第37話 今の生活
「ッツ…………」
昨夜はあまり寝付けず目覚めが悪い。ベッド上で身体を伸ばすと手のひらに柔らかい感触がする
視線を手の方に向けると
「なっ!」
隣にはおばさんが寝ており、俺の手はなにも身に着けていないおばさんの胸元に伸びていた。
(なんでいるんだよ!?)
素早く手を離す。起きてはいないようなので自然と吐息が溢れた。
「おはよう優太。…………顔赤いけど熱でもある?」
朝食の用意をしていた母さんの素朴な疑問に俺は動揺が隠せない。
「いや、別に熱なんてないよ」
「そう。ならいいんだけど、あっ雪子…………」
背筋が色々な意味でゾッとする。俺はありとあらゆる言い訳を考え始めた。
「ちょっと雪子!なんて格好してるのよ!?」
「おはよ〜。あら?」
「あら?…………じゃないわよ!早く服着なさい!!」
朝食を揃って囲う。
「優太もいつまでも子どもじゃないんだから、変な格好で彷徨かないでよね!」
「そう。私からしたら今も充分ガキよ」
「母さん大丈夫。女の人の裸見たところで動揺するようなやわな鍛え方はしてないよ」
「あらそう。その割にさっきから真理の隣に座るあたしの顔を一向に見ようとしないのはなんでかしら~」
「!?」
見透かされているかのような視線に思わず目を逸らす。
「もう。あまり優太を茶化さないで!」
「ハイハイ。過保護も過ぎると優太の為にはならないわよ」
ピンポーン・・・・・いつものようにインターフォンが鳴る。
「おはようございます!」
「あれ、もうそんな時間か・・・・・っておばさん!?」
そそくさと玄関に向かうおばさん
「あっ・・・・・高野先生。お久しぶりです」
「やめなさいよ新垣。もうあんたの先生じゃないんだから」
「なかなか抜けませんよすぐには」
「それもそうか。でっ、最近どうなの?」
「いつも通りですよ・・・・・」
玄関での会話から何故か冷たい視線を感じる。
「ほら優太。いつまで新垣を待たせるつもりよ!」
「ったくあの人は勝手なんだから。じゃいってきます」
「いってらっしゃい。・・・・・今日は道場の日だっけ?」
「そうだよ。だから帰りは遅くなるかな?」
「優太~~~」
「はいはい。今行くよ!」
最近はこんな朝が時々あるが、それがどこか懐かしく悪い気はしなかった。
「先生昨日いたんだ?」
しばらく歩いていると優美ちゃんは玄関でのことを尋ねてきた。
「母さんと呑んでたね」
「大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ、そんなに母さんに呑ませて無いし」
今朝のこともあり歯切れが悪かったか、怪しんでいる優美ちゃんの顔が目に入った。
「先生。今なにしてるのかな?」
「えっ?」
「昨日の波留達との話で先生今なにしてるかなって出たじゃない。あの場では話をあわせたけど」
「まあ、世間的に会長に戻ったってのは間違いないとは思うよ。ただ名誉会長みたいな肩書だけらしいから実質『タカノクリニック』の経営には非常時以外に関わることはないみたいだから・・・・・実質無職?」
「無職・・・・・フフフ」
「優美ちゃん?」
「高野先生が無職ってなんか可笑しいけど似合いそう」
笑顔になりホッとする。
「本人曰く今は準備期間らしいよ」
「準備期間?なんの?」
「さあ?」
「なんだか嬉しそうだね優太くん」
「えっ」
「高野先生がまた出入りするようになってから・・・・・楽しそう」
「そうかな?」
「おはよう!優美!!」
スゴイ勢いで『夏目波留(なつめはる)』が優美ちゃんに抱き着く。
「波留、聡美。おはよう」
「おっす~」
「なんの話?」
「昨日の高野先生なにしてるんだろうって話だよ」
「そんなの先生の追っかけしてた神谷優太くんに聞けばいいんじゃな~い?」
「そんなんじゃねーよ」
「どうだか~?」
夏目の挑発に乗って彼女を追いかける。優美ちゃんと『佐藤聡美(さとうさとみ)』はまたやってると呆れ顔で俺達を見守るのであった。
