農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~
かのん
ゲームの知識がここで役に立つなんて
前世でプレイしていたゲームに転生した。
畑を耕して農作物を収穫し、建築物を建てて、世界を作るゲームだ。
クソゲーと呼ぶ人もいた。でも中毒性があった。
キャラの人間関係も無駄に複雑で、あの頃はかなりやりこんだ。
だから転生した直後、すぐに分かった。
まさに今、あの有名なシーンに直面しているのだと。
「この婚約は無かったことにして欲しい。家から出て行ってくれ」
銀髪の公爵が、屋敷で言い放つ。
今まで彼とヒロインの恋愛を邪魔してきた、悪役令嬢に向かって。
彼女は金髪碧眼の美少女、アリス・ジークフリート。
転生した後の、私だった。
☆
屋敷を出た私は、一目散に街を駆け抜けた。
「よっしゃ、自由だぁ!」
中世を舞台にしたゲームの世界に、心が踊る。
武器屋、道具屋、宿屋、そして教会。
どこも魅力的だが、私が目指しているのはただ一つ。
「へい、タクシー……じゃなくて馬車、乗せて!」
場所の詳細を告げると、御者は眉をひそめた。
「ずいぶん遠いですね。高くつきますよ?」
「良いの。足りなかったら、払ってもらうから」
そう。お金の心配は要らない。
行先は郊外の広大な敷地にある、実家だから。
☆
牧草地と草原を抜けると、豪邸が見えてきた。
前世でプレイしていた時から、一番気に入っていた場所。
それはジークフリート家、悪役令嬢アリスの家だった。
「ただいまー」
「アリス!?公爵の家にいるとばかり……」
「うん。婚約破棄されたから帰って来た」
食堂へ入るなり告げると、両親は顔を見合わせた。
彼らの向かいに、ある男性が座っていた。
「この方は、どなた?」
「第二王子の、オリヴィエ王子よ」
彼は綺麗な顔立ちをしていた。
濡れるような黒髪、漆黒の瞳、モデルのように長い手足。
こんなキャラいたっけ?
必死でメインストーリーを思い出す。
主人公は性別を選べて、私は女主人公にしていた。
一応、恋愛要素もあった。かなり雑だったが。
「オリヴィエ王子、すみません。娘が初対面から無礼を……」
「いえ、お気になさらず。娘さんのお名前は?」
私は前に出て、言った。
「アリスです」
「素敵な名前ですね」
彼の涼しげな瞳は、私を捉えた。
そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「アリス、お願いがあるんだが」
「はい」
「この農地を、案内してくれないか?」
好青年との散歩も悪くないが、私は豪邸を楽しみたい。
断わろうとすると、両親が嬉しそうに声を上げた。
「それが良い!第二王子は農業にご関心がおありだ」
「ちょうど今、うちの農地をご案内しようとしていたところよ」
ちょうど今、私は豪邸を堪能しようとしていたんですが。
心の声が彼らに伝わるはずもなく、私たちは馬車に乗せられた。
そして、今思えば「初デート」イベントに出かけたのだった。
☆
星の輝く、気持ちのいい夜だった。
馬車に揺られながら、隣に座るオリヴィエ王子は言った。
「婚約破棄されたというのは、本当か?」
「え?まあ、そうですね」
「こんな美しい方を捨てるなんて、信じられないな」
フラグ!?いきなり!?
でもこれはクソゲーだ。何が起きてもおかしくない。
公爵もヒロインに一目惚れして、私を捨てたんだし。
次の瞬間、彼は私の手を握ってきた。
「農地を案内して欲しいというよりも……」
「は、はい」
「俺は、君と二人になりたかった」
完全な沈黙が、馬車を包んだ。
私は彼を見た。彼はとてもかっこいい。
めくられたシャツからは、たくましい腕がのぞく。
かたちの良い唇が、近付いてきた。
唇が触れ合おうとした瞬間―――
―――ガタンッ!
