40 子供
トキヤが昆虫図鑑を持ってやってきた。今度はナナフシを描いて欲しいらしい。
「こんなもんでどうだ?」
「うわー! シヅル凄いよ!」
虫を描くのもなかなか練習になっていい。主人公のチョウとハチも描くほどに愛着が出てきた。
「シヅル。今夜はご飯食べたい。コンビニもう飽きた」
「そうか。一緒に買い物行くか?」
「うん!」
俺はトキヤの希望で鶏の唐揚げを作ることにした。味付けは市販の唐揚げ粉だ。フライヤーの扱いさえきちんとしていれば失敗はないだろう。
こうして小学生とスーパーを歩いていると、親になったような気分になる。トキヤがお菓子のコーナーで立ち止まったので、一つだけならいいよとチョコレートを選ばせた。
「ええ……兄ちゃん、こいつ居るのかよ」
「こいつじゃないよ、トキヤ!」
俺が揚げている間、鷹斗はトキヤに質問責めにあっていた。
「タカトには彼女いるの?」
「いないよ。兄ちゃんさえいればいいから」
「タカトはシヅルのこと好きなんだね。ボクも好き」
「はあっ? 僕の方が好きだからね?」
「鷹斗、小学生相手に大人げない……」
第一弾が出来上がったので、大皿に盛ってダイニングテーブルの中央に置いた。鷹斗とトキヤは競うようにして食べ始めた。この分じゃ次々揚げないと間に合わないだろう。
「あっ、それ僕が取ろうとしてたのに!」
「タカトが遅いから悪いんでしょ!」
「まあまあ二人とも、すぐにできるから……」
トキヤがいると賑やかでいい。俺も立ったまま一つだけ食べた。やはり揚げたては最高だ。
鶏肉は多めに買ったのだが、トキヤが思ったよりもよく食べたので、俺の取り分が少なくなってしまった。
俺たちが幼い頃の母も、きっとこんな風だったのだろう。俺は遺影を眺めた。
「そういえば、この写真何?」
トキヤが聞いてきた。
「俺の父さんと母さんだよ。死んじゃったんだ。だからこうして写真を飾ってる」
「そうなんだ。シヅルは寂しい?」
「寂しいよ。けど、死んだ人とはもう会えないから、生きてる者同士で、食事して、笑って、思い出を話したりするんだよ」
「……何だかシヅル、難しいこと言うね」
時計を見ると、八時だった。俺と鷹斗はトキヤを送ることにした。マンションの前まで行くと、スーツ姿の女性が憔悴した様子で立っていた。
「朱鷺也!」
「ママ!」
トキヤはしゅっと俺の後ろに隠れてしまった。
「トキヤのお母さんですか?」
鷹斗が前に歩み出た。
「はい。あなた方は……」
「江藤と申します。最近、息子さんが我が家によく来るんですよ。今日は夕飯を食べさせました。もっと息子さんの面倒を見てあげてください」
俺はトキヤを引っ張って、トキヤの母親の前に立たせた。彼は下を向き、腕をぷらぷらとさせた。
「江藤さん、本当に申し訳ありません。ただ、私も主人も仕事で忙しくて……」
「今が大事な時でしょう。うちは構いませんが、まだまだ親の愛情が必要な時期じゃないですか。どうか、お願いします」
鷹斗はトキヤの頭を撫でた。トキヤははっと鷹斗の顔を見た。
「帰ろう。ママとお話ししよう」
「ママに話すことなんてないよ」
俺はしゃがんでトキヤの顔を覗き込んだ。
「ちゃんとお話しするんだ。生きてる間しかできないって俺言ったろ?」
「うん……」
トキヤの母親は、何度も俺たちに頭を下げて、トキヤを連れて帰っていった。帰り道で、俺は鷹斗に言った。
「意外だったよ。鷹斗はトキヤのこと迷惑がってるとばっかり思ってた」
「いや、迷惑だよ? 僕と兄ちゃんの間邪魔されるし。けど、まあ子供だし? 可愛くないこともない」
俺は肘でつんと鷹斗をつついた。
「素直に可愛いって言えばいいのに」
「うるさいなぁ」
二日後、トキヤはクッキーの箱を持って現れた。
「これ、パパとママから」
「そっか。ありがとう」
それを開けて、ソファで一緒に食べながら、トキヤは語った。
「変なことされなかったかって色々聞かれた。変なことって何?」
「あはは……俺たちも信用ないな。当然か。勝手にトキヤの身体を触ったりとか、そういうのだよ」
「別に、ボクはシヅルとタカトになら触られてもいいけど?」
「あー、そういうのが危ないんだよ。いいかトキヤ。例え俺たちでも身体を触らせちゃいけないんだよ?」
「ナデナデは?」
上目遣いになられるとこちらも弱い。
「ま、まあ……それくらいなら……」
「えへへっ」
トキヤは俺の膝の上に乗ってきた。頭を撫でてやると、目を細めた。
「ボク、シヅルとタカトの子供になりたい」
「それはできないなぁ」
「なる。ママもパパも、変なことされないならこの家に行くのは別にいいって言ってた。だから、ボクはこの家の子になる」
鷹斗が帰ってくると、トキヤは同じことを言った。
「まあ、いいんじゃない?」
「鷹斗?」
「弟になるのはダメだけど。子供ならいいよ」
「やったー!」
「その理屈は兄ちゃんよくわからないよ……」
こうして俺と鷹斗の間に子供ができた。
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