その日の授業後
「あれ神谷。急いでどこ行くんだよ?」
半袖短パンの運動着を着た夏目に会う。
「なんだ夏目か」
「私で悪かったな!……………でっ!どこ行くんだよ?」
「用事だ」
「なんだ〜言えないような場所なのかよ〜?」
「別に、俺の行く場所に興味あるのか?」
「別に、お前が急いで帰るなんて珍しいって思っただけだよ」
何故かしつこく探りを入れてくる夏目。
「お前はこんなところで油を売ってていいのか?」
「……………まあ、神谷が何してようが私には関係ないしな。じゃあ」
夏目の不満そうな後ろ姿を後に目的地に急いだ。
「こんばんは」
目的地に着くと既に素振りをしている人がいた。
「神谷。お疲れ」
「和彦さん。今日も早いですね」
「学生は時間あるからな」
和彦(かずひこ)さん
俺が剣道部引退後に通う道場の先輩であり中学のOBで剣道部元主将。以前剣持先輩が紹介すると言っていた方。俺に目をかけていたそうで入門時から良くしてくれる気の良い先輩だ。
暫く打ち合いをしていると道場主が姿を見せる。
「2人ともお待たせしました」
「薫。お疲れ」
「剣持先輩お疲れ様です」
剣持先輩は大学で剣道サークルに入りつつ、生家である道場でも剣道に打ち込んでいる。
「今日は調子が良いとのことで父上が稽古をつけてくださるそうです」
「おっ、これは珍しい。いつぶりだ?」
激しく打ち込んでいたはずなのに、和彦さんは涼しげに答える。
「俺、先輩のお父さんの稽古は初めてです」
「あれ?神谷って薫のお父さんの事昔から知ってるんじゃないの?」
「食事を一緒にさせてもらったり剣を観てもらったことはありますけど、稽古はなんだかんだ初めてですね」
「そういえば。そうかもしれんな」
腕を組み顎に手を置いた剣持先輩は、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「おーおー揃っているな」
竹刀を片手に剣持先輩のお父さんが姿を見せる。
「師範。よろしくお願いします」
「おうおう。和彦そう畏まるな。…………今日は優太くんも一緒か!」
「はい。よろしくお願いします」
「入門して1年……………何処までうちの流派を身に着けたか見せてもらうぞ」
「はい!」
「うし。こんなもんだな」
剣持先輩のお父さんの稽古が終わると同時に床に寝そべる。
「師範…………体調悪いって嘘でしょ」
「いや、少し前に比べたら体調最悪だぞ」
そう言いながら高笑いをする剣持先輩のお父さん。
「どうです父上。優太の剣は?」
「あぁ、薫が見込んだだけはある。良い剣だ。順調にうちの流派も取り込んでいるようだし。少し懐かしかったよ…………」
俺を見る剣持先輩のお父さんの目は普段の厳格な目とは違いどこか哀愁に満ちていた。
「まぁ、2人ともあまり遅くならないようにな」
そう言い残し道場を後にする剣持先輩のお父さん。
「どうだ神谷。師範の稽古は?」
「流石は先輩のお父さん。ハードなのは先輩の稽古で慣れてるつもりでしたけど、また違ったハードさでした」
「昔の剣術をベースにした流派だからな。一太刀の鋭さが他の剣道とは一味違うんだよな」
「優太。そろそろ仕度をしろ」
「?」
剣持先輩の視線先にはいつの間にか優美ちゃんが道場にいた。申し訳無さそうにお辞儀をする優美ちゃん。
「新垣。上がってよいぞ」
「いえ、優太くんを迎えに来ただけなので大丈夫です」
「優美ちゃん。今仕度するから」
慌てて帰る仕度をし道場を後にする。
「相変わらずあの2人は仲が良いのね」
「……………えぇ」
「薫、どうした?」
「いえ、先輩もそろそろお帰りになられた方が」
「そうだな。じゃあ」
「はい。お気をつけて」
2人の関係を見守っていた剣持薫は、この時の2人に違和感を感じていた。
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