第15話 積もる話し

「先生~おいくつですか?」


「私このコスメ使ってるんですけど、先生が作ったんですか?」


「コレとコレだとどっちのリップがオススメですか?」


あの人の周りに女子が集まる。その周りに下心が垣間見える男子がいつか退くであろう女子のその後に備え様子を伺っている。


あの人は既にクラスの心を掴んだようで、あの頃と変らぬノリで質問に答えている。


「やっぱり、凄い人だね・・・・・高野さん」


「優美ちゃん」


机に俯きながらあの人を見る俺に、優美ちゃんが話かけてくる。


「一瞬でクラスの皆の注目の的だもんね」


「・・・・・優美ちゃんが一役買った面はあると思うよ」


「アハハハ・・・・・そうかな~?」




「…………君、座りなさい。ホームルーム始めるわよ」


自分から声をかけてきて他人のように冷たい視線を向けるあの人。


俺は渋々席に戻る。


「これから1年。この1年B組を担任します。高野雪子です。皆よろしく〜」


彗星の如く現れた美人教師にクラスが湧いた。


「教師になりたて、皆と同じ1年生なんで至らないとこもあるかもしれないけど、皆よろしくね~。このクラスの担任と1年の理科を担当するんで、皆とは結構会う機会があるかもね~」


沈黙が走る。この教師、1年目を自認するわりにフランク過ぎる。とても1年目には思えないその佇まいに想像の斜め上を行った感じ・・・・・がこの教室を支配した。


「んじゃ、あたしの自己紹介も終わったから次はあんた達ね。じゃあ出席番号順であんたかたよろしく~」


優美ちゃんが教壇に立つ。


「しゅっ出席番号1番の新垣優美です。赤城小出身です。ふちゅちゅかものですが、よろしくお願いしましゅ」


クラスに笑いが広がる。自分が噛んだことをわかっていた優美ちゃんの顔が真っ赤になる。


「新垣優美・・・・・あ~、あんたあの娘!?」


「先生。覚えててくれたんですね!」


「勿論よ、忘れる訳ないじゃない。大きくなったわね!」


「4年経ちましたから」


「まだ幼さは残ってるけど、いい感じの女になってるじゃない」


「先生の会社の商品のおかげかもですね」


「お世辞も上手くなって!っでどう?彼氏は出来た?」


「アハハハ~まだ・・・・です」


あの人と目が合った気がした。


「そうなの、勿体無いわね。まっ!これからよろしく~」


「はい!よろしくお願いします」


そこからの自己紹介にあの人が反応することは無かった。・・・・・勿論俺のもだ。




「変わらなそうだね」


「・・・・・・・」


あの人と目が合う。あの不敵な笑みを浮かべる。俺は思わず下を向いた。



「そうなの・・・・・・高野さんが」


帰り道。優美ちゃんのお母さんにその事を話すと、とても困惑した顔をしていた。


「優太くん。大丈夫?」


「えっ、なにがです?」


「・・・・・正直言うとね、私としては今更なんで戻って来たんだって気持ちの方が強いかな」


申す訳なさそうに本心を述べてくれる優美ちゃんのお母さん。


「なんでママ?ちゃんと戻ってきてくれたからいいじゃない?」


「優美・・・・・それから優太くんの御宅がどれだけ大変だったか覚えてるでしょ?」


「それは・・・・・そうだけど」


あの人が姿を消して間もない頃。その現場に唯一いた健司兄さんが、暇さえあらば顔を出してくれて俺達、特に母さんを献身的に支えてくれた。でも健司兄さんも1人の社会人だ。あの人のように常にサポートが出来るわけじゃない。


そんな時に俺達を助けてくれたのが優美ちゃん達新垣家だった。俺の異変に気が付いた優美ちゃんがしつこいくらいに原因を探ってきて俺達の現状を知り、あの人と幸か不幸か繋がりが出来た優美ちゃんのお母さんが、母さんが忙しい時とかは俺を家に招いてくれた。


「私は付き合いがそんなに長いわけじゃないけど、高野さんの天真爛漫な姿は知っているつもりよ。けどあれはやり過ぎというか・・・・・身勝手なんじゃないかしら?なんの説明も無しに突然姿を消すなんて。優太くんの家を支援していたならそれなりの理由を持ってしっかり伝えてお互い納得の上で支援を打ち切るものなんじゃないかしら?・・・・・優太くんのお母様と親友だと言うなら尚更よ」


話しているうちに何かがこみ上げてきたのか拳を握り締める優美ちゃんのお母さん。


「おばさん。ありがとう御座います。そんなに親身に考えてくれて。正直なところあの人に対する感情がよくわからないんです」


「優太くん・・・・・」



いつまでも、甘えん坊じゃ・・・・・・ダメなのよ



あの時言われたその言葉がずっと引っかかっていた。あれは誰に向けた言葉だったんだろう。本当に俺達にだけ向けられた言葉だったのか・・・・・最近の俺はずっと考えていた。


