第3話 決戦前の一苦労

 《ゼレン視点》


「くしゅん!」


「なんだ、ベロニカ。寒いの苦手なのか」


「悪い?ワタクシは炎を司るドラゴンなのよ。冷気は天敵なの!」


「まあ、そんな格好してたら寒いだろうよ。もっと厚着とかできないのか?」


 俺はベロニカの薄すぎる衣服と、見事なまでのボディラインを一瞥いちべつしてそう問いかけた。

 正直なところ、目のやり場に困るんだよな。


「……鱗のせいで破れちゃうから服は着れないのよ」


 ベロニカは不満げに頬を膨らませた。

 服を着れない?俺は改めてベロニカの姿をよく見てみる。

 すると衣服のように見える部分はすべて鱗によって形作られているようだった。


 待てよ。ということは今の姿は変化へんげの結果であって実は服を着てないってことになるのか?

 それってなんか……。いや、いらんことを考えるのはよそう。


「そいつは難儀だな」


「同情はいらないわよ。それより早く露払いをして火山に帰りたいわ」


「そうかよ。ま、あと少しの辛抱だ。もうすぐ目的地だぞ」


 雑談もそこそこに、俺とベロニカは2人連れ立って大陸の北にある氷の神殿に向かっていた。


 ゲーム序盤で、勇者パーティは神殿に封印されている伝説の武具を求めてこの地にやってくる。

 そこでゼレンが封印を守るため勇者と衝突する、というのが本来のシナリオだった。


 今はまだ勇者たちも装備や仲間が集まってないはずだし、こちらには物語上もっと先で戦うベロニカがいる。


 勝機は十分あるはずだ。俺はなんとなくそう楽観視していた。

 しかし、その目算が間違いであったことを俺はすぐに思い知ることになる。



 「よし、氷の神殿に到着だ」


 「やっと着いたの?って、なにこの殺風景な場所」


 ベロニカが辺りを見回してぶつくさ不満を口にしているが、俺もその感想には同意しかない。


 ここは新雪が降り積もる雪山の中腹にある開けた雪原。だだっ広い白銀の世界の中に荘厳な雰囲気を漂わせる神殿がポツンとそびえ立っている。


 が、言ってしまえばそれ以外はなにもない。


「それで、勇者たちはどこにいるの?こんなところにいつまでも長居したくないわ」


「いや、知らない」


 俺は正直に答えた。


「は?なによそれ!」


 ベロニカはふくれっ面を作って怒り出す。


「勇者はここに向かってるはずだが、今どこにいるかまではさすがに分からん」


 ゲーム世界なのだから、居場所の探知くらいできそうなものだが、現実はそんなに甘くはなかった。


 俺とベロニカは嗅覚による探知能力を備えてはいるのだが、この世界で俺たちはまだ勇者に会ったことがない。

 前世の知識で名前と顔は知っているが、それだけでは正確な居場所まで割り出すことはできないのだ。

 

「じゃあなに?勇者が現れるまでずっと待ってろっていうの?」


「そういうことになるな」


 ベロニカの顔が若干引きつる。


「じょ、冗談じゃないわよおぉ!!」


 彼女の悲痛な叫びが辺りにこだました。



 -----



 神殿に到着してから2日目。俺たちは近くの洞穴に拠点を作って待機を続けた。


 雪男になったおかげで俺は極寒の環境に適応できていたようで、道中含めてほとんど消耗せずにすんだ。

 しかし、ベロニカの方はと言うとそうもいかなかったらしい。


「勇者はまだ来ないのぉ?グス。このままじゃ、戦う前に凍え死んじゃうわよお」


 洞窟の中の寝床で丸くなって、ベロニカは弱々しく愚痴を零している。


 まさかここまで疲弊ひへいしてしまうとは。寒さに耐性が付いていたせいで、雪山の過酷さにまで頭が回ってなかった。

 それに、俺より強いドラゴンなのだから多少の無理はきくだろうとたかをくくっていたのも災いした。


 これから強大な敵に共に立ち向かう仲間に対して気が回らなかったおのれが情けない。


「うう、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの……。うちに帰りたい。助けてよぉ、おかぁさん……」


 消え入りそうな小声でうわ言のように弱音を吐くベロニカの姿は実に痛々しい。

 高飛車な彼女にこんな一面があったとは意外だが、それだけ参っているのだろう。


 俺はあえて声はかけず、近場で食料になりそうな野兎を仕留めてきた。


「ベロニカ、肉が焼けたぞ」


「あ、ありがと……。助かるわ」


 短く礼を言って、ベロニカは焼き立ての肉にかぶりつく。

 黙々と食事を進めていた彼女はふと思いついたようにこちらを向いた。


「そういえばずっと思っていたのだけど。最近のアナタ、たまにだけど妙に優しくない?どういう風の吹き回しなの?」


 ギクリ。


 もともと演技に自信などみじんもなかったが、やはりバレバレだったか。

 というか、共同戦線を張ること自体ゼレンのキャラに合わないのだから違和感を与えるのは当然だよな。


 それでも、演技を投げ捨てる訳にはいかない。少しでもゼレンのキャラに寄せていかなければ。


「俺の得意な戦場で足手まといになられたら困るってだけだ。余計な事考えてないで力を蓄えておけよ」


 ベロニカは一瞬目を丸くしたが、ふっと口元を緩めた。


「そう。ま、いくらワタクシが弱ったところで?実力差がひっくり返るわけじゃないし。安心してくれていいわよ!」


 さっきまでしおらしかったのがウソのようにいつもの調子に戻ったベロニカは、残った肉をぺろりと平らげてしまった。


 まあ、なんとか誤魔化せた上に元気も出てきたみたいで良かった。


 と、気を抜きかけたその時だった。


 ゾクリと背筋が凍る様な気配を感じた。


 それはベロニカも同じだったようだ。


「ゼレン、この魔力。ただものじゃないよ」


「ついに来たか……」


 俺たちはすぐさま洞窟を飛び出して神殿の正面に陣取った。

 すると、ハラハラと舞う雪の中、2つの人影がこちらへ向かってくるのが見えた。


 その内の1人の姿はゲーム中で散々見て記憶にこびりついている。


 勇者アスレイ。

 四天王を薙ぎ払い、魔王を打ち倒して人類に平和をもたらす。

 この世界の主人公だ。

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