42 エピローグ

 順調な日々だった。しかし、鷹斗の渇きは止まらなかった。俺はまた、週末に監禁された。手錠をかけられ、四つん這いにさせられた。


「これ、買ったんだ」


 馬の尻尾のような、黒いバラ鞭を鷹斗は取り出した。その先でつうっと俺の尻を撫でた。


「いくよ」


 乾いた音をたて、鞭が振り下ろされた。


「ぐあっ……」


 手で叩かれる時とは違い、ひりつくような痛みが俺を襲った。鷹斗もまだ慣れていないのか、探り探り鞭をふるっていた。


「あっ……あ……」

「志鶴、可愛いよ」


 ギリギリまで耐えようと思った。しかし、人工物に与えられる痛みは俺の想像を超えていた。


「ダメっ……鷹斗! 殺して!」

「兄ちゃん? ごめんね兄ちゃん!」


 手錠を外され、俺は鷹斗に抱き締められた。


「下手だったよね。ごめん。本当にごめん」

「いや、いい……兄ちゃんこそ、ごめん」


 本当は、鷹斗が満足するまで続けたかったのだが。俺は鷹斗にキスをした。


「んっ……志鶴ぅ……」

「鷹斗、愛してる。どんなに酷いことされても、それは全部鷹斗の愛情だと思ってるから」


 俺たちは身体をまさぐり、敏感なところを攻め合った。舐め回し、指を入れ、ぐちゃぐちゃになって互いの存在を確かめた。

 初めは脅され、無理やりだった。兄弟の情なのか性愛なのかよくわからないまま、繋がった。

 今でもこれが正解なのかはわからない。兄弟で交わることは間違っていると、世間からは言われてしまうだろう。

 けれど、これが俺の弟の愛し方なのだ。

 監禁が終わり、俺は自分の部屋から小箱を持ってきた。


「鷹斗、プレゼント」


 それは、安物のシルバーの指輪だった。本当はもっといい物を買いたかったが、自分が稼げる範囲だとこれで精一杯だった。


「これ……くれるの?」

「うん。俺のもある。兄弟だから結婚はできないけどさ。何か他に証が欲しいと思って」

「志鶴……」


 俺は鷹斗の薬指に指輪をはめた。ぴったりだった。彼が寝ている間にサイズをはかっていたのだ。


「ありがとう。大事にする。志鶴のことも、ずっとずっと大事にする」


 鷹斗は俺の胸で泣いた。




 鷹斗に指輪を渡してから十年が過ぎた。

 両親の遺骨はもう家にはない。海に還った。俺は遺影を乾いた布で拭いた。

 絵はまだ続けている。ネストのフォロワーは一万人を超えた。シホさんやあーこさんからは、プロを目指せばいいのにと言われたこともあったが、あくまで趣味として描くことに決めていた。

 花梨は結婚し、子供を産んだ。それから忙しくなって、疎遠になったが、毎年届く写真つきの年賀状が彼女の幸せを伝えてくれていた。

 そして。


「シヅル、ただいまー!」


 高校生になったトキヤは、時折家に来ては夕飯をねだってくる。背はどんどん伸びて、俺も鷹斗も追い越されてしまった。

 もうわかる年齢になっただろう、と俺と鷹斗の関係についても打ち明けた。じゃあ二人は一生離れないんだね、とどこか嬉しそうだった。


「トキヤ、お菓子を食べる前に手を洗いなさい」

「はぁい」


 今日のメニューは肉じゃがだった。すっかり俺の得意料理になった。


「タカトは今日遅いの?」

「トキヤが来るって話してあるから、それなりにすぐ帰ってくるんじゃないかな」


 鷹斗は昇進し、俺もバイトとはいえ仕事を始めたことから、定時であがることも少なくなった。それでも、今日みたいな日は頑張って早く終わらせてくるようだった。


「ただいまー!」


 鷹斗は指輪をはめたまま出勤している。相手が実の兄だということはさすがに伏せたらしいが、職場にカミングアウトしたのだ。理解してくれる人もいるよ、と彼は笑っていた。


「やった、今日肉じゃがだ」

「たくさん作ってるから、遠慮せずに食えよ」


 こうして家族で食卓を囲むことは、生きることだ。歪かもしれないが、それでも家族だ。俺はこの日々が続くことを何よりも願っている。


「そうだ、シヅル、タカト。オレ、彼女できた」


 鷹斗はトキヤの頭を掴んだ。


「マジか! 今度連れてこい!」

「まだ付き合ったばっかりだってば」


 じゃれ合う二人を眺めながら、俺はジャガイモを口に運んだ。

 トキヤが帰ってから、鷹斗とシャワーを浴び、ダブルベッドに寝転がってタバコを吸った。


「なあ、兄ちゃん」

「どうした?」

「生まれ変わっても、兄弟でいような」

「うん」


 吸い殻を灰皿に落とし、俺たちはキスをした。


「愛してるよ、志鶴」

「俺も愛してる、鷹斗」


 また、夜が始まる。この夜も明けてしまうだろう。なら、何度でも繰り返すだけだ。

 俺たちは求め合う。この肉体が朽ち果てるまで。組み合わせた指も、絡まった舌も、全てが一緒になって、俺たち兄弟の形を作っていく。

 いずれどちらかが看取る日が訪れるだろう。できればそれは俺の役目でありたい。いつか約束したように。

 どれだけ広い世界に羽ばたいたとしても、帰ってくるのはこの場所だ。鷹斗。俺の弟。永遠に離さない。死がふたりをわかつまで。ずっと側にいよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る