんに聞いてみることに。
「え、お前英語喋れるのか?」
「ん? まあな。ドラ○もんのひみつ道具みたいなやつとは違うけど、ボクたち偵察隊のみんなは言語が自動的に翻訳されるように、予め脳内に専用のチップを埋め込んであるから問題ないぞ」
「ま、マジかよ」
まさかの衝撃的な事実に一瞬、多田の顔から血の気が引く。
けど、宇宙は広いし、実際宇宙人だって目の前にいるんだからそんなこともあるよな。
そんなことを思いながら、改めてちゅうじんはガチの宇宙人だったことを思い知らされた多田は、なんだか変な気分になる。
そういえば、出会った頃からつけているあの腕時計型デバイスって、一体なんなんだろうか。
などと、考えているうちにバスが到着したようだ。バスの扉が開くと中から人が降りてくる。遠くから見た感じ、バスガイドは珍しく男性のようだった。その隣には女性の添乗員もいる。
なんかバスガイドの方に見覚えあるなー、と思ったらいつかの下条ではないか。その隣にいる添乗員もよく見てみると会社の先輩だった。
バスガイドは拡声器を使って、ツアーの参加者をバスに乗るように誘導する。多田とちゅうじんもバスに乗車しようとすると、下条と先輩がこちらをガン見していた。
いや、気まず過ぎるだろ!
多田は内心そう思いながらも、表面上は平然とした顔で座席のある場所を進んでいく。一方のちゅうじんはわくわくした表情を浮かべている。ちゅうじんは窓側に座わり、多田は通路側へと着席した。
しばらくすると、バスが発車し始める。事前に説明された通り、シートベルトはきっちり締めているので、もしものことがあっても大丈夫だ。ちなみにちゅうじんの分は多田が締めてやった。
「本日は『日帰り観光ツアーin葵祭』にご参加いただき誠にありがとうございます。本日バスガイド兼案内役を担当する下条
下条がバス内に常備されているマイクを使って挨拶を終えると、車内全体が拍手に包まれた。出だしとしては文句なしのパフォーマンスだ。下条は続いて葵祭の歴史について話し始める。
書類仕事は壊滅的なのに、こういうことさせると本当に優秀なんだよな〜。
そう染み染みした思いで聞いていると、ちゅうじんが小声で聞いてきた。
「なあなあ、多田もこんな感じで仕事してるのか?」
「まあな。俺も新人の頃は緊張しながらやってたんだが、下条は緊張とか一切見せないから大したもんだよ」
「へえ、ならあのバスガイドは凄いな!」
「だろ?」
こうしてみると、後輩の成長ぶりとかを窺えるからたまにはこういうのも良いな。今度からひっそり客としてツアーとか参加してみよう。他所のやり方を見るのも仕事のうちだ。休日でも仕事のことを考えている自分は、もう一種の職業病にかかっているのかもしれない。
そう考え込んでいると、またちゅうじんが声をかけてきた。
「それじゃあ、あの添乗員も多田の会社の同僚なのか?」
「ん? いや、あれは先輩だよ。先輩は俺が新人の頃から怖かったな。今は仕事中だから絶対猫被ってるだろうけど、普段はマジで怖いんだぞ」
「誰が怖いだって?」
「げっ! ど、どうも……」
ちゅうじんの質問に答えていると、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。いつの間にこちらに来ていたのだろうか。夜宵の声の低さと威圧感に圧倒されたのか、多田の声が若干震えている。隣に座っているちゅうじんも多田と同じく圧倒されてビクビクしていた。
「お客様、バスの中ではお静かにお願いしますね」
「痛い痛い! ……すいませんでした」
夜宵は多田に注意すると同時に、ヒールの踵で多田の足を思いっきり踏んづける。多田はそれに耐えながら謝ると、夜宵は通路を歩いて自分の持ち場へ戻って行った。
ホッと一息吐くと、下条が葵祭の歴史について話し終えたらしく、またしても拍手が上がる。
「さて、このバスは現在烏丸通りを北上しています。残り十分ほどで到着になりますので、お忘れ物なさいませんよう、そろそろ準備をお願い致します」
そう下条がアナウンスをかけると、参加者たちは荷物を纏め始めた。多田とちゅうじんは少量の荷物しか持っていないため、降りる準備はとっくにできている。
五分もすると、目の前に京都御所が見えてきた。初めて見るそれに驚いているのか、ちゅうじん含め多くの参加者たちも声をあげている。多田は慣れっこなので、気持ちは分かるが少しは落ち着けとちゅうじんの肩を叩いた。
入り口となる
葵祭の開始まで残り三十分。
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