農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

かのん

ゲームの知識がここで役に立つなんて

前世でプレイしていたゲームに転生した。

畑を耕して農作物を収穫し、建築物を建てて、世界を作るゲームだ。


クソゲーと呼ぶ人もいた。でも中毒性があった。

キャラの人間関係も無駄に複雑で、あの頃はかなりやりこんだ。


だから転生した直後、すぐに分かった。

まさに今、あの有名なシーンに直面しているのだと。


「この婚約は無かったことにして欲しい。家から出て行ってくれ」


銀髪の公爵が、屋敷で言い放つ。

今まで彼とヒロインの恋愛を邪魔してきた、悪役令嬢に向かって。


彼女は金髪碧眼の美少女、アリス・ジークフリート。

転生した後の、私だった。



屋敷を出た私は、一目散に街を駆け抜けた。


「よっしゃ、自由だぁ!」


中世を舞台にしたゲームの世界に、心が踊る。

武器屋、道具屋、宿屋、そして教会。

どこも魅力的だが、私が目指しているのはただ一つ。


「へい、タクシー……じゃなくて馬車、乗せて!」


場所の詳細を告げると、御者は眉をひそめた。


「ずいぶん遠いですね。高くつきますよ?」

「良いの。足りなかったら、払ってもらうから」


そう。お金の心配は要らない。

行先は郊外の広大な敷地にある、実家だから。



牧草地と草原を抜けると、豪邸が見えてきた。

前世でプレイしていた時から、一番気に入っていた場所。

それはジークフリート家、悪役令嬢アリスの家だった。


「ただいまー」

「アリス!?公爵の家にいるとばかり……」

「うん。婚約破棄されたから帰って来た」


食堂へ入るなり告げると、両親は顔を見合わせた。

彼らの向かいに、ある男性が座っていた。


「この方は、どなた?」

「第二王子の、オリヴィエ王子よ」


彼は綺麗な顔立ちをしていた。

濡れるような黒髪、漆黒の瞳、モデルのように長い手足。


こんなキャラいたっけ?


必死でメインストーリーを思い出す。

主人公は性別を選べて、私は女主人公にしていた。

一応、恋愛要素もあった。かなり雑だったが。


「オリヴィエ王子、すみません。娘が初対面から無礼を……」

「いえ、お気になさらず。娘さんのお名前は?」


私は前に出て、言った。


「アリスです」

「素敵な名前ですね」


彼の涼しげな瞳は、私を捉えた。

そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「アリス、お願いがあるんだが」

「はい」

「この農地を、案内してくれないか?」


好青年との散歩も悪くないが、私は豪邸を楽しみたい。

断わろうとすると、両親が嬉しそうに声を上げた。


「それが良い!第二王子は農業にご関心がおありだ」

「ちょうど今、うちの農地をご案内しようとしていたところよ」


ちょうど今、私は豪邸を堪能しようとしていたんですが。


心の声が彼らに伝わるはずもなく、私たちは馬車に乗せられた。

そして、今思えば「初デート」イベントに出かけたのだった。



星の輝く、気持ちのいい夜だった。

馬車に揺られながら、隣に座るオリヴィエ王子は言った。


「婚約破棄されたというのは、本当か?」

「え?まあ、そうですね」

「こんな美しい方を捨てるなんて、信じられないな」


フラグ!?いきなり!?


でもこれはクソゲーだ。何が起きてもおかしくない。

公爵もヒロインに一目惚れして、私を捨てたんだし。


次の瞬間、彼は私の手を握ってきた。


「農地を案内して欲しいというよりも……」

「は、はい」

「俺は、君と二人になりたかった」


完全な沈黙が、馬車を包んだ。


私は彼を見た。彼はとてもかっこいい。

めくられたシャツからは、たくましい腕がのぞく。


かたちの良い唇が、近付いてきた。

唇が触れ合おうとした瞬間―――


―――ガタンッ!


