第9話 交流会 (中編)

  

 うーたんの設定も決め終わり、夕方を迎えた多田とちゅうじんはお花見会場である近所の公園へと来ていた。既に桜は満開を迎えており、公園には多くの人がお花見をしようとブルーシートの争奪戦が行われている。


「おぉ~、これが桜か! って皆何してるんだ?」

「あー、毎年この時期になるとやってるんだよ。お花見の場所取り合戦。今年も白熱してるな~」


 多田とちゅうじんの目線の先では、猛烈な闘いという名のじゃんけんが繰り広げられていた。今は二十代前半の青年と四十代ぐらいのおじさんがやり合っている。しばらくあいこが続くも、結果は青年の勝利に終わった。じゃんけんに勝った青年のグループはでかしたとハイタッチをしている。一方、負けた方の中年グループはもう一回だと駄々を捏ねていた。

 

「なんか面白そうだな! ボクも参加してみたいぞ」

「お前が参加したら厄介なことになるのが目に見えてるから駄目だ」

 

 その光景を見ていたちゅうじんが混ざりたいと言い出すが、勿論却下だ。ちゅうじんが変にいざこざに巻き込まれでもしたら、その対処をするのは多田になる。面倒ごとは増やしたくないし、何より今は大家と合流するのが先だ。というわけで大家が何処にいるのか探している最中なのだが、なかなか見つからない。


「おーい! 二人ともこっちだよー!」

 

 キョロキョロ辺りを見回していると、何処からか大家の声が聞こえてくる。少しして、大家が桜の木の下にいることに気づいた二人はそっちの方へと駆け寄った。


「そんなところにいたんですね。人が多くてなかなか見つけられませんでしたよ」

「まあ、この人混みだとそうなるのも仕方ないね。というわけで本日の主役の登場でーす!」

「……え?」


 大家の言葉に驚く多田とちゅうじん。

 

 今日はただ単にお花見に来たわけではないのか? 主役ってなんだ?

 

 などと各々思考を巡らせていると、大家さんがちゅうじんに耳打ちしてきた。

 

「ほら、うーさん自己紹介して。みんな待ってるよ」

「えっ? わ、分かった。うーたんって言います! えっと、留学生として日本に来てて、多田のところにホームステイさせてもらってます。よろしくお願いします!」


 大家に言われるがまま、事前に決めた設定を元に自己紹介をするちゅうじん。言い終わった後にお辞儀をすると、この場にいる大家と多田を含む五人が拍手をしてくれた。二人で考えた設定はおかしくはなかったようで、顔を上げたちゅうじんはホッとした表情を浮かべる。すると、さっそく大家が酒瓶片手にちゅうじんに絡んできた。


「うーさん、改めてよろしくね~! あ、お酒飲む?」

「見た感じ大学生ぐらいですけど、お酒は飲める歳なんですかね? あ、私は川島恵美かわしまえみって言います!」


 ちゅうじんの真正面に座りながら敬語で声をかけてきた彼女は、多田の隣の号室であるニ○ニ号室に住んでいる。恵美は小説を書きながら出版社で働いている人で、尚且つ女手一つで幼い子供も育てているのだ。

 今日は日々のストレス発散のために来ているらしく、初っ端から焼酎を煽っている。ちなみに子供は遠くのおばあちゃん家に預けているらしいので、そこは安心していいだろう。

 

「そこの酔っ払い二人は気が早いから落ち着きなさいよ~。うーさんだっけ? 歳はいくつ?」 

「えっと...」


 そう酔っ払い二人を宥めているのは二○一号室の中野院なかのいんみやび。彼はいわゆるオネエであり、愛犬家でもある。毎月の給料は、飼っている犬にほとんど費やしているため、常に金欠状態なのだが、今日はタダで飲み食いできるということもあってか、珍しく犬を家に留守番させて参加しているようだ。

 そんなみやびに年齢を聞かれたちゅうじんは焦っていた。なぜなら事前の話し合いでは、年齢まで決めていなかったのだ。咄嗟に多田をガン見して指示を仰ごうとする。 

 多田はそんなちゅうじんの視線に気づいたのか、こっそり指で二十を作って見せた。

 

「に、二十歳です!」

「おぉ~、なら私よりも一つ先輩だ! あ、甘野澄かんのすみです。よろしくお願いしますね!」

「うん!」

 

 そう言って多田達に紙皿の割り箸を渡すのは、一○ニ号室の甘野だ。彼女は料理の専門学校に通っていて、今回のお花見用の大きなお弁当も彼女の手作りとなっている。中身は定番の卵焼きや唐揚げは勿論、見たことのないおかずもちらほら入っていた。見た感じ彼女のオリジナルだろう。

 多田とちゅうじんは彼女からお皿と箸を受け取ると、さっそく料理をつまみ始めた。


「この唐揚げってやつ美味しいぞ!」

「その唐揚げはオリジナルの調味料を使ってますから、他のものより美味しいんですよ」

「へえ〜、そうなのか」


 甘野の話を聞きながら、黙々と食べていくちゅうじん。だが、量がハンパないので食べても食べても全然減る気配がない。この量を食べ切るには最低でも十人は必要だ。流石に作りすぎではないかと多田が内心思っていると、甘野がそれに気づいたように喋り出す。


「このお弁当わざと余分に作ってあるんで、食べ切ろうとか思わなくても大丈夫ですよ」

「あ、そうなのか。でもなんでそんなことを?」

「それは私が空腹にならないようにですかね。実は私、食べても食べてもお腹が減るタイプの人間なので、ずっと食べ続けてないと駄目なんですよ」


 そう話しながらも、次々と料理を口の中に運んでいく甘野。それを見た多田は、世の中にはそういう体質の人もいるのだと感心する。


 難儀な体質の一方、それを持っていたから料理の専門学校に入ったのかもしれないと思うと、彼女にはこの先も頑張ってほしい。


 多田はそんなことを考えながら、紙コップに入ったお酒を一気飲みしていると、すでに顔を真っ赤にしていた大家がうぇ〜い! と言いながら肩に腕を回して絡んできた。非常に鬱陶しいが何か返事をしないと、怒るので仕方なく多田は大家に声をかける。


「はいはい。どうしました?」

「聞いてよ多田くん。実はこの前さ〜」


 また厄介なやつに絡まれてしまったと後悔しつつ、多田は大家の話に耳を傾けるのだった。

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