第一章 黄昏の姫君 7
麟に夏がやってきた。森に囲まれた麟は他国に比べれば夏という季節は比較的過ごしやすいが、それでもやはり暑いものである。
相変わらず国王はマリエンフェルデの宮に入ったきり、出てくる気配もない。一方国政は悪くなる一方で、麟の資金繰りと約束の遅延などに信頼を持てなくなった大国宝霊が一切の交易を打ち切ってきた。マリエンフェルデの希望の品を取り寄せるために臣下一同奔走した結果のことである。仕事の片手間に探すといった次元のものではなかったのだ。それは先日の香の一件だけではない、彼女が何かを欲しがるたびに、麟の政治は完全に活動停止を余儀なくされ、その度に麟は国としての評判と信頼をなくしていく。国内は一層荒れ果て、最早麟の城下は死の街となった。
そしてこの頃から―――――またまったく別の人間の暗躍が著しくなってきている。
発端は第三の宮であった。
いつものように午後の休息のための紅茶を飲んでいた第三王妃ダエトであったが――――……どことなくいつもと紅茶の味が違うことに奇妙さを感じていた。次第に気分が悪くなり、不審に思ったダエトは至急医者を呼んだ。思えばそれがよかったのだろう。
処置が早かったため彼女は無事だった。紅茶には毒が入れられており、紅茶の棚からは麟でのマリエンフェルデの紋章の替わりとなっている青と緑の波帯が置かれていた。毒殺は彼女が仕組んだかのように見えた。
「いいえ違うわ」
当の被害者であるダエト王妃はしかし強い口調で反論した。
「私を毒殺したのならどうして仕立てた人間がわかるような細工をするかしら? あれでは第五王妃様がやったと言っているようなものだわ。本人が本当にそんなことをするのだったらわからないようにするはず。絶対に違うわ。第一動機がない」
頭の良いダエトは続けて言った。
「考えてもごらんなさい。どうして第五王妃様が私を? 庶民出身、商人の娘の卑しい出であった私を、どうして自分の危険を顧みずに殺そうとなさるのか……理由がないもの。今一番時めいておられる方なのよ……リンカニア様を殺そうとするならともかく」
「-----それではいったい……」
ギリアンは青くなってやっとのことで言った。ダエトは爪を噛んだ。
「……放っておきなさい」
「ですが……!」
「相手がわからない以上はそうするより仕方がない。それから、陛下にはお伝えしないように」
「ダエト様!」
「いいのよ」
それから休むといってダエトは退室を命じた。
「…………」
ギリアンはまだ恐怖で身体が震えるのを抑えられなかった。
主人が毒殺……未遂とはいえ殺されそうになった事実は隠しようがない。よほど国王に報告しようとも思ったが、大抵の妃つき専属の女官というのは、国王ではなく仕えている妃にこそ親近感を持つもの、給料がいいだとか、結婚前の箔づけになるだとか、そんな浅い理由で宮廷にいる女官たちとは訳が違う。個人的な理由で妃を好いているからこそなのだ。だからこそ、国王よりも仕えている妃の命令に従う。気紛れでダエトの一生を狂わせ、宮へ通うその足が遠くなった国王などに、どうしてギリアンが報告できようか。
ギリアンは唇を噛んで我慢することにした。
(それにしても一体……?)
そして-----今回の毒殺未遂は勘違いや何かの手違いではないということがわかってきた。
予断なく何らかの方法でダエトを殺さんとする見えない手の存在が次第に明らかになってきたからである。毎日毎日、それは巧妙な手で彼女の暗殺を仕組んでくる。注目すべきは、それらの三度に一度が、マリエンフェルデの仕組んだことであるかのようなやり方で起こるということであった。ギリアンは思った、もしかしたらこれは罠ではないのか?
