第3話 同棲してるカップルみたい、だね♡


「じゃがいも、玉ねぎ、牛肉……あっわかった、カレーだ! どう? 正解?」



……なぜ俺は、フラれた元カノと買い出しに来てるんだろうか。



あの後、意識が戻った俺は、家の近くにあったスーパーで買い出しに行く予定だったと伝えると、叶先輩は笑顔でついてくると言った。


意識が戻った時、叶先輩に指で頬を触れられた状態だったため、もう一度昇天しかけたが、この現実を手放したくないという欲でどうにか踏みとどまった。



「ほ、ほら、ゆかりのある場所とかに出かけたら、記憶も戻るかもしれないしっ」


「叶先輩の家って、ここらへんなんですか?」



付き合っていた時、俺と叶先輩は一緒に帰宅することはほぼなかったのだが、それでも稀に一緒に帰れた時、「私、反対側だから」と交差点で別れていた気がする。


だとしたら、このスーパーにどうしてもゆかりがあるとは思えないんだけど。



「あっ……そ、そうだ、ゆかりのある人と一緒だったら、って言おうとしてたの! 奏くん、わ、私といろいろあったみたいだし?」


「……ただの後輩ですよ」



そう。


この件について、俺は特に何も伝えないことにした。


混乱させてしまうと思うし、そうやって、記憶のない叶先輩を、過去の記憶で縛るのは違うと思ったからだ。


僕たちは何もなかった、ただの先輩と後輩。とりあえず、それでいい。



「ふーん」



と、叶先輩はなぜか寂しそうな顔をしていたが、納得はしてもらえたみたいだ。



でも、そりゃあ納得できるだろう。


記憶がない叶先輩からしたら、俺は特にイケメンでもない、秀でたところがないただの後輩。


というか、付き合っていたころも同じ認識だったのかもしれないな、はは……。



「あっ、ウインナーが安売りだよ! 奏くん、買っちゃう?」


「ウインナー……あ、ほんとだ、安くなってる」



はっと意識が戻ると、目の前にはボブヘアーを揺らしこちらを振り返る叶先輩がいた。


一瞬戸惑う俺を不思議そうに見ながらも、黄色い値引きシールが貼られているソーセージのパックを振る。


こうやって一緒に買い物なんて、付き合ってる頃は全くしなかったのにな。なんだか複雑な感情になる。



「奏くん、タコさんウインナー、好きだったよね?」


「あ、はい……って、え?」



―――付き合っていたころ、一度だけ、叶先輩と一緒にお昼ご飯を食べたことがある。


四限目が終わった後、たまたま廊下ですれ違ったとき、勇気を出してお誘いをしてみたのだ。


今思えば、とんでもなく迷惑な彼氏だったんだろう。


実際、叶先輩は無言になり、両手で頬を隠していた。拒否反応だったのだろうか。



結局俺たちは屋上へ行き、俺は叶先輩と二人でお弁当を食べることに成功した。



『一つ、なんでも、あげる』



その時、宝箱のようなお弁当箱を傾けられ、俺は仰天した。


今思えば、俺と過ごす時間を早く終わらせたかったからこその選択で、早くお弁当を片付けたかったのかもしれない。


でもその時の俺は、どぎまぎしながらもタコさんウインナーを選んだ。



『……タコさんウインナー、好きなの』


『あっ!! えっと、はい!! 好きです!!』



その時、忘れられない、わずかにほほ笑んだ叶先輩の表情が浮かび、それは目の前の叶先輩と重なる。



「ウインナーって……叶先輩、もしや、記憶」


「!! まっ、まさかまさか! 全然戻ってない、私は誰だっ」



途端、わたわたと手を振り全身で否定を表す叶先輩。



「えっと、そう、顔! タコさんウインナーが好きそうな顔してるなーって! あはは!」



それは、俺が魚介類のような顔をしているということだろうか。



まあそうだよな……記憶が戻っていれば、叶先輩は俺と会話なんてしてくれないだろうしな。


もしかしたら、付き合っていたことを隠したのは大正解だったのかもしれない。


もし言っていれば、そこで記憶が戻ってしまえば、今のように連れ立って買い物など、行ってくれなかっただろう。



「っていうか! こうして一緒にお買い物って……なんだか、同棲してるカップルみたい、だね♡」


「っ!!!」



と、いきなり脳内に爆弾が落とされる。


顔に片手を添え、ささやくようにして顔を寄せてくる先輩。


やばい、甘い香りする。めっちゃいい、お花みたいな香り。



「ふふっ……」



叶先輩はいたずらげに笑う。


そんな顔も、ドタイプ。先ほどから叶先輩は、ストライクしか打ってこない。



「……ねぇ、このまま」



叶先輩が、照れた顔で、上目遣いで俺を見つめながらも、何かを言いかけた時。




「……え、夏日くん? 夏日くんじゃない? それに……え?」



「「っ!!?!」」




いきなり、元気な声が後ろからかかり、俺たちはびくっと硬直した。




「っ……綾瀬、さん?」




叶先輩をとっさに隠す形で振り向くと、そこには、クラス一かわいいとされる俺の同級生、綾瀬あやせうたが立ち尽くしていた。

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