第5話 地球での暮らし ースマホ・ネット通販編ー (前編)
四月中旬。ちゅうじんが多田の家にやってきてから一週間が経った頃、多田は一ヶ月ぶりの休日を迎えていた。休んで無さすぎたせいか多田は、いつも通り朝の六時に目を覚ます。
今日は久しぶりの休日だから、普段は滅多にできない二度寝でもするか。
と、嬉しそうに再び眠りにつく多田の目には、相変わらず濃い隈ができていた。これは長年と言っても三年だが、ブラック企業で働いた証のようなもので、一ヶ月は休まないと取れないほどにこびりついている。しかし、そう簡単には休ませてくれないのがちゅうじんだった。
「おーい! 起きろオータ!」
「何だよ……。人様が日々の残業で疲れ切って、二度寝しようとしてる時に……。一時間だけで良いから寝かせてくれよ母ちゃん」
疲れているのか、布団に包まりながらついにボケ始める多田。ちゅうじんが起きろと布団を引っ張っても意地でも離さないあたり、よっぽど二度寝がしたいらしい。
「誰がお前の母ちゃんダ! ツッコミの役目はオマエだろーが! 立場逆転してどうするんダヨ⁉︎」
「いや、案外お前もツッコミ向いてるよ。幼少の頃からからツッコミしてきた俺が言うんだ。俺が不在かボケてる時は任せたぞ」
そう言うと、多田は布団にくるまって眠り始めた。しっかりと布団を被っているため、ちゅうじんが布団を引き剥がそうとしてもなかなか剥がれない。こうなったらと、ちゅうじんが布団諸共多田の身体を浮かせる。どうやら念力を使ったようだ。
「はあ⁉︎ ふざけんなよ! 起きるから降ろせ!」
「口の聞き方には気をつけろヨ〜?」
「降ろしてくださいお願いします……!」
「よし、良いだろう」
多田が丁寧に謝ると、ちゅうじんは元の位置に降ろしてあげる。ベッドに戻ってきた多田は、ため息を吐くと、ちゅうじんに用件を聞いた。
「んで、朝っぱらからどうしたんだよ?」
「あ、そうだったそうだった」
多田に指摘されて本来の目的を思い出したちゅうじんは、言葉を続けた。
「スマホ欲しいからオータ買ってこい。もちろん、iPhaneの最新機種でナ」
「はあ⁉︎ あれどれだけ高いと思ってんだ! てか久々の休日なのに人をパシるとか信じられ――」
多田のセリフが突如遮られる。それもそのはず、ちゅうじんがSF映画でよく見る光線銃を手にして、多田の方に向けているからだ。もういつでも撃てるといった顔をしながら、ちゅうじんはこう言う。
「グチグチ文句垂れる暇あったら、さっさと買ってこいヨ。大体、お前が言った条件のせいでこっちは外にも出れないんだからナ。命取られたくなかったらさっさと準備しろ」
「今すぐ買ってきます……!」
そう言われれば逆らえる訳がないので、すぐさま家を準備をして家を出る多田。
まさか、光線銃まで持ち出してくるとは誰も思わんぞ!? にしても本当に存在したんだなあれ。
もはや何でもありだと言わんばかりに、地球にはないものを使うちゅうじんに多田は驚く。まだ七時なので、人はほとんど見受けられない。こうして出てきたのは良いものの、こんな時間から開いている店もないので、携帯ショップの開店時間までぶらぶらと過ごすことに。
◇◆◇◆
午前十時。やっと開いた携帯ショップに一番乗りで来店した多田は、さっそく最新機種のスマホを購入する。流石に戸籍もないちゅうじんの名前を出すわけにはいかないので、多田は自分の名義で契約することに。
「機種代や通信料、保険代などの諸々を合わせると二十三万円になりまーす!」
「は、はい……」
そう満面の笑顔でお店の人に言われ、表情と金額が見合ってないな、と多田の顔が引き攣る。
いや高いな!? ギリギリ持ってきた金額の範疇に収まったからまだ良かったけど。
多田は気が重くなりつつも、お金を支払う。開店早々、最新機種を売り上げたことでお店の人は満足しているのか、またしても満面の笑みで多田を見送る。多田は、その態度に苦笑いしながら店を出たのだった。
そうして買ってきたスマホを手に家へと帰った多田は、ちゅうじんにスマホの入った箱を渡す。
「はいこれ。大事に使えよ」
「おぉ〜! ありがとうオータ!」
よほど心待ちにしていたのだろうか、念願のスマホを手に入れて大喜びするちゅうじん。それを横目で見つつ、疲れた多田はソファに寝転んだ。
「はぁ……。朝から疲れた」
そう言ってから少しもしないうちに、多田はうとうとし始めた。その一方、ちゅうじんはわくわくしながらスマホを操作している。機械の扱いには慣れているのか、スマホの機能を超能力で読み取ったのか、ものの数分で使い方を理解したらしい。すると、ちゅうじんから夢の世界に入りそうな多田へと声がかかった。
「なあ、オータ」
「んー? スマホの使い方でも分からないのか?」
「いや、それはもうマスターしたゾ。それより、オータのスマホからなんか鳴ってる」
どうやら、ちゅうじんはテーブルの上でなっているスマホのことを言っているようだ。多田はそれに気づくと、ソファから起き上がってスマホを見る。表示されている名前からして、相手は会社の上司らしい。
なんでこんな休日に電話なんかかけてくるかね……。
面倒臭いが、出ないと怒られるのは目に見えているので通話をオンにする。
「はい、もしもし」
『あ、多田。十三時からzoumでテレワーク始めるから準備しといてくれ! それじゃあよろしく頼むな~』
一方的に上司から要件を伝えられると、通話が切れた。
「え? あ、ちょっと上司!? ……ったく。何がテレワークだよ。てか、十三時って後十分もないし」
と、通話が切れたのを良いことに上司への文句を言う多田。だが、上司に逆らったら何があるか分からないので、渋々自室に行ってパソコンを開ける。その様子を見ながら、ちゅうじんはスマホでさっそく気になったゲームをしていた。
「ん? なんだカキンって……。取り敢えず押してみるか」
スマホ画面に表示された数字の中でも、一番大きいところを押すちゅうじん。
それから一時間後。リビングに戻ってきた多田は、何故かスーツを着ていた。
「どいつもこいつもパシリやがって。俺を何だと思ってるんだよ」
「何をそんなに怒ってるンダ? どっか行くのカ?」
リビングに戻ってきて早々、スーツを纏いながら愚痴をこぼす多田を見たちゅうじんは、頭にはてなを浮かべながらそう訊く。
「実は、さっきのzoum会議の最中に俺の後輩が会社でやらかしたみたいでな。それの始末に行くんだ」
「へぇー、ソウナノカ」
「人に話聞いといてその反応は無いだろ。……それじゃあ行ってくるわ」
「へーい」
多田の話で合点の言ったちゅうじんは、興味なさげに棒読みでそう返す。ちゅうじんがスマホゲームに夢中になっている中、多田はトラブル解決のために会社に向かうのだった。
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