マリエンフェルデは、証拠となるものを残してこちらに警戒を与えないようにしておきながらも、実は本当にダエト暗殺をもくろんでいるのでは。
ギリアンは首を振った。
理由がないのだ。やろうと思えば極端な話、マリエンフェルデは口先一つでダエトを処刑することができる。
ダエトは他の妃と違って気取らず風のように生きている有様を殊の外国王に気に入られており、他の妃たちとはまたまったく違う次元で国王に愛されている。マリエンフェルデにのめり込んでいる今の生活の中ですら、一言も国王に口うるさい進言をしたりせず、お心のままにと言ったダエトを、国王が他妃よりも大切にしているのは明らかだ。証拠にたまにだが、ささやかな贈り物を寄越してきたりする。ささやかだというのはマリエンフェルデに経費がかさんでいるからだとか愛情の差をそうやって見せ付けているのだとかそういうものではなくて、ダエトがそういうものを好むからだ。
華美でなくていい、贈るという気持ちがほしいのだと。
思わずため息をついたギリアンの背後-----ダエトの部屋で、悲鳴と共に何かが割れる激しい音がした。
ギリアンは慌てて廊下を駆けた。
「何なの? 騒がしいわね」
マリエンフェルデは手酌で葡萄酒を飲みながらだるげにティリアに聞いた。
「それが……」
振り向いたティリアは言いにくそうだ。彼女にしては珍しいことである。
「? 何?」
「最近第三の宮はちょっとばかり荒れていまして……」
「第三……ああ……私をお茶会に誘った」
「そのことですが姫様。第三の宮では本当にお茶の支度をして待っていらしたそうですわ」
「なんですって?」
「調べて参りましたの。第三王妃ダエト殿は庶民出身……商人の娘だとか」
「……よくこんなところに嫁に来る気になったわね。断ろうと思えばできたでしょうに。国王は好色だけど嫌がる女は抱かないわ」
「それが姫様。報告によると第三王妃は少々変り者で……やってくるものに対して逆らおうとかそういうことを一切しないそうです」
「----------」
では茶会の誘いも、本気だったのだろう。ティリアが伝え聞いたことによると、とっておきのものばかりを用意して、今か今かと待ち詫びていたそうだ。
「…………それは悪いことをしたわ」
マリエンフェルデは窓の外を見ながら言った。
「聞き忘れたけど騒がしい理由はなんなの?」
「ここ二、三週間相次いで暗殺まがいのことをされているとか」
「暗殺?」
「はい。……それが…………」
「何? 隠さずにお言い」
ティリアは渋々話した。三度に一度はマリエンフェルデの紋章つきで暗殺が企てられているということ、それをいつも、ダエトが力強く否定していること。
「何ですって……私の紋章が?」
当然マリエンフェルデの反応は素早かった。
「どうしてもっと早く報せなかったの」
「お耳汚しかと……」
「ティリア。何のために麟に来たのか……もっとよく考えてちょうだい」
「申し訳ありません姫様」
「いいわ。それよりも支度してほしいことがあるわ」
マリエンフェルデは自分が先程計画したことを打ち明け、驚くティリアに、
「いいでしょ?」
と片目を瞑って見せた。それから一転してダエト暗殺を企む者に対しては、きつい顔となり窓に歩み寄った。沈黙が辺りを痛いほど支配する。
「-------最近新しく私の宮に入ってきた女官は誰?」
「……確か……城下の者でリュウェンダという娘ですわ」
暗い光がマリエンフェルデの緑の瞳に宿った。
「調べてちょうだい」
高らかな笑い声が室内に不快なほど響きわたった。その声は壁に反響し天井に反響し、窓すら震わせて轟かんばかりだ。
「いい気味だわ……あの女すっかり震えあがっているそうじゃないの」
第四王妃トリゴリアである。
「わたくしより上の位置にいたりするからいけないのよ」
甲高い笑い声を上げていたその顔が般若のように一転して凄まじいばかりの憎悪の表情となった。ジェローナはその変わりようにビクリとして身体を硬直させる。トリゴリアの手からは、血が滲んで床に滴っている。持っていた扇子を彼女が握り潰しているからだ。
マリエンフェルデが麟に来てより幾度こうしたかわからぬほどの数の扇子がトリゴリアの餌食となっていた。
「卑しい庶民……しかも物を売り買いする商人の家の分際で、よくもわたくしの誇りをズタズタにしてくれたわ」
パシン……
トリゴリアが扇子を床に叩きつけた音が不気味に室内に響いた。
「我慢できない……あの女の下座に何度座らされたか!
