第8話 交流会 (前編)

  

 多田の務める企業は市内でも有名な旅行会社だ。なかでも、多田の所属する企画課は人数が少ない割に仕事量が多い。今日もツアーの企画を練るためにリモート会議に参加していた。


『それじゃあテーマも決まったことだし、各自ツアーのプランを練ってくるように』


 上司のその言葉を合図に、多田を含む社員達はzoumから退出する。パソコンのホーム画面に戻ったところで、伸びをして、凝り固まった肩や首をほぐしていく多田。すると、家の中にチャイムが響き渡った。


 今日は特に宅配の用はないし誰だ?


 そう多田が思っていると、廊下でラジコンを操っていたちゅうじんの声が聞こえてきた。


「はーい。今出るぞ~」

 

 どうやら玄関の扉を開けに行くつもりらしい。だが、グレイのちゅうじんが出たら一発で宇宙人だとバレてしまう。それを阻止するために多田は急いで部屋を出た。


「あ、久しぶり! って君、誰?」

 

 ちゅうじんが扉を開けるとそこにはキテレツ荘の大家さんがいた。てっきり多田が出てくると思ったのだろう。大家さんは突然現れた見知らぬ人に困惑の表情を浮かべている。それと同時に多田が玄関に到着するが、何かがおかしいことに気づく。

 

「……ちょっと待て。お前その格好どうした!?」

 

 多田の目の前にいるのは、いつものグレイのちゅうじんではなく、灰髪に金眼の見た目をした若い男だった。しかも身長も十五センチほど高くなっている。

 

「ボクは宇丹うーたん。多田の家で世話になってるんだ」

「あー、なるほどね! いや、多田くんの家に見知らぬ人が居たから誰かと思ったんだけど、そういうことか。あ、僕はここの大家をやってる高田です! よろしく」

 

 何食わぬ顔で自己紹介をし始めるちゅうじん。順応性が高いのか、大家はすぐに納得して自己紹介を初めてしまった。多田は突然のことに思わずポカーンと口が半開きになり、一人置いてけぼりを喰らっている。

 

「よろしくな高田! って『おおや』ってなんだ?」

「大家さんってのは、アパートとかマンションを管理する人のことだよ」

「なるほどな」

「ん?」

 

 大家という単語を初めて聞いたのか、そう尋ねてくるちゅうじんに多田は分かりやすく説明する。そんなちゅうじんと多田の会話を不思議に思ったのか、首を傾げる大家。

 それに気づいた多田は付け足してこう言った。

  

「あー、こいつ最近日本に来たばっかりだから、そういうことよく分かってないんですよ。すいません」

「へぇ~、それじゃあ。他の国から来た人ってことなのかな?」

「まあそんな感じです」

  

 何故そんなことも知らないのかと思ったであろう大家に対して、不自然にならないようにそう言って誤魔化す多田。どうやら大家は納得してくれたようだ。 


「それじゃあ尚更、誘いに来たのは正解だったね!」

「えっと、何がです?」

「ん?」

 

 突然のことに追いつけない多田とちゅうじん。大家はそんな彼らに対して、今日やって来た目的を話し出す。

  

「今日の夕方に近くの公園で、毎年恒例キテレツ荘の皆でお花見をするんだけど。勿論空いてるよね?」

「いや、そんな急に言われても、こっちにも都合ってもんがあるんですが……。まあ今日はもう仕事も回ってこないと思うんで、行けると思いますけど」

 

 当然参加するよね? と拒否することは許さないかのように言ってきた大家。多田はまたしても突拍子もないことをやり出すな、と内心呆れる。

 

「なら決まりだね! 急遽決まった分、お酒とか料理は得意な原さんが用意してるから、その辺は心配しなくても大丈夫だよ」  

 

 それを聞いた多田はわざわざお酒を買ってこなくても済むと安堵しつつ、ありがとうございますとお礼を言う。

 そんな二人の会話に混じれずにいたちゅうじんが気まずそうに口を開く。

 

「……あの、さっきから思ってたんだが『おはなみ』ってなんだ?」

「あー、ごめん。うーさんはお花見が何なんのか知らないのか。お花見っていうのは、桜っていう花が咲く木を眺めながら、お酒を飲んだり、お弁当を食べたりすることだよ。まあ、説明するよりも体験した方が早いから、うーさんもどうかな?」

「そういうことなら行ってみたいぞ!」

「なら、二〇三号室からは二人が参加だね」

 

 大家からの説明を聞いたちゅうじんはとても興味が湧いたようで、すぐに行くと返事をする。それを聞いた大家は、手に持っていたB5サイズのバインダーの参加者リストにチェックを入れた。

 

「さて、僕はこれから準備があるからこれで失礼するよ! 十七時から始めるからちゃんと来てね~」


 大家はそう言い残して去っていく。多田は扉が閉まるのを最後まで確認すると、ちゅうじんの肩をがっしり掴んで揺さぶり始めた。


「何やってんだよお前! 人前に姿を現すなって一番初めに言ったよな!?」

「そういや、そんなこともあったナー」

「そういうことはちゃんと覚えとけよ」


 とぼけながら視線を横に逸らすちゅうじんに対して、ツッコむ多田。そのまま説教が続くのかと思いきや、多田はさっきから思っていたことを口にし始めた。


「というより、その格好どうしたんだ? 俺が玄関に駆けつけた時にはその姿だったけど」

「人間に擬態したんだ。お前が人前に出るなって言ったのは、ワタシがお前ら人間の言うグレイの姿だったからだろ? なら、人間そっくりに擬態してしまえば怪しまれることはない。どうだ! 賢いダロ」

「あー、賢い賢い。でも、それなら誰もお前が宇宙人だなんて思わないよな」


 多田は誇らしげにそう説明してくるちゅうじんへ、適当に相槌を打って返した。だが、人間に擬態できるのはびっくりだ。宇宙人というのは本当に何でもできるんだなと多田は思う。

 それはそうと、多田は話しておかなければならないことがあったのを思い出した。


「誇らしげにしてるところ悪いんだが、細かい設定とか決めといた方が良くないか?」

「というと?」

「これから俺たちの関係とか、そこら辺の細かいところを聞かれるかもしれないからな。口裏は合わせといた方が良いだろう」

 

  説明されて納得したのかちゅうじんは頷く。しばらく多田が頭の中で思案していると、ちゅうじんが多田に一つの提案をもちかけてきた。

 

「ワタシは他の国から来た人だとさっき多田が説明していたが、それを元に考えるのはどうだ?」

「んー、その方がややこしくならずに済みそうだしな。それでいくか。となると、まずは――」


 それから数十分かけて話し合い、うーたんは中国の大学三回生で日本語の勉強のために、今年の四月からホームステイ先の多田の家に居候している。という設定を作り出した。

 これならば多少言葉の意味が分からずとも、問題はないだろう。そう踏んだ多田とちゅうじんは、この設定を頭の隅に置きながら、花見会場である公園へと向かうのだった。

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