第7話 地球での暮らし ー料理編ー

  

 ある日の朝のこと。会社に行くために、着替えを済ませてご飯を食べていた多田。結局三時間しか寝てないため、ぼんやりしていると、ちゅうじんが突然口を開いた。

 

「なぁオータ」

「……朝から何だ」

「料理ってどうやるんだ?」

「……え?」

 

 突然のことに多田の思考が一瞬、停止してしまう。今なんて言った? と目をパチクリさせながら思っていると、ちゅうじんが話し出した。


「よく昼ドラの前にやってる料理番組を見てるんだが、やったことない人でもできるって聞いたからワタシもやってみようかなと」

「な、なるほど……?」


 料理、あのちゅうじんが料理か……。


 と、ちゅうじんが料理を作っているところを想像してみるが、宇宙人がエプロンつけてる時点で少しおかしいなと感じてしまう。

 だが、ちゅうじん本人がやりたいって言ってるし、料理してくれるのであれば、多田がやらなければいけない家事も減る。それに、残業明けで帰ってきたら温かいご飯が待ってると思うと、一回ぐらいやらせてみるのもありかもしれない。


「いいんじゃないか? 料理するの」

「じゃあさっそく今日からやってもいいか!?」

  

 GOサインを出せば、多田の向かい側に座っているちゅうじんがテーブルから身を乗り出しながら言ってきた。よほど作ってみたいらしい。トーストの最後のひと口を食べ終わると、多田はちゅうじんに対してこう言った。


「なら、一通り器具の使い方教えるから早くそれ食べろ」

「はーい」 


 朝ごはんを食べ終わり、後は会社に行くだけの状態まで持っていくと、ちゅうじんにガス栓やお湯の作り方、フライパンや包丁の器具の使い方を教える。


「はい。とりあえずこんぐらい説明しといたら大丈夫だろ。んじゃ、行ってくるから料理し終わったらガスの元栓だけは締めろよ」

「分かった~」


 そう言い残して、多田は会社へと向かっていくのだった。



 ◇◆◇◇

 


 時刻は夕方。多田が家から出ていってから、アプリゲームのノルマをあらかた終わらせたちゅうじん。さて、何を作ろうかと考えたちゅうじんは、スマホのネット検索で、初心者でも作れそうなメニューを探し始める。


「このサイト、初心者向けって書いてあるし。これならワタシでもできそうダナ」

 

 クッキングパットという料理のレシピが掲載されているサイトを開けてみると、初心者の方はこちらをクリックという文字を見つけた。それをタップすると、生姜焼きや野菜炒めなどといったものレシピが画像付きで紹介されている。

 今日は四月中旬にもかかわらず、かなり冷え込んだ天気になっているので、ちゅうじんは鍋を選択した。具材を切って鍋に入れるだけという簡単なものらしいので、さっそく作ってみることに。まずは冷蔵庫にあるものを確認する。

 

「おぉ~、社畜の癖して結構色んなものが入ってるナ」


 冷蔵庫を開けてみると、キャベツやにんじん、卵と言ったものから、えのきや椎茸、うどんまで様々なものが常備されていた。

 普段仕事で忙しいのか、結構な量が買い置きされているので、何を作るにしても困ることはないだろう。


「それじゃあ、まずはこれとこれを取り出して」


 鍋の定番とも言える白菜や椎茸を取り出していくちゅうじん。その後も鍋に入れる具材を取り出し続けると、それらを包丁でカットしていくのだった。



 ◇◆◇◆



 ちゅうじんが料理をし始めてから一時間がたった頃、多田は玄関の前に立っていた。何の気まぐれか、なぜか今日は早く帰るように上司に言われたので、いつもよりも早い時間に帰ってきてしまったのだ。

 

 前みたいに、家が燃える一歩手前になってませんように。


 と、祈りつつ扉を開けてみる。スンッと部屋の中の匂いを嗅ぐが、特に焦げ臭い匂いはしてない。今日は大丈夫だなと内心ホッとしながらリビングに向かうと、ちゅうじんがテーブルの準備をしていた。

 

「おっ! おかえりオータ。初めてにしては上手くできたから食べてくれ!」

 

 よほど自信があるのだろう。ちゅうじんは満面の笑みを浮かべながら、鍋を取りに行くためにキッチンへと向かった。これは期待できそうだ、と多田が内心わくわくして待っていると、テーブルの鍋敷きの上に鍋が置かれる。

 

「じゃじゃーん! 今日は春のくせに寒いとテレビで言っていたからナ。鍋にしてみたゾ !」


 そう言いながらちゅうじんが鍋の蓋を開けると、さっきまで期待に満ち溢れていた多田の顔が一瞬にして崩れて去ってしまった。 青紫色の液体が鍋の中で渦巻いているのが見えた多田は、ダラダラと汗をかき始める。


「ちょっと待てちゅうじん。……これが鍋だって?」

「ん? ああ、そうだゾ。何かおかしなところでもあるのカ?」

 

 何も変なところはないと言い張るちゅうじん。それを聞いた多田は信じられないという表情を浮かべる。 

 

「いや大ありだろ! なんつーもん入れたらこんなヤバい色になるんだよ!?」

「え、普通に冷蔵庫にあったものを適当に入れただけだぞ」

「……取り敢えず食べてみるか」


 冷蔵庫にあるものを入れただけで到底こんな色になるとは思えないが、もしかしたら味は美味しいかもしれない。そう前向きに考えながら、恐る恐る箸を近づけて肉らしきものを食べてみる。


「どうだ?」

「いやめちゃくゃ不味いな! これ、俺の母親といい勝負してるわ」


 多田の舌の中には甘いものとしょっぱいものなど、一体何を入れたんだというぐらい様々な味が充満していた。おまけに具材は歯が折れそうなぐらい硬いものまであるため、食べるのにも一苦労する。

  

「……え? オータの母って料理できないのカ?」 

「ああ。作ったらどんだけ美味い食材であろうがダークマターと化すからな。母親に絶対作らせたら駄目だから、ちっさい頃から料理は自分でやってきたんだ」


 と、話しつつ出されたものは全部食べる精神で、鍋をつつく多田。常人ならひと口でギブアップしそうなものを多田は次々と食べていく。ちゅうじんもお腹が空いたのか同じく食べていくが、とても美味しそうに食べているので、多田は目を見張った。


「……ちゅうじんって、普段何食ってるんだ?」

「んー? この星に来る前は、そこら辺に生息してる魚とか虫とか大抵のものは何でも食ってたゾ。適応能力が無いと各星の偵察なんてやっていけないからナ」

「な、なるほどな」


 ちゅうじんの言葉に苦笑い気味で返す多田は、宇宙人って本当に凄いなと思うのだった。



 それから三十分後。なんとか鍋を平らげた多田は一服しながら、念力で洗い物をしているちゅうじんに声をかける。


「自分が食べる分には作っても良いが、人様に出すために作るのだけはやめろよ。犠牲者が増えるだけだから」

「ん? 分かったゾ」


 ちゅうじんの作る料理は到底、地球人の舌には合わないのでそう忠告する多田。彼が料理を作ることで少しは生活が楽になるかと思いきや、全くもってそんなことにはならないのであった。

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