その度わたくしがどれだけの恥をかいたか! どうして貴族出身……麟にこの人ありと言われた絶世の美女、この世に二人といない美しいわたくしがあんな卑しい女に辱められなければならないの!」
ガシャン!
ガシャァン!
側にあった玻璃の杯が次々に八つ当りの対象となって砕けていった。そのたびにジェローナは、次は自分かとびくびくせざるを得ない。
「見ておいで憎らしいダエト……あの女を殺して、わたくしが第三王妃に返り咲いてやるわ。何としてでも……絶対……絶対に殺してやる!」
次々に壊れ砕け散る音は、しばらく第四の宮から聞こえ続けていた。
ドドドドドド……
いずこからか、静やかに、しかし確実に不気味に、何かが近付いてきている。数はとても多い。とてつもなく多い。馬の蹄の音である。時折聞こえる怒号は、ひた隠しにしてはいても、人間のものである。なるべく静かに、悟られぬように移動するよう、時々囁き合うのもまた、人間のものであり、真夜中の行軍が人間のものであることも、それが秘密裏に行なわれていることも、まったくゆるぎようのない事実であった。
「! あれは……」
国境近くでそれに気づいた兵士も無論いた。しかし常時三人詰めである。狼煙を上げようとする前に、その支度をしている隙に、影も形も見えず、ただ居ることだけが確実な敵によって息の根を止められ、敵によって衣服鎧を脱がされ、そして埋められた。兵士のふりをすることになった敵の兵士たちは、平然と彼らの鎧を纏い、平然と本国との連絡を取り合って、日常を過ごしていた。どの国境でも同じことだった。そしてそれらはすべて同じようなことが記されていた、
『国境すべて異常なし』
と。
麟の夏が終わろうとする九月半ば-----。国王リンドハーストは、いつものように抱えきれないほどの贈り物と共に第五の宮を訪ったが、いつもとは違い顔色も悪く、どこか元気のないマリエンフェルデを見ておろおろとなっていた。
「いったいどうしたのかね。なぜそんな浮かない顔を? 何かあったのか」
マリエンフェルデはうつむき、出るものは憂えげなため息ばかり、顔は青ざめどことなくやつれているようにすら見える。
「いいえ何も…………」
そう答える言葉も芯がないかのように弱々しい。
「何もないはずがない。何があったのか……言ってみなさい」
「でも……」
「国王は儂だマリエン。どんなことも不可能はない。さあ」
「……それでは……」
袂でさも気分が悪いとでも言いたげに顔を隠し、マリエンフェルデは恐る恐る言った。
「実は……第四王妃トリゴリア様のことなのです」
「何……トリゴリア?」
国王も幾分青ざめた。予想していたよりも遥かに深刻な雰囲気を、マリエンフェルデの言葉と仕草から読み取ったのである。
「はい。実は最近第三の宮が騒がしいということを、陛下はご存じでしょうか」
「第三の……? いや……」
リンドハーストは眉を寄せた。ダエトとトリゴリアと……いったい何の関係があるというのだ。
「騒がしいというのはどういうことだ。儂は何も聞かされておらんぞ」
「第三王妃ダエト様はお優しいから、陛下のお気をわずらわせてはいけないとお思いになったのですわ」
「どういうことだ」
「最近ダエト様を暗殺せんと目論む輩がいるらしいのです」
「何……!」
リンドハーストは気色ばんだ。
第三王妃ダエトは、他の妃とはまったく違った意味で心の安らぐ存在である。なにものに対しても着飾らない彼女は、日常すべての緊張を和らげてくれるようなそんな心優しいものを感じさせてくれる。性を越えた友達のような……そんな気やすい存在だ。だから完全な女として扱う他妃とは少々彼も扱いが違う。例えマリエンフェルデに溺れている現在でも、やはりダエトだけは気に掛かる―――そんな存在だ。
「それが--- 」
言いさしてマリエンフエルデは悲しい顔になった。
「どうした」
「マリエンに疑いがかけられているのです」
「何……ダエトが?」
