第4話 勇者の脅威
「お前達が勇者パーティだな?」
まずは俺が一歩踏み出して2人組に呼びかけた。
「おや。こんな山奥に人がいるのかと思ったら、どうやら違ったみたいだね」
煌めく金髪に澄み切った蒼い瞳のその男は、俺の問いに返答するでもなく、そうつぶやいて腰に差していた長剣を引き抜いた。
「アスレイ様、膨大な魔力を感じます。ただの魔物ではありません。用心した方が良いかと」
勇者アスレイの後ろに控えている白いローブを羽織った女性が警告を発した。
彼女はたしか序盤で最初に仲間になるキャラだったか。
主に回復や補助を担う勇者パーティの要でもある。
「そうみたいだね、エリーゼ」
アスレイはエリーゼの言葉にうなずくと、剣を両手で握りしめて構えを取った。
すでに2人とも臨戦態勢だ。
有無を言わさず切り捨てる意思がビシビシ伝わってくる。
これはどうしたものか、もしかしてもう攻撃した方がいいのか?
次の動きを決めかねていると、ベロニカが俺の横をすり抜けて前に出た。
「ワタクシは魔王軍四天王の紅蓮姫ベロニカ。アナタが勇者ね?この先には進ませないわよ!」
アスレイは一瞬目を見開いて、ベロニカの口上に反応した。
「……四天王。へえ、それは手強そうだね。じゃあ、そっちの大男は手下かなにかかな?」
ん?
今、ナチュラルに見下したなこいつ。こうなると俺も黙っているわけにはいかん。
「ちげぇよ!俺は四天王の一人。氷結皇ゼレンだ!今からお前らをぶっ倒してやるよ!」
「四天王が2人!?アスレイ様、これは分が悪いのでは……」
エリーゼが驚きの声を上げて、怯え始めた。
あ、しまった。下手に情報を与えて逃げられたらまずいよな。
一瞬、やっちまったかと思ったが、アスレイは逃げる素振りを一切見せない。
「エリーゼ。心配しないで。俺は負けない。君はいつも通りサポートしてくれれば大丈夫だよ」
「アスレイ様……。分かりました」
アスレイの言葉にエリーゼも覚悟を決めたようで、こちらを真っすぐ見据えてきた。
なんか、カッコいいな。アスレイ。さすがは勇者といったところか。
「せっかくだから、自己紹介しておくよ?俺は勇者アスレイ。魔王を倒す男だ」
その言葉が俺の耳に届くと同時。そこに立っていた男の姿がブレるようにして消えた。
次の瞬間、視界の端に剣戟のきらめきが映る。
俺はとっさに地を蹴って、後ろに飛び退く。刃が空を切る音が耳元を掠めた。
おいおい、マジかよこいつ、速い!
アスレイは俺のバックステップにあっという間に追い付いて、追撃を仕掛けてくる。
避けきれない!俺は苦し紛れに足元に向かって両手の拳を叩き落す。
「くっそ!『
着弾点を中心に凍える冷気が巻き起こり、広範囲を衝撃波が吹き飛ばした。
積もっていた雪が舞い上がり、真っ白な煙幕となって辺りに立ち込める。
視界が遮られる寸前、アスレイがすでに後方へと離脱しているのがかすかに見えた。
ゼレンの得意技、烈氷壊撃を至近距離で放ったのに、どうやらかすりもしていないようだ。
これが勇者。やっぱり、鬼つええ。
煙幕を盾にしてこちらも一旦距離を取る。
そういえば、ベロニカは大丈夫か?
周囲に視線を走らせると、彼女は少し離れたところで棒立ちになっていた。
どうしたんだ?
もしかして疲労でうまく動けないのか。
と、煙幕の隙間から眩い光が射す。
「『
エリーゼの補助魔法だ。厄介だな。
ならばこちらも!
「『
両腕に魔力が集結し、肩から指先までを硬質化した氷の鎧が包み込む。これで奴の剣にもいくらか対抗できるはずだ。
立ち昇る雪煙の外側から大きく回り込んで、アスレイの位置を探る。
すると、不意に煙幕の中を突っ切ってアスレイが切り込んできた。
「ちぃっ!」
左のガントレットでその一撃を正面から受け止める。
必死に迫りくる刃を押しとどめていると、アスレイがポツリとつぶやいた。
「思ったよりやるね。あっちとやり合う前に早めに片付けたかったんだけどな」
アスレイは言いながら時折視線を俺から外している。
その視線の先にいるのはベロニカだ。
そこで気づく。こいつ、ベロニカを警戒しながら俺と戦っているのか。
おそらく、俺より彼女の方が格上だと見抜いたのだろう。
それで連携させないために俺の方から先に始末しようとしているんだ。
ゲームでのセオリー。敵が複数の場合は、取り巻きから倒す。
まるでゲームプレイヤーみたいなことしてきやがって!
だが、ベロニカに意識を割いている今がこちらにとってはチャンスでもある。
「舐めるなっ!うおおぉおおお!!」
こちらへの視線を切った瞬間を見逃さず、渾身の力で拳を振り抜く。
打ち合っていた剣を押し込み、強引に弾き返す。
と、アスレイが一瞬体勢を崩した。
ここしかない!
「食らえ!『
右拳のガントレットに魔力を収束。身体を捩じり右腕を全力で引き絞る。そこからさらに回転を加えて貫通力を増した拳を全身全霊の力を込めて叩き込む。
氷点下の冷気を纏った一撃が、アスレイの左腕を打ち抜くと同時。
アスレイは左腕を犠牲にしながら俺の懐に飛び込んできていた。
「な、に!?」
必殺の拳は確かにアスレイを捉えていた。が、防護魔法がその衝撃を軽減していたのだ。
アスレイの剣が閃き、白の世界に真っ赤な鮮血が舞った。
一拍遅れて、胸部に激痛が走る。
肩口から斜めに切り下ろしを食らい、俺はフラフラと後退った。
「ま、マジかよっ……」
足がもつれ、尻もちをついてしまう。左手で傷口を確かめる。ドクドクと血があふれてきているが、雪男の強靭な皮膚と筋肉が致命傷は防いでくれたようだ。
出血の割に思ったほど傷は深くない。
しかし、立ち上がれずにいる俺に向かってアスレイが左腕を庇いながらゆっくりと歩み寄ってくる。
逃げ出したいが足が動かない。
ザクザクと雪を踏みつける足音が近づき、ついに俺の目の前でアスレイは足を止める。
そして、長剣を上段に構え、冷たく言い放った。
「ここまでだ」
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