第4話 どう? ドキドキした?


「な、なんで、このスーパーに……?」



詩は、俺を見つめたまま動かない。


ゆるくポニーテールに結ばれた、長い紫がかった髪に、だぼっとしたパーカー、半ズボン。


どうやら部屋着のようだ、俺と同じで親に買いものに駆り出されたのかもしれない。



―――綾瀬詩あやせうた


学級委員を務め、クラス内で最もかわいいと噂されるだけのかわいらしい外見をもち、ぱっちりとした目に下がり眉毛が特徴的だ。


胸は、噂だとEカップ。身長は、叶先輩よりも低く、小動物のような印象を受ける。


クラス内ではトップカースト、いつも明るくて、でも抜けてるところが多く、ドジっ子。


それでも、試行錯誤しながらも立派に学級委員を務める姿に、最高にかわいいと呻く声がわいている。


その愛くるしさからか先生や先輩、同級生にいつも絡まれていて、大人気な同級生なのである。



そんな詩が、なぜ、このスーパーにいるんだ……?!



「夏日くん、こんなところで何して……えっ、一星先輩?」



片手にエコバッグ、もう片手に買い物かごをもって、詩は驚いたようにして俺の後ろを見る。


終わった、見られた。


なぜか悪いことをしている気分になり、



「それより、あ、綾瀬さんも、ここら辺に住んでるの?」



咄嗟に叶先輩のことは隠そうと本能が働いたのか、俺は必死に話題をひねり出した。


彼氏でもなくなった俺といる所を見られたら、困るのは叶先輩だ。


記憶喪失の叶先輩を守るためにも、ここは俺がしっかりしなくては!



「えっと、ううん、春休みの間に引っ越してきたんだ。前住んでたところ、登校するのきつくって」



詩はそう言いながらも、後ろにいる叶先輩から目を離さない。



「へ、へぇ、そうか、じゃあご近所さんになるのかな、はは」


「うん、よろしくね。……それで、何でここにいるんですか、一星先輩? 夏日くん、先輩と、どういう関係なの?」



とうとう詩が口にし、俺は硬直する。


まさか、元カノだとも言えない、そもそも付き合っていたことすら知らない説あるし。


そこで、実は叶先輩は記憶喪失なんです、なんて言ったら馬鹿にされていると思うかもしれない。



おかしい、俺と叶先輩はただの先輩と後輩なはずなのに、こんなにも悩む必要があるなんて……!



「偶然……いや、えっと……」


「一星先輩、ここら辺に住んでるってこと?」


「それも違って、その」


「じゃあ、どういうことなの……もしかして」



詩が決定的な言葉を口にしようと、口を開こうとした、その時。



―――叶先輩の行動は、それより一瞬早かった。



「……よーしっ、逃げろー!」



「え、ちょ、先輩!?」


「夏日くん!?」



ぐいっ、と無理やり手を引かれ、はっとした時にはもう、俺は叶先輩のされるがままになっていた。


戸惑いの声を上げる詩から離れ、レジに連れていかれる。



「せ、先輩?」


「デート中に他の女子と話すのは、禁止。それが例え同級生でも、だめ」



口調が、記憶を失う前の叶先輩の淡々としたものに戻っていて、どきんと心臓が高鳴る。


横顔を盗み見ると、叶先輩は頬を引きつらせ、ぎゅっと唇をかんでいた。



「……嫉妬、ですか?」


「し、してない! してないけどっ?」



思わず漏れた言葉に、叶先輩ははっと我に返ったようにして頬を赤らめる。



「今、デートって……」


「えー、あー、聞き間違いじゃないっ? で、でもこれは、デートごにょごにょ……」


「? というか、今、綾瀬さんが同級生だって、何で分かったんですか」


「っっ! き、記憶の残像、なのかな!?」



俺に聞かれても困る。



「も、もうっ。うまくいかないなあ」


「なにがですか」


「なんでもっ」



会計を済ませていると、悩んだ顔をした叶先輩がぷいっと顔を背ける。


よくわからないが、叶先輩にだって悩みがあるのだと、なぜか感慨深くなった。


今まで崇めることしかしなかった叶先輩が、こんなにも一人の女の子みたいにか弱かったとは、付き合っていた頃でさえも思わなかった。



「……それでねっ」



スーパーから出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。



街灯に横顔を照らされる叶先輩は、くるりと俺に向き直る。


ふわりとボブヘアーが宙を舞い、細い脚が俺へ距離を詰めてくる。



思わず、息を詰める俺。


三十センチもないほどの距離まで、叶先輩は体を近づけると、甘い表情のまま、俺に囁いた。



「私、奏くんのこと、好きだよっ」


「!?!?!」



いきなり愛をささやかれ、俺は買い物バッグを危うく落としかける。


叶先輩も、あたりが暗いからよくわからないが、確かに頬を真っ赤に染めていた。



「……え、えへ、なーんて。どう? ドキドキした?」


「……どういうつもり、ですか」


「さぁ? とっさに出ちゃったから、もしかしたら……が、君に伝えたかった言葉じゃない、かな?」



前の私。


すなわち、俺と付き合っていた頃の、記憶喪失前の、叶先輩のこと。



「ねえねえ、よかったら、またうちに遊びに来ないっ? 私、おいしいお菓子持ってて、一緒に食べたらおいしいかなって!」



先輩は、何事もなかったかのようにそう言うなり、ほほ笑みかけてくる……って、せ、先輩の家!?!?


畳みかけるようにしてそう口にした叶先輩は、照れ隠しなのか早口だ。



「じゃ、じゃっ、そういうことだから! ばいばい、奏くん! また連絡するねっ」


「あっ、さ、さようなら?」



叶先輩はその後、逃げるようにして夜道を駆けていってしまった。



家まで送ろうと思ったのに、結局言えずじまいのまま、先輩の姿が見えなくなる。


あとでお礼のメールを送っておこう、そう思いながらも、俺の心はびっくりするほどに速く鼓動していたんだ。







▲▽







「言っちゃった、言っちゃった……っ」



その頃、耳まで真っ赤にした叶先輩が、そう消え入りそうな声で口にしていた。

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