30 発覚
鷹斗を仕事に送り出してから、俺は掃除機をかけた。今日は昼過ぎに、ミナが直接家に来る。それまでに、彼女の絵を完成させてしまおうと、俺は筆を動かした。昼食は冷凍のグラタンで簡単に済ませた。
「しづくん、やっほー」
ミナをまずはリビングに通し、俺は絵を見せた。
「完成したよ。どうかな?」
「凄っ! 風景は幻想的なのに、現実にあるみたいだよ! これ、貰ってもいい?」
「うん、いいよ」
俺はハサミで慎重にスケッチブックからその絵を切り離した。丸めて輪ゴムで留め、ミナに手渡した。
「ありがとう。これ、部屋に飾るね」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
そして俺の部屋に行き、いつものように交じり合った。今回はぐったりしてしまったのは俺の方で、二人とも裸のまま、長い時間ベッドでまどろんでいた。
「ねえ、しづくん。もうすぐでお金、貯まりそうなんだ」
「えっ? 早くない?」
「わたし、頑張ったんだ。しづくんのためなら何でもできた」
悪い予感がした。
「ミナ……何のバイトやってるんだ?」
「デリヘルだよ」
あっけらかんとミナは答えた。俺は上半身を起こし、彼女の顔を見つめた。まるでお手伝いをしたのを褒めて欲しい子供のように、彼女は笑っていた。そして口を開いた。
「オッサンたちに股開くのも慣れるもんだね。辛くなんてなかったよ。だってしづくんと暮らせるから。その夢が実現するのなら、何もこわくない」
「ミナ! お願いだよ。そこまでしないでよ。何でだよ。何でそんなことまでして、俺を……」
「好きになっちゃったんだもん。仕方ないじゃん」
すると、玄関の扉が開く音がした。
「鷹斗だ、まずい」
「ん? 弟さん? 下着くらいつけなきゃ、確かにまずいかもね」
焦る俺とは反対に、ミナは落ち着き払った様子で下着を身につけ始めた。俺は身動きができずにいた。とうとう部屋の扉が開いた。ミナは床の上に立っていた。
「お前、誰だよ」
「初めまして。わたし? しづくんの彼女だよ、弟くん」
鷹斗は戸口に立ったまま、ミナを睨みつけた。しかし、彼女も負けじと目線をそらさずにいた。
「兄ちゃん、どういうことだよ」
「その……」
「わたしとしづくんは付き合ってるの。もう少しでお金が貯まるから、そしたらこの家を出ていくんだよ」
「兄ちゃん!」
「鷹斗、違う」
「違わない。しづくんはわたしのもの。弟くんのものじゃないの」
ミナは鷹斗の胸元に左手をあてた。彼はそれを振り払った。
「いつからだよ」
「お正月明けくらいかな? でも中学のときに付き合ってた」
「例の女かよ」
「残念だったね。わたしとしづくんは運命で結ばれてる。弟くんがしているのはね、セックスじゃないよ。しづくんの身体を使ったただのオナニーだよ。そんなことも分からなかったの?」
「出ていけよ! 早く! 出ていけってば!」
「……今回は、そうするね」
ミナは残りの服を身に着け、俺たちに笑顔を向けて手を振った。取り残された俺は、ベッドから一歩も動けないまま毛布にくるまっていた。
「兄ちゃん。裏切ったね」
身構えていた通り、鷹斗の拳が顔面に飛んできた。一撃で鼻血が出た。それに構う暇が無いほど、次々と全身を殴られた。ベッドから蹴落とされ、踏まれ、俺は呻いた。ようやく止んだので、そっと彼の顔を見ると、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「兄ちゃんは虫けら以下だ。この嘘つき。卑怯者。あの女を抱いた身体でやってたんだと思うと吐き気がしてくるよ……」
鷹斗は床にうずくまり、髪をかきむしりながら慟哭した。俺は這いつくばったまま、黙ってそれを聞いていた。どれくらい経ったのか、涙をぬぐった彼は、立ち上がって見下ろしてきた。
「そんなに女とするのが気持ち良かった? ねえ、どうなの?」
「俺は……その……ごめん」
平手で頬を叩かれた。
「気持ち良かったかどうか聞いてるんだよ」
「気持ち……良かった」
「で? あの女のこと本気なの? どうなの? 本気でこの家出ていくの?」
「いや、出て行かない……俺は鷹斗と一緒に居たい、本当なんだ……」
俺は鷹斗の足にすがりついた。
「汚らわしい」
鷹斗は足を振った。まともに顔面に当たった。彼は深い深いため息をついた。
「あのさぁ兄ちゃん。僕のものだって言ったでしょ。僕の言うことだけ聞いていればいいって言ったでしょ。余計なことはするなって言ったでしょ。ああ、縄でもつけて監禁していればよかった。僕が甘かった。兄ちゃんを外に出したりなんかしたからこうなった」
鷹斗に蹴とばされ、俺は仰向けに転がった。彼は無表情で俺に馬乗りになり、首を絞めてきた。そうか。そうなるのか。
「殺して、鷹斗……」
頭痛がして、意識が遠のいてきた。虫けら以下のこの俺が、弟の手で殺されるなら、これ以上幸せなことはないと感じた。甘美な苦痛の中、俺はゆったりと目を閉じて、その時を待った。
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