33 お仕置き

 鷹斗は二日会社を休んだ。そのまま土曜日になったので、二人で寝転びながらゆっくりとしていた。ミナとのことが発覚して以来、セックスはしていない。それどころかキスさえも。

 最初は体調不良だしまあ当然かと思っていたのだが、日曜日の夜になり、そろそろ期待していたところに、こう突きつけられたのである。


「兄ちゃんにはお仕置き。一ヶ月間、やらしーことなし。一人で抜くのもダメ。まあ、僕はできるけどね。僕だけじゃ飽き足らず、女も抱いてた兄ちゃんにできるかな?」


 それでいて、添い寝はするというのだから、生殺しもいいところだった。鷹斗が寝たのを何度も確かめて、首筋の匂いをかいだ。

 このところ、性欲に溺れていた俺にとって、このお仕置きはかなり効いた。どうにもならない劣情を絵にぶつけた。

 何枚も何枚も、鷹斗を描いた。実物を見なくても、この手が彼の輪郭を覚えていた。

 そうしているうちに、あーこさんの絵が届いた。鷹斗は二人の寝室にそれを飾った。


「うん。やっぱり素敵な絵だ。買って良かった」


 鷹斗はそう言い、二人の天使の羽根を撫でた。俺は彼の身体を後ろから抱いた。


「なあ、鷹斗。キスだけでも……」

「だーめ。まだ二週間じゃない。まだまだ我慢してもらうよ?」


 俺の身体を引き剥がし、鷹斗は俺の鼻をつんとつついた。手を握るくらいまでは許されたので、俺たちはベッドに腰かけ、手を組み合わせたまま、飽きることなく天使の絵を見た。


「兄ちゃんは最近絵描いてる?」

「絵しか描いてないよ。他にすることないから」

「見せてよ」


 スケッチブックを見せると、鷹斗はカラカラと笑った。


「僕ばっかりだし」

「いいじゃないか。それしか描きたいものが無いんだから」

「またモデルになってあげようか」


 鷹斗は裸になり、ベッドに寝そべった。


「はい、どうぞ」

「そんなことされると触りたくなるんだけど?」

「ダメダメ。細かいところまできちんと描いてよね?」


 相変わらず引き締まった良い身体だ。俺は煩悩まみれのまま鉛筆を動かした。なぜ鷹斗は我慢できるのだろうか。仕事からは真っ直ぐ帰ってくるし、他の男としているというわけではなさそうだった。


「あはっ、兄ちゃん、目がこわい」

「仕方ないだろ。そんなの見せつけられちゃ……」

「兄ちゃんって本当にケダモノだよね。まあ、そうなるように仕向けたのは僕だけどさ。あと二週間、せいぜい頑張って」


 間が持たなかった。俺はシホさんにグリーンで話を聞いてもらった。


「俺、恋人が居るんですけど、二股がバレて、やらしーことは一ヶ月間なし、ってなりまして……」

「あははっ! 志鶴さんも案外だらしないんですね。良かったじゃないですか。別れを切り出されなくて。もう片方の女の子は精算したの?」

「はい、キッパリと」

「じゃあ我慢するしかないですね」

「一緒に住んでるんですよ……けっこう、キツいです」

「彼女もそれを狙ってるんでしょうから、ここは踏ん張りどころですよ」


 途中から、あーこさんも入ってきた。


「ああ、あーこさん! 今ね、志鶴さんの二股の話してたんです」

「ええ? 志鶴さん女の子泣かせたん?」

「まあ……泣かせましたね」

「志鶴さん実物見たからようわかるけど、モテそうでしたもんね。あかんよほんまに」


 年上の女性二人から詰められて、俺は画面越しだというのにペコペコ頭を下げていた。

 一人で居るとき、俺は胸の傷に触れた。そこまで深くないが、ミナの左腕のように痕が残ることは確実だった。

 ミナは今どうしているのか、考えることもあった。俺と住む計画が無くなったのだから、デリヘルはやめていてほしいと思った。

 こんなことになった後だが、俺はミナの幸せを願っていた。俺じゃない誰かと、結婚して、子供を産んで。そういう人並みの幸福が訪れるよう、俺は祈った。

 俺は凝った料理をすることにした。あれこれネットを調べて、カレーを作った。牛スジ肉を使い、隠し味にバナナとインスタントコーヒー。圧力鍋で煮込んだ。


「わー! 兄ちゃん、今日カレー?」

「これは明日まで寝かしとくの。今日は別のやつ」

「えー、こんなにいい匂いさせといて?」


 鷹斗もな、と言いかけてやめた。血の濃い者同士は体臭がダメになるとも聞いたことがあったが、彼からは赤子のような甘い香りがして、それがふわりと香る度、身体をかきむしりたくなった。

 一日置いた甲斐あって、カレーはコクのあるなめらかな仕上がりになった。鷹斗も美味しい美味しいと言い、お代わりをした。


「でも僕、もうちょっと辛い方が好みだな」

「そっか。ルーのメーカー変えてみるか……」


 そんなことをしながら、俺は指折り一ヶ月間が過ぎるのを待った。いよいよあと三日に迫った夜、ミナのアドレスから連絡が来た。


「美奈子の父親です。美奈子が逝去しました。自殺でした。式は既に終えました。志鶴さんとは親しくされていたようですので、こうして連絡した次第です。一度、お話をお伺いできますでしょうか」

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