第10話 欲しかったモノ

「♪~」


「あら優太。いつになくご機嫌じゃない?」


当然だ。明日は年に1度プレゼントをくれるおじさんがやってくる日だ。僕らにとって一大イベントだ。


「・・・・・あ~明日はそうか、あのね~優太・・・・・ムグ!!」


何かを教えてくれようとしたおばさんの口をお母さんが塞ぐ。


「サンタさん来てくれるといいね優太!」


「来てくれるかな・・・・・サンタさん」


「優太はいつもお留守番してくれてるし、お家のお手伝い沢山してくれるからきっと来るよ!サンタさんは良い子の元には絶対来てくれるんだから!!」


2人が僕から少し離れる。


「ちょっと真理あんたなに言って・・・・・・」


「いいでしょ!?優太はまだ小学生なんだから夢を見てたって」


「こういうのは早いとこ現実を見せた方が・・・・・・」


「これは神谷家のしての方針です!」


2人が喧嘩を始めた。


「あらそう。っで!そのサンタさんとやらは優太のプレゼントをもう準備してるのかしら?」


「えっ!?それは・・・・・その・・・・・・」


「そのサンタさんとやらが準備してた姿あたし、見て無いんだけど」


「・・・・・それは・・・・・・助けて~雪子~」


お母さんが崩れ落ちる。


「おっお母さん!!」


「優太、大丈夫よ!・・・・・ちょっとやめなさいよ、みっともない」


「だって~だって~」


「なんでそこで泣くのよ!?」


「だって~優太の今一番欲しいものが・・・・・」




「あの日以来だね」


「そうね」


サンタさんを出迎えると張りきって食事の準備をするお母さんを家に残し、僕はおばさんとあのショッピングモールにやってきた。


「あんた。欲しい物あるの優太?」


「えっ?」


「折角明日はそういうイベントだし、好きなモノ1個買って挙げるわ」


「・・・・・いいの?」


「まあ最近。頑張ってるし」


「ありがとうお姉さん!!」


「フン・・・・・そういう時はちゃんと言えるのね。調子のいいヤツ」


おばさんとショッピングモールを巡る。


「そういえば優太。あんたサンタさんになに頼んだのよ?」


「えっと、それは…………」


「なんで勿体ぶんのよ」


はぐらかそうとする僕に首を傾げるおばさん。


「…………あんた、本気で言ってんの?」


「サンタさんは良い子にしてればなんでもプレゼントしてくれるってクラスメイトに聞いたよ?」


僕達の目の前には白黒の鍵盤を備えた大きな楽器が置いてある。


「あんた、弾けたっけ?」


「弾いたことないよ」


(真理から聞いてまさかとは思ってたけどいやいや、なんで楽器初心者がグランドピアノよ〜〜!?)


「……………真理のやつ」


「おばさん?」


「なんでもないわ」


(確かに真理は昔からクラシックが好きで、よくピアノを演奏してたけど…………優太が生まれてからは一切弾いてないんじゃ…………)


「あんた。音楽とは一切関係なさそうな生活してて、なんでこれなのよ?」


おばさんの目は僕が望むプレゼントに懐疑的な目を向けていた。


「お母さん・・・・・ピアノ好きなんだろうって思って」


「・・・・・なんでそう思うのよ」


「時々夜遅くに目が覚めると、お母さんリビングでピアノで演奏した音楽を聴いてるんだ。でもその音楽って何かに録音した物で・・・・・お母さん普段忙しいからピアノの演奏聴きに行く時間が無いんだろうし・・・・・なら!僕が演奏してお母さんを労いたいと思って・・・・・」


「・・・・・」


「変かな?」


「楽器すらまともに弾いたことの無いガキにこれは無用の長物ね」


「うっ…………」


「せめてこの辺りね」


おばさんは電気で動くピアノのコーナーに足を運ぶ。


「どうしたの優太?」


「それは・・・・・嫌だ、それだとお母さんが夜にひっそり聞いてる感じと変らない」


「そう・・・・・なら今年サンタさんは来ないかもね」


「えっ!なんで!?」


「よく考えてみなさいよ。あんな重そうな物。どうやってサンタさんがあんたの家まで運ぶのよ?」


「そっ、それは・・・・・」


「ましてやサンタさんはあんただけじゃなくて、世界中の子どもにプレゼントを渡しに回ってるんでしょ?あんな重い物サンタさん運べないわよ」


「そっか・・・・・」


「だから、他のにしときなさい」


「わかった」


渋々ではあるが、他にも欲しい物があった僕はそのプレゼントを買ってもらうことで多少満足出来た。家に帰るとお母さんが腕を振るった料理が出迎えてくれて、3人で賑やかなパーティーが開かれた。



視界は暗い。少し暑くて寝転がる。なにかに当たった気がしたが気にも止めず目を開ける


「〜〜〜朝か〜〜〜」


昨夜は珍しくおばさんに便乗してお母さんもハッチャケていた。普段あまり呑まないお酒をたくさん呑んだからかな?


「それにしてもお母さん…………今度から自重して貰わないと」


お母さんになにか危機感を抱いた気がしたが、何に危機感を抱いたのか記憶に無い。


「!?!?」


ふと横を見ると、綺麗なサンタさんが寝息をたてていた。町中で見るお姉さんがよくしているサンタさんの姿だ。


僕は何かの間違いだと思い再び目を閉じた。



「優太〜そろそろ起きなさい〜。優太〜」


お母さんの声で目を覚ます。


「おはよう。いくら夜更かししたからって、朝は規則正しく起きなきゃダメよ?」


いつもより3時間近く遅い目覚めだった。


「…………お母さん。サンタさん来た?」


「さぁ〜。私は見てないわよ」


「…………そっか」


「でも、きっと知らない内に来てくれたんだとおもうよ」


「えっ?」


お母さんが使っている部屋に案内されると


「えっ、えっ!なんで!?」


そこには楽器屋さんでみたピアノでは無かったけど、お母さんの部屋にスッポリ納まるピアノが置かれていた。


「お母さんいつの間に買ったの?」


「こんな高い物買えないわよ」


「えっ、じゃあ…………」


「う〜ん。サンタさんが頑張ってこの家まで運んでくれたんじゃない?」


「…………」


「何故か私の部屋に置いてあるけど、優太も好きに使っていいよ」


「!?」


「元々優太が欲しかったんだし。ピアノ」


「ありがとう!お母さん!!」


思わずお母さんに抱きつく。


「やぁね〜。お礼はサンタさんにいいなさい」


早速。ピアノの前に座る。


「!?」


優太くんの欲しいプレゼントを渡せ無くてごめんね。


鍵盤の上に手紙が置かれていた。



♪〜♪♪〜


(これが…………本物のピアノの音…………)


無邪気にピアノを弾く僕を見守るお母さん


「お母さん。お母さんが弾くピアノ聴きたい」


「えっ!?でも優太のピアノじゃない」


「僕、ピアノの曲よくわかんないし。だからお母さん教えて!!」


「優太……………いいわよ」


懐かしいそうに鍵盤を弾くお母さん。そのメロディーは僕を突き抜けるように心地よく身体の中に流れてきた。


その後僕はお母さんに先生をしてもらいピアノを学ぶことにした。


でも、あの時本当に欲しかったのは、お母さんと共通の趣味を持つことだったのではないか?


今ではそう考えている。

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