大きな音を立てて、馬車が揺れた。

畑に、脱輪してしまったのだった。



「すみません!すみません!」


馬車の横で、御者は平謝りしている。

私たちは馬車を降りて、からからと空しく回る車輪を見つめていた。


「どうしよう。家からは、だいぶ離れているし……」

「あっしが走って呼んできます!」


御者は、すごい勢いで走り去って行った。

彼を見送っていると、何者かに足首をガシッとつかまれた。


「っ!?」


すっかり忘れていた。

このゲームでは、夜に外へ出てはいけない。


「大丈夫か、アリス!」


何故なら、ゾンビが出るからだ。



地中から、次々と死者たちが蘇る。


ゾンビと遭遇しても、斧やくわなどの武器があれば倒せる。

だけど今の私は何も持っていない。


私は堪忍して目を閉じた。

ここで死んでも、前世に戻るだけだ。報われなかった、平凡なOLに―――


しかし、死ぬのは私ではなかった。

次の瞬間、ゾンビたちの断末魔が畑に響き渡った。


光に包まれて、ゾンビたちは消えて行った。

オリヴィエ王子の手に、光が残っている。


「本当は魔法を使う姿を見せたくなかったんだけど……」


オリヴィエ王子は、私を抱きしめた。

さわやかな香水の匂いがする。


「愛する人を失いたくないから、仕方ないな」


彼は私を見つめて、ほほ笑んだ。

私はほほ笑み返した。しかし、内心では別のことを考えていた。


光魔法って、最強ランクしか使えないんじゃなかったっけ?



御者が戻ってきて、私たちは再び馬車に乗った。

気持ちの良い風が、頬を撫でる。


「王位継承争いに巻き込まれたくないから、魔法を使えない振りをしてるんだ」

「農業が好きというのも、嘘なんですか?」

「いや、それは本当だ。郊外に畑のついた別荘もあるし……あ、そうだ」


彼はぱっと顔を輝かせた。

そして、私の手を取った。想像していたより、大きくて温かい。


「一緒に暮らさないか?別荘で」

「え?」

「ちょうど王位継承争いが終わるまで、身を隠そうと思っていたんだ」


また婚約破棄されるのかな、という思いが頭をよぎった。

すると私の心を読んだかのように、彼は言った。


「大丈夫。俺は君を捨てないよ」


そして、私の掌にキスをした。

優雅で、美しい動作だった。


「あの別荘では俺の好きにできるから、欲しいものは何でもあげるよ」

「そ、そんなうまい話ある?」


彼は私を抱き寄せた。


「好きな人に幸せになって欲しいのは、当然だろう」


漆黒の瞳は、熱っぽく私を見つめた。

その瞳を見て、私は気が付いた。


これはクソゲーだ。どんなことも起こりうる。

変なことは絶対に起こる。心配していても仕方ない。

なら、それまで楽しんでやる。


「分かりました。よろしくお願いします、オリヴィエ」


今度こそ、私たちは唇を合わせた。

馬車は心地よく揺れて、私たちをどこまでも運んでくれる気がした。



数か月後。


第二王子の別荘にある畑に、私はいた。

そこには赤々としたトマト、大きなスイカが実っている。


「オリヴィエ!見てみて!」

「お、どれも良い色だ」

「肥料を変えてみたの」

「本当にすごいな、アリスは」


ゲームの知識が、ここで初めて生きてきた。

畑は豊作で、実家にもいくつか持って行った。


実家と言えば、と私は思った。


「この前、姉が出産したって聞いたわ」

「そうか。俺たちもそろそろだな」

「え!?だって私たち結婚してないよね?」


彼は私の腰を抱き寄せた。


「反対する奴らが面倒だからな。でも既成事実を作れば、文句は言われないだろう」

「そっちの方が問題じゃない!?」


オリヴィエはしっかりしているようで、時々ぬけている。

天然なのか、それとも―――


「アリスと一緒にいられるなら、なんだってするさ」


確信犯なのか。


彼は不敵な笑みを浮かべた後、私に口付けをした。



こうして私は、最強だけど能力を隠している第二王子と、

のどかな土地で畑を耕しながら、いつまでも幸せにスローライフを送りましたとさ。


めでたし、めでたし。


……とならないのが、クソゲーである。


後年、隕石が城を直撃した。

王位継承争いをしていた王子達は、全員死亡。


郊外で畑を耕していた第二王子が、王位を受け継ぐことになる。

しかしオリヴィエの私への溺愛は、変わらずに続くのだった。

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農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~ かのん @izumiaya

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