大きな音を立てて、馬車が揺れた。
畑に、脱輪してしまったのだった。
☆
「すみません!すみません!」
馬車の横で、御者は平謝りしている。
私たちは馬車を降りて、からからと空しく回る車輪を見つめていた。
「どうしよう。家からは、だいぶ離れているし……」
「あっしが走って呼んできます!」
御者は、すごい勢いで走り去って行った。
彼を見送っていると、何者かに足首をガシッとつかまれた。
「っ!?」
すっかり忘れていた。
このゲームでは、夜に外へ出てはいけない。
「大丈夫か、アリス!」
何故なら、ゾンビが出るからだ。
☆
地中から、次々と死者たちが蘇る。
ゾンビと遭遇しても、斧や
だけど今の私は何も持っていない。
私は堪忍して目を閉じた。
ここで死んでも、前世に戻るだけだ。報われなかった、平凡なOLに―――
しかし、死ぬのは私ではなかった。
次の瞬間、ゾンビたちの断末魔が畑に響き渡った。
光に包まれて、ゾンビたちは消えて行った。
オリヴィエ王子の手に、光が残っている。
「本当は魔法を使う姿を見せたくなかったんだけど……」
オリヴィエ王子は、私を抱きしめた。
さわやかな香水の匂いがする。
「愛する人を失いたくないから、仕方ないな」
彼は私を見つめて、ほほ笑んだ。
私はほほ笑み返した。しかし、内心では別のことを考えていた。
光魔法って、最強ランクしか使えないんじゃなかったっけ?
☆
御者が戻ってきて、私たちは再び馬車に乗った。
気持ちの良い風が、頬を撫でる。
「王位継承争いに巻き込まれたくないから、魔法を使えない振りをしてるんだ」
「農業が好きというのも、嘘なんですか?」
「いや、それは本当だ。郊外に畑のついた別荘もあるし……あ、そうだ」
彼はぱっと顔を輝かせた。
そして、私の手を取った。想像していたより、大きくて温かい。
「一緒に暮らさないか?別荘で」
「え?」
「ちょうど王位継承争いが終わるまで、身を隠そうと思っていたんだ」
また婚約破棄されるのかな、という思いが頭をよぎった。
すると私の心を読んだかのように、彼は言った。
「大丈夫。俺は君を捨てないよ」
そして、私の掌にキスをした。
優雅で、美しい動作だった。
「あの別荘では俺の好きにできるから、欲しいものは何でもあげるよ」
「そ、そんなうまい話ある?」
彼は私を抱き寄せた。
「好きな人に幸せになって欲しいのは、当然だろう」
漆黒の瞳は、熱っぽく私を見つめた。
その瞳を見て、私は気が付いた。
これはクソゲーだ。どんなことも起こりうる。
変なことは絶対に起こる。心配していても仕方ない。
なら、それまで楽しんでやる。
「分かりました。よろしくお願いします、オリヴィエ」
今度こそ、私たちは唇を合わせた。
馬車は心地よく揺れて、私たちをどこまでも運んでくれる気がした。
☆
数か月後。
第二王子の別荘にある畑に、私はいた。
そこには赤々としたトマト、大きなスイカが実っている。
「オリヴィエ!見てみて!」
「お、どれも良い色だ」
「肥料を変えてみたの」
「本当にすごいな、アリスは」
ゲームの知識が、ここで初めて生きてきた。
畑は豊作で、実家にもいくつか持って行った。
実家と言えば、と私は思った。
「この前、姉が出産したって聞いたわ」
「そうか。俺たちもそろそろだな」
「え!?だって私たち結婚してないよね?」
彼は私の腰を抱き寄せた。
「反対する奴らが面倒だからな。でも既成事実を作れば、文句は言われないだろう」
「そっちの方が問題じゃない!?」
オリヴィエはしっかりしているようで、時々ぬけている。
天然なのか、それとも―――
「アリスと一緒にいられるなら、なんだってするさ」
確信犯なのか。
彼は不敵な笑みを浮かべた後、私に口付けをした。
☆
こうして私は、最強だけど能力を隠している第二王子と、
のどかな土地で畑を耕しながら、いつまでも幸せにスローライフを送りましたとさ。
めでたし、めでたし。
……とならないのが、クソゲーである。
後年、隕石が城を直撃した。
王位継承争いをしていた王子達は、全員死亡。
郊外で畑を耕していた第二王子が、王位を受け継ぐことになる。
しかしオリヴィエの私への溺愛は、変わらずに続くのだった。
農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~ かのん @izumiaya
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