「いいえ違うのです。ダエト様はマリエンではないと言い張って下さっているのです。マリエンになぜ疑いがかけられたかというと、それはマリエンの紋章の帯がいつも暗殺の道具と共にそこに置かれているかららしいのです」
「おかしいではないか。もし本当にそなたがやっていたとしても、みすみすそんな自分が犯人だと言っているようなものを置くものか」
「はい。ダエト様もそう言われ、一人目に見えぬ暗殺者と戦っておられるのです」
「なぜダエトは……儂に一言言わぬのだ」
「陛下にご心配をおかけするのを厭っておられるのです。あの方はそういう方です」
「確かに…………しかしよりにもよってなぜダエトを? 一体誰が……」
「陛下……申し上げにくいのですが」
「何だ。言ってみなさい」
「……マリエンの紋章がいつも置かれているということは、何者かがマリエンの紋章を持ち出しているということです。内部に誰か密偵がいると、マリエンは思ったのです。
そして見張った挙げ句に―――とうとうその者を捕らえたのです」
「何--------」
「ティリア」
マリエンフェルデは張りのある声で叫んだ。ティリアが扉を開け、一礼して中に入ると彼女に続いて兵士に脇を固められ、縛り上げられた一人の女が入ってきた。
「この女は?」
「-------第四王妃トリゴリア様の密偵ですわ」
悲しげに、不快げに、マリエンフェルデは女から目をそらして言った。
「---なんと」
ここに致ってリンドハーストもやっと事態に気づいたようだ。
「それではトリゴリアがダエトを? そしてその犯人にそなたを据えようとしたと言うのか」
「この女官がすべて吐いたことですわ」
袂で顔を口元を覆いながらマリエンフェルデは言った。ちらりとティリアを見る。ティリアはうなづき、キッと縛られた女を振り返った。よく見るとこの縛り上げられた女は、顔の身体のあちこちに尋問の後が見られる。
しかし彼女は今や完全なティリアの奴隷であった。彼女に怯え、彼女に服従する。
「…………ト、トリゴリア様は……第三王妃ダエト様が……御自分より高い地位におられるのを--------御自分は第四王妃、ダエト様が第三王妃だということを-------ひどくお厭いなされて…………平民出身のダエト様より御自分が下座ということをひどくお怒りになって…………それで……ダエト様を亡き者にしようと。あの……第五王妃様にも、ついでに罪を着せてしまえばよい、と、こうおっしゃられて」
「なんということだ」
さすがのリンドハーストも、これには怒りを隠せずにいる。
よりにもよって、自分の妃の一人が別の妃を暗殺せんと目論み、また別の妃に罪を被せようとしたとは。
「この女官はマリエンフェルデ様の紋章の帯を盗みだそうとしているところを捕らえました。多くの者が見ています」
ティリアはそう言い、公正な判断を国王に委ねたいとも言った。
それを聞きリンドハーストは強くうなづき、明日にでもトリゴリアを呼び出しきつく問い糾すと言った。無論それはマリエンフェルデの宮に通える時間、言うなれば夜以外ということも、付け加えておかなければならない。今や彼にとって、マリエンフェルデと共にいない生活は考えられないのだ。
その頃トリゴリアは、自分のこれからの運命も知らずに、一人第四の宮で高笑いを上げていた。
だから彼女は、次の日日中に本宮に呼び出された時も、多少いつもと違うとは感じてはいても、それ以上の不信感を感じもせず、うきうきとして新しい香を薫き、新しい扇、自分に一番似合うと自負する波紋様地の撫子(表紅・裏淡紫)の襲を纏い、鼻歌すら歌いながらジェローナを従えて本宮へと赴いた。
しかしそこで待っていたのは国王の最高に不機嫌な顔、彼女が今まで見たこともないような恐ろしい顔の国王リンドハーストの顔であった。
「……陛下……? いかがなさいました? 何かご不快なことでも?」
「存分にな」
不機嫌に言いリンドハーストはトリゴリアにそこに座るよう重い口調で言った。
「…………」
何か変だ、トリゴリアは瞬時にそう思った。どうして国王はあんなに不機嫌なのだ?
