第2話 自分磨き

「おはよう」


いつものように目覚めた僕に、お母さんは心配そうに声をかける。


「おはよう優太。大丈夫?」


「?」


「雪子から無理難題言われたんでしょ?」


お母さんは昨日の事を心配していた。


「ごめんね。雪子は自分がなんでもこなせちゃうから、その基準を相手にも求めようとしちゃうのよ」


おばさんから膨大な量の書物を渡された僕は、おばさんのマンツーマン指導のもとひたすら勉強していていつの間にか眠ってしまっていた。


目が覚めるとお母さんが帰ってきていて、おばさんと口喧嘩していた。


問い詰めるお母さんにおばさんはケロっとしてお母さんの問いに答えていた。


そのやり取りを少し眺めてまた机に伏せた…………ところまでは覚えていた。


でも、起きたらいつものように布団の上にいる。


「お母さん大丈夫だよ。ありがとう」


(あれだけ勉強しろって言ってたけど、おばさん一度も僕を起こさなかったよな…………きっと)


「そお?ならいいんだけど…………また雪子に無理難題言われたらいつでもお母さんに相談してね?」


「わかった」


「じゃあ行ってくるね。優太も遅れないようにね?」


「わかった。行ってらっしゃいお母さん」


扉をお母さんが開けると


「おはよう〜真理」


おばさんが手を振ってこっちに来た


「雪子…………お願いね」


「ハイハイ、大丈夫よ。ねっ優太?」


「うっうん………」


「じゃあ行ってきます」


その日の朝のお母さんは珍しくおばさんに対して冷たく当たっているように感じた。


「お母さん…………」


「なに優太?もうお母さんが恋しくなっちゃった?」


「!?違うよ!もとわと言えばおば…………」


「……………」


「おっお姉さんが無理難題を押し付けたからだろ!?」


「あら?そうだったかしら?」


「もう!おば………お姉さんったら」


「それでもあの量の1/3はやったんだもの。大したものよ」


「えっ!?」


「あの内容はあんたがあと2,3年後に覚えることになる内容もあったんだけどね〜」


「そうなんだ…………」


「流石は母親を想う息子の力って事かしら〜」


「〜〜〜」


「…………なに優太。顔真っ赤にして」


おばさんはわかってるくせに僕の顔を覗き込む。


「なっ!なんでもないよ!!」


「フフ…………。ほら優太。ボサッとしてると遅刻するわよ」


「!?ホントだ。行ってきます」


「ハイハイ。行ってらっしゃい」


この年になった僕をからかうようになったおばさん。


大変と言えば大変だけど、時々見せる姿は幼い頃からよく知るおばさんだから僕は、からかってくるおばさんを嫌いにはなれなかった。


「………………おばさん何してるの?」


学校から帰るとおばさんは僕の家でタンクトップに下半身にピッタリとしたスポーツパンツの姿で屈伸をしていた。


「おかえり優太。なにって自分磨きよ」


「自分の家でやればいいのに」


「あんたの子守を任されてるのに、ほっぽり出して出来ないわよ」


それにしても、目のやりばに困る服装だ。普段の服装からでもおばさんの美しく整った身体は見てわかるのに、今来てる服装はおばさんの豊満な胸や引き締まった腰やお尻を強調している。


「優太。ちょっと手伝って」


「えっ!?なんで?」


「なんでって。前屈するから背中から押して欲しいのよ」


「それって必要?」


「女はね。柔軟な方がより魅力を増すのよ」


「はぁ…………」


おばさんの自分磨きを手伝うことになった僕


「目標は身体が地面につくことよ。優太は私の前屈が止まった地点からゆっくり押して頂戴」


「わかった」


脚を広げ前屈を始めるおばさん。


「…………優太。なにやってるのよ!押しなさいよ!!」


「えっ!?でもおば………お姉さん。十分柔らかいと思うけど」


「言ったでしょ?身体が地面に付くのが目標だって!ほら押した押した!!」


ゆっくりおばさんの背中を押す。


「くぅ~最近サボってたからかしら?前よりも固硬くなってるわ〜」


「……………」


「優太。なにしてるのよ?ちゃんと押しなさい」


「えっ、あっ!ごめんなさい」


自分の掌に感じるおばさんの引き締まった身体。僕はおばさんを背中から押す度にボサッとしてしまった。


それからも身体を横に伸ばしたり、背中合わせに伸ばし合ったりした後、おばさんは筋トレを始めた。


腕立て伏せを始めるおばさん。僕に50回を数えていて欲しいと頼む。


「1.2.3.4.5…………」


順調に腕立て伏せを進めるおばさん。


「30.3……1.3…………2」


徐々にペースが落ち始める。全身がプルプルと震えるおばさんを僕はまたボーッと見ていた。


「ハァハァハァ…………」


見事に50回を終え寝転がるおばさん。


「お疲れ様」


「優太…………冷蔵庫の中のドリンク取って」


家では買わないドリンクのペットボトルを見つけ、それを渡す。


「ありがとう…………やっぱり、最近サボりがちだったから鈍ってるわね」


そう言いながらもおばさんは膝を曲げ、腕を頭の後ろに組んだ。


「優太。脚を支えててくれる?」


「えっ!まだやるの?」


「当然よ。まだ始まったばかりよ」


腹筋を始めたおばさん。僕はまた回数を数えることをお願いされる。


「!?」


腹筋をしたおばさんの顔と身体が僕の顔に迫る。


「〜〜〜」


早く終わってくれと祈りながら僕は数を数えた。




一通りの筋トレを終えたおばさんは床に寝っ転がっていた。


「お疲れ様」


「優太〜ドリンク〜〜」


ドリンクを手渡すと美味しそうに飲み干した。


「さぁ優太。運動出来る服装に着替えてきなさい」


「なんで?」


「なんでって、今からジョギングに行くからよ」


「1人で行けばいいじゃん!」


「あんたの子守任されてるんだから、ジョギングしたかったらあんたを連れてくしかないでしょ?」


「留守番くらいもう1人で出来るよ!」


「……………もし私に勝ったら今夜の夕食は焼き肉にしても良いわよ」


「ホント!?」


「ホントよ」


「行く行く!絶対だよ!!」


「勿論よ」


こうしておばさんのいいように乗せられ外に出た。




「ハッハッハッ」


(おばさん…………なんて速さなんだ!?全然距離が縮まらない)


「どうした優太。この調子だと焼き肉はお預けよ」


「!?まだまだ」


僕は己の身体に鞭を打ちペースを上げた。


「フフフ………いいじゃない優太その調子よ」


その後僕は必死におばさんに喰らいついた。




「…………おばさん」


気が付くとすっかり日は落ち、僕はおばさんの背中に背負われていた。


「起きたか優太」


「あれ?なんでおばさんにおんぶ…………」


「たらふく食べて満足して爆睡とは、大きな赤ん坊かと思ったわよ」


「〜〜〜!?」


「それにしても、大きくなったわね」


「えっ」


「ついこの間まであんたおぶってもへっちゃらだったのに、今はなかなかキツいわ」


「……………」


力強くおばさんに捕まる僕。


「優太?」


「今日は、このまま帰りたい」


「…………やれやれ。困った赤ん坊だ」


おばさんの背中で再び眠りについた僕は、お母さんがおばさんに謝っている声を微かに耳にし、気がつけば、いつものように布団の上で朝を迎えていた。

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