答え合わせはしようと思えばきっと出来た。母さんと一緒に考えれば答えが導き出せたかもしれない。でも2人の間であの人の話題は暗黙の了解と化していた。



「こんばんわ~」


母さんが俺を迎えにやってくる。


「いつも。すみません」


「いえいえ、優太くんが来てくれると優美が凄く嬉しそうなので、いつでもいらしてください」


「ちょっとママ~~~!!」


「ただいま・・・・・おや神谷さん」


「パパ!おかえり」


「お邪魔させていただいてます」


「そんな気を遣われなくても。どうです今晩は家内の飯でも」


「明日も早いので今日はおいとまします」


「そうですか。また是非遊びに来てくださいね」


「ありがとう御座ます」


「また明日ね優太くん!」


「また明日」


新垣家を後にする。


「優太、なにかあった?」


「えっ、なんで!?」


「顔が悩み事を隠そうとする時の顔してる。・・・・・初日からなにかあった?」


暫く歩いて、突然母さんが切り出す。…………言える訳が無い。折角母さんが前を向いて歩き出しているのに、今この話しをしたらどうなるか全く予測がつかなかった。


「なんでもないよ」


「そう…………ならそういう事にしといてあげる」


わかっていても、母さんは絶対に深堀りしない。自分から話すまでずっと待ってくれる。だからこそ辛い。


「あの車…………」


母さんの足が止まる。俺達の住むマンションの前には昔よく乗った車が停まっていた。


クラクションが鳴る。運転席から出てきたのはあの人だった。


「雪………子?」


「久しぶりね真理。元気してた?」


なんとも言えない空気が俺達の間に流れる。


「今更どういうつもりで顔を出しにきたのよ。勝手に姿を消して」


母さんが拳を震わせながら一歩踏み出す。


「ようやく準備が整ったからね」


「準備ですって!?何を勝手な」


また一歩前に進む母さん。


「あたし…………優太の学校の教師になったの」


「……………はっ?」


こちらを見る母さん。俺は黙って頷いた。


「そしたらまさかの優太の担任でさ~流石にこのあたしでも驚いたわ」


「なんで…………」


「…………あたしの覚悟ってところかしらね」


「覚悟?」


「優太も大きくなるし、いつまでもあのままじゃダメだなって思ってたのよ。特に優太は甘えん坊だったからね」


「!?」


返す言葉も無い。俺がいかに母さんや健司兄さん。優美ちゃんの家族そしてあの人に甘えて過ごしてきたか……………それはこの4年間で嫌という程味わった。


「でも、それは優太だけだけじゃない…………あたし達も同じだった」


「……………」


「だから環境を変えようと思ってね、考えてみたんだけど……………教員免許って4年くらいあれば取れるじゃない?」


「まさか……………」


「何年ぶりかしら、大学に通ったわ。まぁ優太に合わせる為に絶対教員免許取った初年に合格しなきゃいけなかったから。そっちに全神経使ったわ。いゃあ〜後悔してるわよ。あれくらいならもう少し羽を伸ばして良かったわ〜」


「…………馬鹿」


母さんがあの人の胸を叩く。


「相談してくれれば良かったじゃない。私が教師してるんだから」


「…………小学校と中学校じゃ細かいところが違うでしょ?それにあんたに人に教える余裕なんてあるの?」


「……………」


「まぁ、あれくらいのレベルなら少しは連絡取っても良かったかな〜とは思うわね」


「……………」


「でも、優太の進学に間に合わすには、失敗は許されなかった。……………だからそれがあたしなりの覚悟ってところかしらね」


「優太の?」


「あたしがあんたとの約束を破る訳ないじゃない」


「!?」


「これが成長した優太を見守るのに最善な方法だと私は思ってるわ」


「……………信じてた」


母さんの声が震える。


「真理……………」


「貴女の事だから何か理由があるんだって、でも全然連絡繋がらないし、健司くんも連絡つかないって言うし」


「そう…………」


「でも確証が持てなくて毎日不安で、でも優太の前では弱音を吐けないって私が優太を守るんだってずっと思ってた」


「……………」


「でも、貴女のいないこの4年。いかに私が貴女に甘えてたんだなってことが、凄くわかって。貴女は見返りの無い優太の世話に全然弱音吐かなかった。それに私は甘えて優太の事任せっきりにして」


「そんなことないわ。あんたはあんたの出来る範囲で優太を育ててた」


「貴女がいなくなって、優太の事全然わかってなかったって理解させられて。私達沢山喧嘩したんだよ?」


「そう……………」


「おかえり、雪子」


「真理!?」


「おかえりなさい〜」


久しぶりに大粒の涙を流し、あの人の胸の中にうずくまる母さん。


「ったく、ガキじゃないんだから。…………でもあんたがあたしを信じてくれるって確証があったから、私は決断出来たの。ありがとう真理、あたしを信じてくれて」


母さんの久しぶりに見る本当に嬉しそうな表情。思わず俺の涙腺が緩む。


「いらっしゃい。優太」


「!?」


ゆっくりと自分の気持ちを整理しながら2人のもとに向かう。


「……………」


「良い男になったわね」


「!?…………馬鹿野郎。あんたの思ってるより何百倍も良い男になってるよ!」


「…………そう。それじゃ期待して見させてもらうわ。あんたのこの4年間を」


自然と身体がおばさんのもとに向かっていた。


「おかえり…………おばさん!」


「ったく。親子揃って恥ずかしいわね」


長い空白期間を埋めるように、3人揃った食卓で母さんは久しぶりに酔っ払った。


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