「儂が何を言いたいか……わかっておるなトリゴリア」
「わかりませんわ」
半ば抗議するような不可解さで彼女はそう言った。
「わたくしが何かしでかしたとでも? 天に誓って万事が潔白のわたくしが?」
「ダエトを暗殺せんとしたただろう」
「---------」
この時のトリゴリアの顔色の豹変ぶりを-------いったいどう表現したらいいものだろうか。言われた途端彼女の顔はサッと刷毛ではいたように青ざめた。そして見る見る内に灰色に変わっていき、次第に白くなり、また青くなって最後には怒りの為赤くなった。
「ど、どういうことですの陛下? わたくしは……」
「この期に及んでまだ言い訳を? 見苦しいぞトリゴリア」
最初は抑えよう抑えようとしていた怒りが次第に膨らんでいくのをリンドハーストは大して意識もせずに爆発させようとしていた。
いや、そんな自分にすら気が付かなかっただろう。今の彼は女好きのリンドハーストではなく、一個の国王となっていた。妃を暗殺せしめようとしたことよりも、むしろ他の妃に罪をかぶせようとした卑怯さに彼は激怒していた。マリエンフェルデだという理由からでは、必ずしもない。例え同じことを、第一王妃リンカニアがトリゴリアにしたとしてもやはり彼は同じように怒っただろう。要するに行いそれ自体が持つ卑怯さに、彼は今までないほどの憤りを感じているのだった。
「お前にはほとほと呆れたぞトリゴリア!」
トリゴリアは真っ青になっておののいた。リンドハーストがこれほどにも怒るとは
……よりにもよってこの自分が。国王の寵愛を一身に受けていたこの自分が、かつてはリンカニアを凌ぐ勢いであったこの自分が!
「陛下…………」
「お前はしばらく宮で謹慎しておれ! お前のような妃がいるとは恥が大きすぎて誰にも言えぬ! 宮から出ることも、商人や楽師を呼ぶこともならぬ。第四の宮の入り口は封印し侍女女官も出入りは許さんぞトリゴリア。食事は運ばせるが今までのような贅沢は許されないものと覚悟せよ。儂がいいというまで、お前が反省の色を見せるまで、尼同然の生活をしておれ!」
バン!
リンドハーストは勢いも凄まじく扉を閉めて出ていった。入れ違いに、兵士が入ってきてトリゴリアの両腕をがっちりととった。
「な……なにをする」
トリゴリアは放心から立ち直れないまま兵士に脇を固められて弱々しい声を上げた。
「放しなさい……わたくしは第四王妃ですよ!」
「あなたは第四王妃の位をたった今剥脱されました」
新たに入ってきたもう少し地位の高い兵士がやってきて冷淡に言った。
「な……なに」
「国王陛下のお達しです」
「何を言う!」
バシッ……
トリゴリアがその兵士の頬を張る凄まじい音が響いた。脇を固めていた兵士たちの隙を見て兵士を殴ったトリゴリアの素早さは凄まじいものがある。
「連れていけ」
「放しなさい! ええ悔しい……覚えておいで!」
トリゴリアの悲鳴は、聞き苦しいほどに大きく、……大きく宮に響き続けていた。
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